俺達は勇者じゃないらしい

翡々翠々

第1話 召還されたらしい

 『……桐野 雪さんの行方がわからなくなったと通報を受けてから4日、捜索が開始されてから一夜明け、今日も早朝から警察と消防が50人がかりで捜索を行っています。桐野さんは家族でキャンプに訪れており、荷物を車に取りに戻った10分程の間に姿が見えなくなったそうです。当時の格好は……』


 テレビの電源を落とす。ここ数日のテレビは行方不明者の捜索で持ちきりだ。見つかってほしいとは思うけど、正直他人事だな。というか、最近、行方不明のニュースが多くないか? 先週も別の行方不明者の捜索をニュースでみた覚えがあるぞ。あれって結局見つからなかったんだっけ?


 ドタドタと階段を降りる音が響く。もう少し静かに降りてほしい。いい加減、目覚まし時計を買えよ。


 「隆聖! 今何分!?」


 この前衛的な寝癖をした女は、百神 春、俺の姉で今年21才、彼氏募集中。今日も今日とて、寝坊したらしい。懲りないよね、本当。


 「8時20分」


 「ヤバいヤバい! 今日は1限から講義があるのよ!」


 バタバタと豪快に寝癖を直す。髪痛まないのか、それ。 ……まぁ、今に始まったことでもないか。そろそろ、俺も登校しましょかね。


 「姉さん、先に出るからね」


 「いってらっしゃい!」


 洗面台の方から声が聞こえた。化粧中かな。化粧で時間食ってるんだから、簡単なやつにしろよって前に言ったら、超キレられた。もう言うまい。




 学校生活はごく普通。そう、ごくごく普通。常に人に囲まれる一軍でもなければ、一人ぼっちで隅っこ暮らしの三軍でもない。登校したら、仲のいい奴が話しかけてくるぐらいの交友関係。


 「おっ! おはよう、隆!」


 朝から元気だなお前。こいつは鮫島 優季、俺の親友で幼なじみ。活力の化身みたいな奴で、クラスの誰とでも仲がいい。俺が一番だけどね!


 「おはよう、優季」


 「隆はさ、異世界に召喚されたらどうしたい!?」


 朝イチの話題か、それ? いつも突拍子のないことを言ってるけど、今日は格別だな。それが楽しいんだけど。


 「召喚? 転生じゃなくてか?」


 「転生ってことは、一回死ぬじゃんか? 俺、死にたくねぇもん」


 大体、誰でもそうだろ。俺も死にたくねぇもん。


 「召喚だったら、死なないじゃん。だから、異世界行くなら、そっちがいいなぁ」


 「選べるモンでもなくないか?」


 「まぁまぁ、こういうのは細かいことは考えないのがお約束だぞ」


 「異世界か…。あんまり行きたいとは思えないんだけど、強いて言うなら、のんびり暮らしたいなぁ」


 スローライフっていったっけ? だって、戦うの怖くない? 殴り合いの喧嘩だってまともにしたことないのに、殺し合いなんて無理無理。だったら、田舎でゆったり過ごしたいわ。


 「スローライフ系ね? 俺はやっぱり勇者っしょ。 剣とか魔法とかで活躍するやつ」


 だろうな。勇者っぽいもん、お前。鈍感系主人公って感じ。


 「勇者ねぇ…。俺には無理だな」


 「なんで?」


 「なんでって、怖いからに決まってんだろ」


 「いや、大丈夫だって。異世界モノにはチートがつきものだから!」


 そんな甘くねぇって。いや、もしも話にマジレスする方がおかしいのか。俺だったら、どんなチートがいいかな…。


どんなチートが欲しいか考えていると、チャイムが鳴った。もう時間か。こいつと喋ってると時間が経つのがすごく早く感じる。


 「席に着けー」


 担任の根岸が教室に入ってきた。今日も輝いてるな、頭。あれ、自分で剃ってんのかな? 光りすぎじゃない? ……いや、根岸だけじゃないな。阿比留も飯倉も伊達も全員光ってるな。あれ? 俺も光ってね? 次の瞬間、俺は意識を失った。






 ………なんだったんだ、今の? すげぇ眩しかったんだけど。両目を擦りながら目を開いた俺は、目の前の光景に言葉が出なかった。教室じゃなくなってる。例えるなら…祭壇かな。石造りの広い空間にギリシャかどっかの神殿みたいな柱が等間隔に突っ立ってる。見回して気づいたけど、教室にいた全員がここにいるな。俺たちが部屋の真ん中にいて、部屋の隅っこに誰かいる。


 「どこよ、ここ!?」


 「なにが起きてるんだ!?」


 「ドッキリでしょ」


 「誘拐!?」


 クラスメイトが大混乱している。俺も声が出ないだけで、ほとんど同じ気持ちだった。ただ、ひとつだけ違うのは、さっきまでの会話のせいでちょっとした好奇心が芽生えていること。隣を見れば、親友と目が合う。驚き半分に期待半分って感じか?


 「皆、落ち着け!! 一塊になって動くな!」


 根岸が場を納めようとする。教師だからか大人だからか、冷静だな。一人冷静な奴がいると、皆落ち着くからな。さすネギ。


 「俺が状況を把握してくるから、そのまま待機してろよ!」


 根岸が部屋の隅っこに小走りで近づいていく。十中八九、あそこにいる奴らがなんか知ってるはずだからな。駆け寄っていく根岸の背中を見ていると、隣から肩を叩かれた。振り向くと、満面の笑みを浮かべた親友。半分の驚きはどこへいったのか、100%の笑顔だった。


 「隆! 『ステータス』って言ってみろ!」


 小声なのに迫力がすごいぞ、お前。てか、『ステータス』だと? おいおい、まさか。あり得ないだろ。……いや、一応な? 一応試しておくか。


 「ステータス」


 目の前にウィンドウが表示された。マジかよ。噂をすればなんとやらっては言うけど、ぶっ飛びすぎだろ。よく気づいたな。


 「これな、自分にしか見えてないっぽいぞ」


 そう言う優季の右手は、なにもない空中を指差していた。多分、あそこにステータスが映ってるんだろうな。


 「マジで召喚されてんじゃん! ヤバくね!?」


 「いや、それどころじゃないだろ」


 いや、マジでそれどころじゃないだろ。どうすんの、これ? 帰れんの?


 「全員、逃げろ!!」


 怒号が聞こえた。今のは根岸の声だった。反射的に振り向いた先では、根岸が部屋の隅でうつ伏せに倒れていた。背中から大きな剣のようなものが飛び出ている。


 「「「うわああああぁぁぁぁ!!?」」」


 1拍開けて、悲鳴と絶叫。俺も叫んでた。なんだよ、あれ!? は? 意味わかんねぇ! は? 死んでんの、アレ!? は?


 「静まれ!」


 今度は聞いたことのない声だった。声の先には、全身鎧の金髪の男。


 「全員、大人しくしておけ! 騒いだ奴から殺すからな!」


 ……ほら、やっぱり。そんなに甘くねぇだろ?

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