第15話 "The hero loughs and the dragon dances"

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 人生はいくらでもやりなおせる。

 ただし、相応の痛みは伴うけれど。


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 森の入り口に着いた二人が目にしたのは、六人分の死体だった。


 どれも損傷が激しく、もはや男女の区別すらつけることができない。

 しかし、ただ一つだけ、見覚えのある格好の死体があった。


 物言わぬ彼らが、最期の瞬間、何を思ったのか。

 彼らの元に辿り着いたのが、街を裏切り逃げ出した二人の少女でも、彼は穏やかな声で迎え入れてくれただろうか。


「早かったのぉ、答えを聞かせてもらおうか?」


 死体の奥、森の茂みの中から、ミコトは現れた。

 空は既に日が沈み、星が輝き出していた。


「チェルミーはどこ?」


 レヴィは、もう泣いていない。

 赤く目を腫らしたままではあるけれど、その眼差しには覚悟が滲み出ている。


「あの小娘なら、この奥じゃ。わらわのツレに見張らせておる。まだ生きておるはずじゃ、安心せい」


 レヴィは、ゆっくりと瞳を閉じ、深く息を整える。

 集中し、頭の中に渦巻いていた雑念を一つ残らず燃やし尽くす。


「どういうつもりじゃ?」


 レヴィの魔力が、辺り一体を揺るがした。

 爆発的な魔力の解放、それは明らかな宣戦布告だった。


「……私らはさ、まだ全然弱くて、あんたからしたら警戒する価値もないんだろうけどさ……、弱い奴には弱い奴なりの意地があんだよ。構えろよ……殺す気でやるから、あんたも私を殺しに来いよ」


 ミコトはニヤリと笑い、レヴィに応えた。


 レヴィの魔力に引けを取らないほどの魔力を解放し、同時に大きな口を開けて笑い出す。


「くはははははははっ! 良いぞ、良いぞ! つまらん相手ばかりじゃったからのぉ、もう少し暴れたいと思っておった。うぬらはわらわを殺す。そして、わらわはうぬらを殺す。それでいいんじゃな?」

「ああ」


 レヴィとミコトが動いたのは、同時だった。

 速度も力も、レヴィはミコトに敵わない。


 それでも、彼女の心はまだ折れていない。


 レヴィは魔力を纏わせた剣を構え、冷静に攻撃を繰り出していく。

 振り下ろし、横薙ぎ、振り上げ、回転斬り。

 これまでの修行を経て、レヴィの体に染み込んでいる型、その全てを無駄なく繋げていく。

 当然、ミコトもその程度の攻撃は難なくいなしているけれど、ミコトの顔はニヤついたまま、次にレヴィが何を見せてくれるのか、楽しみにしているようだった。


 レヴィは焦ることなく、攻撃を繋げる。

 炎はいつの間にか、剣だけではなくレヴィ自身を覆っていた。


 この時、レヴィの頭の中は、奇妙な感覚に陥っていた。


「……なんだ、これ?」


 そう何度も言うことではないかもしれないけれど、レヴィの速度や力はミコトには遠く及ばない。

 それでも、レヴィにはミコトの動きが


 違和感の正体を確かめるため、レヴィはさらに速く動く。

 もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと。

 

「くははは! よもや!」


 ミコトが何かを叫ぶけれど、もはやレヴィにはその声すら遅い。


 レヴィが駆けた跡が数秒遅れて燃え上がる。

 辺りは、次第に灼熱の炎に包まれていく。


 剣は既に形を成しておらず、レヴィは強く握りしめた拳で戦っていた。

 一発、二発。

 レヴィの拳がミコトを捉え始める。


「良いのぉ、無自覚じゃろうが……今うぬがしておるのは、魔法のさらに上の次元での戦い方じゃ。くははははは、これは良いものを見たわい」


 ミコトの目には、レヴィの姿は映っていない。

 正確には、目で追えないほどの速度でレヴィが移動し続けているのだ。


 レヴィが動く度、周囲のどこかで炎が上がり、それは連なり、さらに大きな炎となってミコトを包囲していた。


「……じゃが、青いのぉ」


 刹那、周囲を囲っていたはずの炎が、全て消し飛んでしまう。

 それは、レヴィとタニアが初めてミコトと出会った時と同じ現象だった。


「……なっ」


 加速は【火属性】の特性の一つであり、レヴィの武器でもあった。

 しかし、その炎を丸ごと消し飛ばされてしまっては、その特性は死んでしまう。


 すかさずレヴィは魔力を練り直すけれど、炎がそれに応えることはなかった。


「無理じゃよ、今この場で魔法は使えぬ。ったく……お節介め。連れてくるんじゃなかったかのう」


 ミコトは構えを解き、頭を乱暴に掻いて、愚痴をこぼしていた。

 もちろん、レヴィには何が起きたのかわからないし、何を言っているのかもわからない。


「おい、手を出すぐらいならさっさと顔を出さんか……馬鹿が」

「おいおい、聞いてた話と随分違えじゃねえか、ミコト」


 どこからともなく現れたのは、レヴィも知っている顔。

 どこかで、想像はしていた。

 しかし、深く考えないようにしていたのだ。


 なぜなら、レヴィが旅を始めて、最初に憧れた強者だったから。


「ミーシャ、文句を言いたいのはわらわの方じゃ。いいところで邪魔しおって」

「そう言うなって、言われた通り仕事手伝ったんだからいいだろ?」


 今目の前に現れた人物は、確かにミーシャと呼ばれていたし、レヴィも彼女を見て確信している。


「よぅ、また会ったなレヴィ」


 始めて会った時と同じ、気さくで余裕のある態度。

 それはまさしく、レヴィが憧れたミーシャそのものだった。


「随分と強くなったみたいだが、何だ? やつれちまったなぁ、おい」

「……何であんたが?」

「何でって、お前に会いに来たんだよ。言ったろ? ゆっくり話でもしようぜってな」

「私に会うために、街を襲ったのかよ」

「あぁ? 何、ミコト街襲ったんか? そりゃまた……なるほどね、それであのガキか?」


 ミーシャは何かに納得したように頷く。

 そして、レヴィは気付いてしまう。

 

 ミーシャは始めて会った時、一人ではなかったと言うこと。

 には、きっと彼女がいると言うことに。


「狙いは悪くなかった……と言いてえところだが、甘すぎたな。あっちはルルが見張ってる。それより、ミコト……ちょっと外してくんねえか? あたし、こいつと話があんだよ」

「ふん、好きにせい。興が醒めたわ……、わらわは向こうの様子を見にいくとするわぃ」


 ミコトは、そういうとレヴィのことなど見向きもせず森の奥へと入っていった。

 状況は既に変わってしまっている。

 依然として、レヴィの魔力は封じられたままである。


「ほら、そこ座れよ。お前に伝えておきたいことがあったんだよ」


 ミーシャはどかっとその場に腰を下ろし、煙管を取り出して一服し始める。

 完全にミーシャのペースである。

 それに、レヴィにとってミーシャはまだ敵ではない。

 憧れた相手が、今目の前にいる。

 しかし、彼女はミコトと通じていて、戦うべき相手なのかもしれない。

 ぐるぐると頭の中が、かき乱される。


 レヴィは溜め息を吐いて、諦めたようにその場に腰を下ろした。


「くっくっく、素直じゃん。レヴィ、あいつが何をしでかしたのかは詳しくは知らんが、お前が本気で怒るほどのことをしたんだろ? すまねえな……」

「ミーシャさんが……謝ったってあの街はもう……」

「ま、そりゃそうだな。でもあいつの仲間として言うべきことは言っときてえだろ? で、だ。あたしがお前に伝えてえこと、話していいか?」

「……はい」


 ミーシャは袖から小さな首飾りを取り出し、レヴィ目掛けて投げてきた。


−−−−−−チャリ


「それ、コルトからだ」

「……っ!」

「おいおい、落ち着け。あいつは生きてるよ。むしろ元気に鍛えてる。お前たちにまた会いたいからって、必死に強くなろうとしてる。あたしがお前に会いに行くっつったら、これを渡して欲しいって頼まれてな。兎人族の友好の証らしいぜ! ほら、あたしももらったんだよ」


 ミーシャはワフクの首元を少しひっぱり、首にかけられている首飾りを見せた。

 

「そっか、コルト……無事だったんだ」

「おいおい、あたしらが迎えに行ったんだぜ? 世界中探してもそこより安全なとこなんて滅多にねえよ」

「ミーシャさん、私からも一つ聞いていいですか?」

「おう、いいぜ」


 レヴィは、手の中の首飾りを優しく握りしめる。


「私、ミコトを止めることすらできなかった……。あの街にはお世話になった人もたくさんいたのに、……何人も死んだ。さっきあっちに並んでいたヒトたちも、全く知らない訳じゃない。なのに、何もできなかった」

「……」

「これでも、結構鍛えたんですけど」


 少なくとも敵である可能性のある相手にする話ではないことは、レヴィ自身もわかっている。

 それでも、コルトが信じている相手ということが、レヴィの警戒心を下げていた。

 ただの憧れに近い感情で、レヴィの口は勝手に動いてしまう。


 森の奥で、凄まじい轟音が鳴り響いた。

 氷の柱がそびえ立ち、その後も何度も爆発に近い音が轟いてくる。


「タニアっ!」

「……行くなよ。つか、行かせねえよ。心配すんなルルが相手なら、殺しはしねえって。あいつも越えなきゃならねえ壁があるだろうしな」

「……あんたのこと、信じていいのかわからない」

「信じてくれっつったら、信じんのかよ……くっくっく。あんまりガッカリさせんなよレヴィ。今、お前の目の前にいんのはあたしだぜ? 警戒を解いて話を聞いてくれたことは感謝するけどよ、気が抜けるようなこと言ってんじゃねえよ」


 一瞬、ミーシャから殺気が放たれる。


「お前たち人間種にも伝わるように、改めて自己紹介してやるよ。七竜人、ミーシャ。よろしくな……レヴィ」

「やっぱり……ミーシャさんも」

「知ってるか? お前たちが七竜人って呼ぶあたしらについて」

「いや、知らない」

「くっくっく、だろうな。あたしらは別に呼び方なんてどうでもいいんだが、便利だから使わせてもらったりしてんだよ。絶妙にズレてんだよなぁ、七竜人とかよ。そんで、お前には少しだけ教えてやるよ。あたしらの中にはさ、序列ってのがあんだよ……お前がさっきまで戦ってたミコトは序列四位なんだぜ?」

「あの強さで……四位?」


 レヴィは驚愕したことを隠せない。

 これまで、ミーシャ含め多くの強者と出会ってきたけれど、実際に身を持ってその強さを痛感したのはミコトのみだった。

 クロノスの協力を経て、修行に全てを費やしても敵わなかった。

 先ほどの戦闘では、一瞬だけミコトの速度を上回るに至ったけれど、ミコトにはまだ余裕があった。


 つまり、限界以上の力を発揮しても尚、レヴィはミコトに及ばないということである。

 そのミコトが、【七竜人】という集団の中では四位の実力だと、ミーシャは言ったのだ。

 

「そんな……」

「まあ、二百年以上前に決めた序列だし、今だったらまた変わるかもしれねえけどな。あいつの強みはそういうんじゃねえしな」

「じゃ、じゃあミーシャさんたちは?」

「気になるか?」



 森の奥、タニアはことごとく自信をへし折られていた。


「久しぶりに会って、ちょっと期待したけど……調子悪い?」

「……っ! ルルーシュさんがここにいるとは思わなかったですけど、なんであなたがここでチェルミーを拘束してるんですか?」


 ルルーシュは、隣で気を失ったまま身を拘束されている少女を見る。

 ミコトに、この少女を任された時、楽ならいいと引き受けたけれど、結局戦闘する羽目に遭っている。


「はぁ、面倒臭いのは嫌いなんだけど……タニア……だったよね? この子のこと解放してあげるから、もうやめていい? どうせ今のタニアじゃ、うちには勝てないし。無駄な労力使いたくないでしょ?」


 タニアは、こうして会話しながらも攻撃の手は緩めていない。

 しかし、その全てが一切届かないままでいる。


 タニアはなんとしてもチェルミーを助け出すために動いているけれど、それが実現しそうな雰囲気はない。

 それでも、攻撃の手は止めず、絶えず動き続けた。


 森の入り口の方の騒音が止み、レヴィたちの魔力の波動を感知できなくなった。

 最悪の場合、レヴィがミコトに敗れてしまったということを意味する。


「……ねえってば、聞いてる? うち、もう何もしてないじゃん……、タニアのこと傷付けたりしないからさ……もう良くない?」


 タニアの諦めの悪さに辟易してきたのか、ルルーシュはゆっくりと左手を顔の高さくらいまで挙げ、軽く指を鳴らした。

 直後、ルルーシュの身体の周りを濃い闇が覆い、一瞬漂ったかと思うと、ルルーシュを中心に全方位目掛けて拡散していく。


 闇が広がる速度にも驚いたけれど、タニアが戦慄したのはその効果だった。

 ルルーシュから放たれた闇に触れた全ての生命体が、腐食していたのだ。


 タニアはできるだけ距離を取ろうとするけれど、壁のようなにぶつかり、その狙いは挫かれてしまう。


 闇は凄まじい速度でタニアに迫ってきている。


「はい、おしまい」


 ルルーシュはもう一度指を鳴らし、闇を綺麗さっぱり霧散させた。

 あと一瞬遅かったら、タニアの身体は闇に吞まれていただろう。


「タニア、今死んだよ……。これで少しは冷静になれた? うちに挑んだって、タニアが死ぬだけ……、あの子のことも解放するって言ってんのに、何が気に食わなかったの?」

「……」


 レヴィにとってのミーシャは、憧れだったけれど、タニアにとってのルルーシュは一体どう見えていたのだろうか。

 その答えは、畏怖である。


 タニアは、レヴィよりも魔力を感知する能力に長けていた。

 故に、魔力を見れば、自分との差がどれほどのものかおおよそ見当がついてしまうのだ。


 初めて会った時、タニアたちはルルーシュの魔力に触れたことがあった。

 一瞬とはいえ、タニアにとっては十分過ぎるほどにのだ。

 

「私がルルーシュさんに敵うものは何一つなくても、……レヴィが戦ってるんです。私が勝手に負けちゃ駄目なんです!」


 タニアは、俯きながら声を荒げる。

 そして、再び魔力を解放し、戦闘態勢を取ろうとするけれど、それは叶わなかった。


 コツンと、細い指がタニアの額を軽く弾いた。


「力張りすぎ……疲れないの? 何度も言うけど、うちはあの子を任されただけ。タニアと戦うことまで引き受けてない……面倒なこと増やさないで。それにね、……はぁ、喋るのも面倒くさくなってきた、まあ、あとは察して」

「いや……無理ですよ」

「……、ミーシャが結界を使ったってことは、レヴィと話してるはず。これ重要だから……わかる? 戦ってないの、会話してんの……なのに何でうちは戦わされてんの? うちらがここにいる理由とか、そういうの気になんない? ミコトが一人で突っ走ったせいで面倒なことになってるっぽいけどさ、うちらはあんたたちに会いに来てるだけだから」


 タニアはだらんと構えていた手を下ろし、その場に座り込んだ。

 ルルーシュは静かに隣に腰を下ろし、優しい手でタニアの頭を撫で始めた。


「よしよーし、詳しくは知んないけど、大変だったっぽいね」


 タニアは、自分が何故ルルーシュの発言を信じてしまったのか、よくわかっていない。

 何故、頭を撫でられ、慰められているのかなど、さらにわからない。

 

 こうしている間も、ルルーシュから微量の魔力がタニアに向かって流れ続けていることさえ、もうタニアには気付くことができない。

 

 



「あいつ、ルルーシュは序列で言えば二位だな。あいつは何かと面倒くさがって、文句ばかりだけど、強い。……平気な顔でえげつないこともやってくるからなぁ、あいつ。大抵のことはやりたがらないし、仕事っつってもやる気はねえ。でも、あいつは強さと言う点において、それに目を瞑っても余りあるほどの価値を示してる。あたしも、ちょくちょく魔法教えてもらったりしてるしな!」


 再びレヴィとミーシャのいる、森の入り口。

 

「そうなんだ……、どうしたらそんなに強くなれる?」

「……くっくっく、こりゃクロのやつが入れ込む訳だ。いいね、お前。強くなりてえか?」

「そりゃ、もちろん。……私らがもっと強かったら、皆は……」

「そうだぜ。お前がミコトよりも強けりゃ、助けられた奴もいたかもしれねえな。でも、お前は勝てなかったんだろ?」

「……」

「どうやったら強くなれるかとか、何でこんなに弱いのかとか、そんなつまんねえことは考えんな。ちーっと考えて答えが出ねえなら、明日になっても答えは出ねえよ。強くなると決めたら、それに必要なことだけ選択していけ。それ以外を全て捨てろ……さて、それがお前にできるかな?」


 ミーシャは、挑発するように笑ってみせるけれど、不思議と嫌な感じはしなかった。

 レヴィはその目を知っている。

 村にいた頃に皆に向けられる視線や、クロノスが偶に見せる目と同じだったから。


 ミーシャは、レヴィに期待してくれているのだ。


 ミコトのことは許せない。

 本気で殺すつもりでいただろうし、実際戦っている最中はそのためだけに動いていた。

 それなのに、ミーシャが出てきた途端、その毒気を抜かれてしまった。


 レヴィの感情は、もはや戦える状態じゃなかった。


 しばらく二人で話していると、再びミコトが結界内に入ってきて、二人に大声で呼びかける。


「今すぐ森に入れ……どうやら客が来たみたいじゃ」


 ミコトは、気だるそうに、そして機嫌悪そうにそう告げた。


 ミーシャはすぐにそれに応じ、立ち上がり、レヴィの方を見る。


「行くぞ、レヴィ。多分あたしらの客っぽいし、お前たちは少し引いて見てな」

「客って、……戦うの?」

「んー、まああたしらが蒔いた餌にかかった客ならな」


 どんな餌を蒔いていたのか、どこから彼女たちの計画の内なのか。

 そして、一体誰がここに向かっているのか。


 以前、ビルゼが冒険者ギルドで、他国に応援を要請すると言っていた。

 その関連から想像していけば、自ずと答えには辿り着けそうだけれど、今回、ミーシャたちが蒔いた種は、おそらく自分たち自身なのだろう。


 【七竜人】に対して、応援を要請するとして、それに応えられる国や冒険者がどれほどいるのだろうか。

 少なくとも、それができていないから【七竜人】は、世界中で手配され、その首に膨大な賞金が賭けられているのだ。

 

 レヴィたちは一度森の中へ入り、タニアたちと合流するため歩き続ける。


「なぁ、ミコトー。客って、雑魚じゃないんだろ?」

「ああ、このような状況、場所じゃなきゃ両手を上げて喜べたんじゃがのう……」

「え、ってことは?」

「ああ、奴らじゃ」

「くっくっく、いいじゃねえか。今の代のやつとはまだやり合ったことないし」


 不穏な会話であること極まりないけれど、レヴィはあえて触れないように口を閉ざしていた。

 そんなことより、今はタニアの安全が気になって仕方がない。


 しばらく歩くと、ルルーシュとタニアの姿が見えてきた。

 二人は、戦闘を既にやめており、静かに会話しているようだった。

 状況としては、レヴィとミーシャと似たようなものではあったけれど、二人の距離が異様に近いことが気になる。


「タニア! 無事か? チェルミーは?」

「……」


 レヴィの声に、タニアは反応しなかった。

 ぼんやりと俯いたまま、ルルーシュに頭を撫でられたままだ。


「あ、もう来たんだ……。何? 何かあった?」


 ルルーシュは、タニアの頭から手を離し、スッと立ち上がる。

 同時に、ハッと意識を取り戻したタニアは、今まで自分の身に起きていたことがわからず、混乱した様子で顔を上げた。

 レヴィと目が会う。


「あ……レヴィ……」


 まだ、はっきりと状況が飲み込めていないのか、気の抜けた声を出すタニアだったけれど、レヴィの焦った声とすぐ近くで気を失っているチェルミーを見て、次第に顔に力が戻っていく。


「ごめんごめん、ちょっと強めに催眠かけちゃったから、変な感じしてるだろうけど、すぐ戻るよ……ふわぁ、で、何があったの?」


 全く悪びれた様子もないルルーシュは、すぐに興味をタニアからミーシャたちへと移して話し始める。


「ああ、おもしれえ獲物がかかったって話だ。ルルはあたしと残れよな」

「えー、何でうちなの? ミコトでいいじゃん」

たわけたこと言うな。わらわが本気で暴れて、あやつらを制御するのをルルが代わってくれるのか?」

「あー……はぁ、どっちも面倒くさい」


 三人が話している内容はよくわからないけれど、レヴィたちは当初の目的であるチェルミーの保護を達成した。

 ルルーシュは役目を終えたと判断したのか、もう必要ないと判断したのか、チェルミーの拘束を解いていた。


 依然として、チェルミーは気を失ったままだったけれど、傷一つなく、眠っているようだった。


「チェルミー……よかった」

「本当にね……、でも結局私たちだけだったら、何もできなかったね」

「そうだな。でも、よかったよ」

「これから、どうなるんだろうね……」


 レヴィとタニアの心配は、最もである。

 彼女たちは、もうあの街へ戻ることは叶わないだろう。

 チェルミーも、それは同じである。

 彼女たちは、パーティとして運命を共にした仲間なのだ。


 しかし、今それを考える余裕が本当にあったのかと聞かれると怪しいものである。

 何故なら、ミーシャたちが話しているという者たちが、どんな人物なのかをまだ彼女たちは知らないのだから。

 その人物は、使であり、世間では【勇者】と呼ばれている。


「勇者かぁ、今の代はどんなもんかねぇ」

「聖剣はもう手に入れてるって聞いたけど?」

「煩わしいのぉ、毎度毎度どこから湧いてくるんじゃ」


 ミーシャは楽しそうに笑い、ルルーシュは溜め息を吐いて、ミコトは頭を乱暴に掻いて愚痴る。

 三者三様の反応ではあったけれど、完全に置いてけぼりを食らっているレヴィたちだった。

 ミコトは森のさらに奥へ消えていき、その場にはミーシャとルルーシュが残った。

 

「さて、お前たちをどうするかねぇ……」

「本人たちに任せればいいんじゃない?」


 

 レヴィたちが、人類を代表する勇者と邂逅するまで、時間は少しばかり進む。


「んで、ちゃんと安全なところにいろよー、あたしもルルもお前たちのことはきっちり守ってやるつもりだが、下手に巻き込まれて死なれても困るからな」


 気さくに、楽しそうにとんでもないことをいうミーシャである。


「レヴィ、私たち本当にでいいのかな?」

「……一応、人質ってことになるらしいけど、なんか情けねえよな」

「でも、戦闘を見たいって言ったのはレヴィじゃん」

「そりゃだって、あの二人が勇者と戦うんだろ? 何か掴めるかもしれないかなって思ってさ」

「わからなくもないけど、……はぁ。今日だけでいろんなことが起きすぎて、まともな判断ができなくなってそうで怖いよ……」


 ミーシャとルルーシュが前に立ち、その少し後ろでレヴィたちが待機している状況なのだけれど、その時は遂に訪れた。


「……来たぜ、ルル。勇者はあたし、その他は任せる」

「その他って、五人もいるんだけど?」


−−−−−−ザッザッザ


「やぁ、君たちが七竜人って極悪人で合ってるのかな? 思っていたよりも美しくて驚いたなぁ」


 現れたのは、白と金を基調とした鎧を着て、背には神々しい雰囲気を纏った大剣を担ぎ、整った顔立ちに爽やかな笑顔が特徴の男だった。

 後ろからゾロゾロと五人、仲間と思われる男女が現れる。


「おい、トライトール……こいつら倒せりゃ好きにしていいんだよな? なら俺はそっちのでかい嬢ちゃんをもらうぜ」

「また始まった……ラストのそういう下衆なとこ嫌い」

「まあまあ、どうせこいつらって人間種じゃないんだし、大目に見てやろうよ」

「それにしても大して強そうじゃないじゃない、こんなのに聖金貨五枚も払ってくれるなんて楽な仕事ね」

「ドクレイもエルクトリアもちゃんと集中して、失敗したらお金貰えないんだから」

「あはは、ファイちゃんは真面目ですねぇ。皆さん、存分に暴れてくださいね。傷は私が治してみせますから」


 遅れて現れた五人も、明らかに高価だとわかる武装を身に纏い、誰もこれから始まる戦闘に緊張している様子はない。


 ミーシャは、静かに六人を観察していたけれど、その視線にトライトールと呼ばれていた男が反応した。


「そんなに見つめられても、困るよ。僕はトライトール、これでも勇者をやってるんだけど、君たちを殺しに来たんだ」


 あくまでも、爽やかに彼はそう言った。

 ミーシャは、嬉しそうに笑う。


 しかし、トライトールは続けてミーシャとルルーシュから視線を外し、どこか遠い場所を見つめたまま口を開いた。


、一応その子たちの救助って要請だったけど……面倒だなぁ。ラスト、先にあっちの三人を処分しといてくれないか? 後から面倒ごとが増えるのは嫌だからね」


 トライトールの視線は、明らかにレヴィたちを捉えていた。

 簡易的とはいえ、ミーシャが張った結界の中にいたはずなのに、だ。


「あぁ? なんか隠れてんのか? まあ、いいぜ。その代わりそっちの女は殺すなよ」

「はいはい、殺さずに倒す方が難しいんだけどなぁ」


 ルルーシュは、ぐったりと項垂れ、溜め息を吐き、トライトールとレヴィたちの間に割って入った。


「ミーシャ、五人請け負うんだから、ここは任せるよ?」

「ん? おう。できるだけ離れておけよ」

「はーい」


 ルルーシュは指を鳴らし、トライトール以外の五人をまとめて別の場所へと飛ばした。

 さらっとやってのけているが、かなりの高等魔法である。


 その場にはミーシャと勇者トライトール、そしてレヴィたちだけになった。


「おお、器用な子だね……。まさかとは思うけど、……君、僕と一騎討ちでもするつもりかい?」

「あたしからも聞きてえんだが、まさかとは思うけど、……お前まだ自分の命の心配しなくていいのかよ」


 煽り合う両者。

 どちらも、余裕な表情は崩さない。


 ただ、これから始まる殺し合いは、この世界において頂点に近いもの同士のものであることは間違いない。


「じゃ、見つめ合ってても仕方ないし……始めよっか。改めて、第十一代目勇者……トライトール。今から君を殺さない程度に痛めつける」

「くっくっく、礼儀正しいのは嫌いじゃないよ。あたしは……そうだな……七竜人、序列一位ミーシャ。出し惜しみすんなよ? 少しくらい楽しませてくれよ」


 両者は、同時に動いた。

 人類最強の勇者と、七竜人の序列一位。


 世界最高峰のビッグマッチが、今始まった。

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