脳髄回廊

 孝の視界が、突然、万華鏡のように二重、三重に折り畳まれ始めた。

 足元の畳が、ぐにゃりと歪み、生暖かい腸の粘膜のようにぬめり出す。


 乱舞する蛾の鱗粉が眼球に張り付き、世界が、点滅する蛍光色の粗いモザイク模様へと分解されていく。


 意識の最も深い場所で、封じ込めていたはずの記憶の断片が、蛆虫のように蠕動し始めた。


 半年前の梓の葬儀の夜。

 棺の中の妻の首筋に、確かに見えたはずの、薄赤い輪のような痣。


 火葬場から戻った深夜。

 誰もいないはずの台所で、内臓を引き摺りながら嗤っていた妻の幻影。

 それら全てを、都合の良い言葉で塗り潰してきた。



「疲れているだけだ」「悲しみのあまりの幻覚だ」と。

 現実から目を逸らし続けてきた自分自身の、救い難い愚かさ。


「……気づいていたんでしょう? 孝さん……」

「……腸の病なんて、嘘っぱち……」

「……貴方が、貴方があの夜、私の首を締めたんじゃないの……?」


 蛾の羽音が、次第に、ひそやかな女たちの囁き声へと変化していく。

 囁き声は、孝の脳髄に直接響き、彼の記憶を容赦なく、強制的に修正し始める。

 葬儀会場を飾っていた白い菊の花輪が、首吊りのための荒縄に。



 火葬場の煙突から立ち上る煙が、逆さ吊りにされた女の黒髪に。

 弔問客たちの黒い喪服が、暗闇で蠢く無数の影の群れに。

 全てが、彼の罪を告発するおぞましい光景へと変貌してゆく。


 ふと、ポケットの中でスマートフォンがけたたましく振動した。

 取り出して見ると、半年前の、梓が死んだとされる日の日付で、梓本人からの着信履歴が残っている。


 そして、一件の未読メール。


「まだ、気づかないの?」


 短い本文と共に、一つの動画ファイルが添付されていた。

 震える指でファイルを開く。

 そこには――


 夜中の薄暗い台所で、眠っている梓の湯飲みに、孝自身が白い粉末――睡眠薬をこっそりと混入させている場面が、隠し撮りされたかのように生々しく映し出されていた。

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