第25話 クリスマスとお正月

 十二月に入り、街はクリスマス一色となった。

 

「哲郎さんのブログ記事、人気あるね」と奈々子がスマホを見ながら呟いている。

 以前から哲郎は豊かな生活をしていたが、小説教室の収入の他にも「小説の書き方講座」というブログ収入や、保有するマンションの家賃収入があった。また、地域の図書館のイベントやカルチャーセンターの講演もたまにある。


 最初はそれを聞いて驚いた奈々子だったが、小説教室に加えて、執筆講座のブログや家賃収入もあって……。現実と夢の両方をきちんと見ている人なんだなと思い、哲郎をますます尊敬するのだった。


 

「おはよう、今日も元気に動いてるかな?」

 奈々子はそう言いながらお腹に話しかけていた。哲郎も「おはよう」と声をかけている。最近は二人の声に反応するかのように赤ちゃんが動いてくれるようになった。


「奈々子、食欲出てきたな」

「うん……何だかすぐにお腹が空いちゃうの。体重気をつけないとね」

 つわりで食べられなかった日々が嘘であったかのように、奈々子はたくさん食べるようになっていた。


「行ってきます」

「気をつけて」

 哲郎にキスをして、奈々子は仕事に向かっていった。


 職場でも体調に気をつけながら仕事をする毎日。

「お腹大きくなってきたわね」と先輩が言ってくれる。

「はい、胎動も多くなってきて」


 その先輩には三歳の男の子がいる。

「うちの息子も保育所で元気に走り回っているのよ。追いかけるのが大変」

「わぁ、そうなんですね」

「けど小さな彼氏みたいで可愛いのよ」


 小さな彼氏……哲郎に似た小さな王子様を想像して奈々子は顔を赤らめる。



 仕事が終わり、奈々子は帰り道に雑貨店に行った。

「もうすぐクリスマスだから……哲郎さんに」

 紺色のおしゃれなマフラーを手にして、これを身につけた哲郎を想像する奈々子だった。



 ※※※



 クリスマスの朝がやってきた。お休みを取っていたので奈々子はゆっくり寝ている。

「奈々子……」

 そう言いながら哲郎が彼女の髪を撫でて、そっと唇を重ねた。


「ん……哲郎さん……?」

「おはよう」

「おはよう……寝坊しちゃった」

「ゆっくり眠れたみたいだな」


 奈々子は哲郎につかまって起き上がる。

「今日はこの子に起こされなかったの。寝ていたのかな」

 赤ちゃんが動いて目が覚めることもあったが、今朝はおとなしかったようだ。


「奈々子がゆっくりできるようにしてくれたんだな、君に似て優しい子だ」

「ふふ……」

 思わず哲郎に密着する奈々子。


 その日のランチは哲郎があらかじめ購入していたクリスマスチキンや、ポテトサラダなどのご馳走が並んだ。

「君と子どものために、たくさんあるからな」

「美味しそう……ありがとう哲郎さん」


 窓の外にはキラキラと雪がちらついていた。外は寒いけれど、二人で美味しいものを食べながら過ごすクリスマスは心まであったかい。

「綺麗……ホワイトクリスマスだね」

「まるでお祝いしてくれているようだな」


 雪を見ながら穏やかな時間が流れる。哲郎がクリスマスケーキを冷蔵庫から出して持って来てくれた。

「メリークリスマス、奈々子」

「メリークリスマス、哲郎さん……」


 そして哲郎が奈々子に大きめの箱を渡す。

「君にプレゼントだ」

「ありがとう!」

 中身は雪の結晶のようなケースに入ったプリザーブドフラワーだった。ピンク色の花が可愛いらしい。


「素敵……」

 奈々子はうっとりとお花を眺める。そして「私も哲郎さんにプレゼントがあるの」と言って紙袋を持って来た。

 紺色のマフラーを見て哲郎は嬉しそうに笑う。

「ありがとう。お洒落だな」


 奈々子はお腹に手を添えながら言う。

「来年はこの子も一緒にクリスマスなのね」

「プレゼントも準備しないとな」

「ふふ……楽しみ」

 三人で過ごすクリスマスもきっと幸せに違いない……そう思いながら哲郎と笑い合う奈々子だった。



 ※※※


 

 お正月――冬の晴れた空の下、白い息を吐きながら二人は奈々子の実家に向かった。哲郎は奈々子にプレゼントされた紺色のマフラーを着けている。

 

 到着すると奈々子の両親が温かく迎えてくれた。

「お腹大きくなったわね」と母親に言われる。

「最近たくさん動いてくれるようになったの」

「元気があっていいわね……奈々子、すっかりお母さんの表情ね」

「そうかな……ちょっと心配なんだけど」


 うつむく奈々子。母親が彼女の背中に手を添える。

「生まれたらどうにかなるものよ、大丈夫。哲郎さんもいてくれるんだから」

「うん……」

 

 哲郎は奈々子の父親と話していた。前に哲郎の著書である「日曜二十一時四十五分の約束」を貸しており、内容の話で盛り上がっている。

 

「哲郎くん、とても面白かったよ。まさかあんなトリックになっているとは」

「ありがとうございます」

「もう執筆はしないのかい?」

「今は趣味で合間に書くぐらいです」

「そうか、また読んでみたいものだ」


 奈々子が気づいてスマホで小説投稿サイトを表示させた。哲郎のページを読んでもらおうと思っていたのだ。

「ねぇ……いいかな? お父さんに見てもらっても」

「そうだな。少し恥ずかしいが」


 哲郎は奈々子の父親に小説投稿サイトを紹介した。

「今はこういうのもあるのか。早速読ませてもらうよ」

「ありがとうございます」

「奈々子も書いてるのか?」


 ぴくんと反応する奈々子。そうだ、哲郎との出会いのきっかけはすでに話してある。

「あるけど……そんなに上手じゃないから」

「へぇ……見てみたいわ」と母親にも言われるので、奈々子はスマホで自分のページを見せる。


 ほとんど哲郎とのことがベースとなっているので、自分の恋愛を見せるようで恥ずかしい。

 さらに哲郎が「奈々子さんはコンテストにも応募しているんです」と言うので、顔が熱くなってきた。



 帰り道、冷んやりとした冬の風が二人を囲む。

「お父さんすごく楽しそうだった。哲郎さんの本、気に入ってくれてたね」

「良かったよ。これからもサイトを見てもらえるなら……頑張って書くか」

「私もまた書きたいな」

 

 寒くなってきたので奈々子は哲郎と腕を組んだ。

「冬って……こうやって哲郎さんとくっつけるから嬉しいな」

「……冬じゃなくてもくっついてくれていいんだぞ?」

「ふふ……じゃあずっとこうしてるから」


 どんなに寒くても二人でいれば胸の奥から温もりがあふれてくる――そう思いながら奈々子は哲郎に笑顔を向けた。


 

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