2 狼と狐 -2

 頭上から、空利くうり太刀たちが迫る。


「もらった!」

「くっ」


 紫眼しがん持ちに頭を割られる寸前、空利は後ろに跳んだ。しかし、完全には太刀をよけられず、金と銀の髪が数本ずつ散った。


「俺の髪が……」


 紫眼持ちが、顔に優越感をにじませる。


「怒ったか? 混血」


 空利は、緊張と興奮が背筋を駆け上がるのを感じた。


(こいつ、なかなかやるな)


 紫眼持ちが、太刀をかまえる。先ほどの攻撃といい、今の姿勢といい、この紫眼持ちは手下たちのようにはいかなさそうだ。


 空利は、左右の小太刀こだちをかまえ直した。金色の二振り一対の小太刀――名を風尽刀ふうじんとうという。


 紫眼持ちが口角をつり上げる。


「なあ、混血。おまえのせいで、俺たちがどれだけ迷惑していると思う?」

「さあな」


 空利は、紫眼持ちを気に留めつつ、あたりを確認した。三人の黒眼くろめ持ちが、空利の打ち据えたところをさすりながら、起き上がろうとしている。


(入りが甘かったか)


 空利は、わずかに顔をしかめた。そのあいだも、紫眼持ちは言葉を吐き続けた。


「おまえと同じ空気を吸うことで、俺たちの心は大きく傷ついている。おまえの血が、月狐げっこ族の空気を汚すんだ。汚れのもとは、取りのぞかなきゃならないよな」

「知るか、そんなこと」

「生意気ぬかすな、死ね!」


 挑発をされたから、というではないが、空利は心を決めた。息を整えて、左の小太刀の柄頭つかがしらを右の小太刀の赤い石にくっつける。


 両手に力をこめた。

 赤い石が発光する。


(行くぞ)


 空利は、左右の小太刀を引き離した。赤い石から鎖が伸びる。二振りの小太刀は一瞬にして鎖につながれた。


「終わりだ! 混血」

「さっきから混血、混血って」


 空利の四方で白刃がひらめいた。


「俺はおおかみだ!」


 空利は左腕をしならせて、小太刀を放った。鎖が円を描き、金色のやいばが四人の頭上を飛ぶ。サクッ、サクッと小気味よい音がした。


 空利は、紫眼持ち目がけて地面を蹴った。狩衣かりぎぬの袖が、翼のごとく風を切る。途中で役目を終えた小太刀を回収した。もちろん、鎖をからませるようなへまはしない。


 空利は、あっけにとられる紫眼持ちの背後に回りこみ、喉に刃を押し当てた。


「殺せなくて残念だったな」


 鎖の垂れる音にまじって、小さな悲鳴が聞こえた。


(こんなところ、すぐに出てってやる。俺の居場所は、ここじゃない)


 空利は、血でしか人を判断できない月狐族が、心の底から嫌いだった。


 金色の髪が、四方で地面に落ちた。

 この世には、頭に丸い皿を載せた河童かっぱという生き物がいるという。空利は見たことないが、きっと目の前の四人みたいな頭をしているに違いない。


「ギャー!」

「お、俺の髪が」

「どうすんだよ! これ」


 状況を理解した黒眼持ち三人が、頭を抱えてわめき散らす。涙を浮かべる者もいた。


(ここまでだな)


 空利は、ふるえる紫眼持ちの喉から刃を離した。そのときだ。

 背中に刺すような視線を感じた。


「覚えていろ!」


 月並みの捨てぜりふが遠くに聞こえる。空利は肩ごしに手を振ったものの、彼らへの興味はすでに消えていた。あわてふためきながらも手下を回収し、そそくさと逃げ去る紫眼持ちを見届けるのも面白そうだが、今はそれどころではない。


 やつの強さは、先ほどの五人とはくらべものにならない。空利に一撃を当てた数は、父についで二番目に多い。


 空利の視線は、正面のしげみの一点に注がれていた。距離があるとはいえ、この場合、開けた場所にいる空利のほうが不利だ。


 風尽刀を握る両手に力が入った。

 張りつめた空気が、限界に達する。


(来る!)


 しげみから、赤みがかった茶色のかたまりが飛び出した。


(速い!)


 だが、空利はからだをひねってぎりぎりでかわした。見切りは完璧。今度は髪の毛一本散らさない。


 空利の鼻先を通りすぎたものは、弧を描いて着地した。空利は勝ち誇った笑みを浮かべて、着地したものを見下ろす。


「残念だったな、ココ丸」


 空利の視線の先で、小柄な四足獣がわめく。


「うるさい! 空利のくせによけるな」

「空利のくせにって、おまえそれ理由になってないぞ、ウサギツネ」

「ウサギっていうな!」


 ココ丸という名のこの四足獣は、いちおうはキツネらしい。太くて長い尾、すらっとした四肢はたしかにキツネだ。しかし、空利は納得できなかった。長い耳が、ウサギのそれにしか見えない。


 ココ丸は攻撃をあきらめたのか、毛づくろいを始めた。


「今朝は人を相手にしてたな。雑魚だったけど」


 空利は、風尽刀をさやに収めた。


「雑魚でも、ちょっかい出されたら相手しないわけにはいかないだろ。放っておいたら、家まで押しかけてきそうだし」


 修練場は月狐領の南、空利の家から少し離れたところにある。家を突き止められて、火をつけられでもしたらかなわない。


「ふーん」


 ココ丸は後ろ足で首をかきながら、空利を見上げた。


「ずいぶん強気だな。昔は弱虫だったくせに」


 ココ丸は、薄茶の目を細くした。空利の反応を楽しんでいる目だ。かわいい顔して趣味が悪い。そんなココ丸の期待を裏切るべく、空利は平然と、むしろ真剣にこたえた。


「俺はもう逃げない。決めたんだ、強くなるって。狼だから」

「狼ね」


 空利のこたえが、というよりこたえ方がつまらなかったのだろう。ココ丸は、しげみに視線を泳がせた。つられて空利も視線をそらす。


 空利がココ丸から目を離したのは、まばたきほどのあいだでしかなかった。それなのに、視線をもどしたとき、ココ丸の姿は消えていた。

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