第15話 桜井さんの部屋

 桜井さんの部屋に入った途端、「あら、何かあった?」と顔を覗き込まれた。

(な、なんてスルドイ)

 そういえば、恋する乙女は恋とか愛とかの問題に敏感傾向があるのを忘れていた。

 桜井さんはもしや私の……いやいや、さすがにそこまではないか。

 ともかく、こういう時は変顔に限る。


「今日、猛烈酷暑なんですよー。さすがにバテますよー。それで顔もふやけちゃってるんですよー。いやぁ、ここはいつ来ても適温で快適ですねー」

 パタパタと手うちわしたら、「あらあら」と桜井さんまで両手うちわで私を仰いでくれる。

 手うちわは、二人がかりでもまったく涼しくないけど、なんか気持ちが涼しい。


「外はそんなに暑いのね。ここにいるといつでも適温だから、四季がわからなくなるわ。それはそれで寂しいものよ」

 寂し気に微笑む桜井さんに、うおっ、となった。

 この人は寂しくさせちゃいけない人なのだ。


「でもさすがに今日は命にかかわる超危険な暑さなので、貴族の桜井さんは快適な場所にいてもらわないと! てことで、メイドは掃除機ちゃちゃっと済ませるんでそのあと、恋バナくださいっ」

「貴族だなんて。泉ちゃんはお世辞が上手ね。ふふ。お掃除はてきとうに、ゆるゆるやってね」

「へいっ」

 

 桜井さんの部屋はほぼ私物がない。

 モノを動かす必要がないからてきとうにやらなくても、あっという間に掃除機がけが終わった。

 あとは除菌スプレーをかけて、棚や窓などを拭きあげるだけ。


 本来、掃除は上から下へするものらしいけれど、その方式で部屋の掃除を高校生に任せると、窓を拭いただけで終わっちゃう生徒もいるらしい。

 それでケアマネの佐藤さんは苦肉の策として掃除機がけが最初という順番にしたそうだ。

 と、掃除のやり方を教えてくれた50代くらいのスタッフさんが言っていた。

「確かに介護現場はネコの手も借りたいくらい人手不足だけど、貸し出された高校生はネコ並みに気まぐれでしょ。それはそれで困るのよー。あら、やだ、あなたのことじゃないわよぉ」と言っていた。

 イラっとしながら、うまいこと言うと感心した。


 除菌スプレーを手にすると「ええと、どこまで話したかしら」と、桜井さんが話し始めた。

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