2-2

 ふいに、店の扉のベルが鳴った。

 吹いてきた風に暖炉の火がぜて、壁に映った影は小さくなり、押し黙る。


「少々、お待ちを」


 暖炉の炎が消えてしまわないか確かめてから、私は店頭へと向かった。

 そこにいたのは、美しいツノを持った魔物だった。私は、一目でそのお客様に魅了されてしまった。

 うずを巻いて伸びた長いツノ。黒くて、つややかで、流麗なラインを描いている。

 なんという、美しさ。


「手先の器用な店主がいるって聞いた。それは、お前か?」


 私ははっとして、お客様の顔を見た。長い首をゆらゆらと揺らし、赤い瞳で私を見据えている。気が立っているのか、荒い息をする度、体を覆ったうろこがさわさわと逆立った。あぁ、光に反射してキラキラと……。あれもまた、素晴らしいな。

 背筋に生えるたてがみや、鋭利な爪にも目を奪われそうになるが、お客様の低い唸り声に我を取り戻し、再度、私はお客様と目を合わせた。


「失礼いたしました。お客様のあまりの美しさに目がくらみまして。仰る通り、私がこの店の主人です」

「ふん」

「本日はどういった物をお探しで?」

「買い物ではなく、私のツノを治せないかとやってきたんだ」


 言うと、お客様は長い首をぐるりと左へ回した。すると、なんという事か。美しいツノの中腹から先端にかけてが、ぱっくりとひび割れているではないか。本当に、なんという事か。


「私を森のか弱い草食獣か何かと勘違いした魔物にやられたんだ。あぁ、今思い出しても、なんて忌々しい……! もちろん、その愚か者は返り討ちにしてやったがね」

「えぇ、そうでしょうとも!」


 身を乗り出した私に、お客様はゆるりと首を引いた。


「……それで、このツノをお前は治せるのか?」


 不審な顔をして尋ねてくるお客様に、私はうーんと頭をひねる。


「ひびを消す事は難しいのですが、すき間に金か銀を流し入れて継ぎ足しては如何いかがでしょう? そうすれば、ひびさえも魅力になりますよ」

「なるほど、それは良い案だ」


 お前に任せる、と言われ、私は思わず飛び跳ねそうになった衝動を抑え込む。にっこり笑って、お客様を奥のソファに案内した。

 お客様には置かれたソファは小さすぎたので、代わりにオットマンをそばへと持ってきて、暖炉の火の当たるちょうどよい場所に置いた。お客様は四本足で店内の棚の間を通り、細長い体を器用にひねって暖炉の前へとやってきた。ゆっくりと足を折り、するりと尾を自分の体に巻き付け座り込むと、かま首を下ろしてオットマンの上へと頭を落ち着ける。


「それで、いくらだ?」


 お客様は目を伏せながら言った。私は試食用のお菓子のカゴを取って、お客様の前へと置いた。


「いえ、お代は結構ですよ。お客様のような美しい方にお会い出来ただけで胸がいっぱいです。ファッジをどうぞ。今、お茶も用意しますね」


 お客様は細目を開けると、機嫌良さげにゆらゆらとひげを揺らした。


「なかなか気が利くじゃないか」

「作業には時間が掛かりますので、どうぞゆっくりとおくつろぎください」


 私はにっこりとお客様に笑いかける。


「準備のための道具を、取ってきますね」


 店の奥の扉に向かい、お客様をちらりと窺ってから扉を閉める。お客様は、大層くつろいでいる様子だった。

 裏の百階段を上がり、素材部屋へと真っすぐに向かう。中は、様々な魔物の骨格標本が並んでいる。皮を剥がれた魔物は、どこか動物に似ている。カエルにコウモリ、イタチにキツネ、馬、ダチョウ、それからもっと大きな首の長い生き物も。そこから削いで砕いたツノや牙も、大切に別のケースに収められている。私はその中を足早に歩き、壁に掛かった大きなノコギリへと手を伸ばす。

 すぐさま来た道をとって返して、また元の扉の前まで来ると、そっと向こう側を覗き見た。お客様は暖炉の前で、大きな体躯たいくを横たえて眠っている。


「お客様、継ぎ足すのは金と銀、どちらがいいでしょう?」


 声を落として聞いてみるが、お客様からの反応はない。ゆっくりと、呼吸に合わせて背中の鬣が上下している。

 私は体重を傾け、ゆっくりと扉を開けた。


 あぁ、本当に、なんと美しい魔物だろうか。

 こんなに見事な魔物は、霧の濃い日でなきゃ、そうお目にかかれるものじゃあない。

 無垢な白いもやの向こうから、ここまでやってきてくれたんだ。

 私を頼って。私に会いに。

 なんて素晴らしい日だろう。こんな見事な生き物を見られるなんて。

 しなやかで長い体。それを覆った光る鱗に、たなびく鬣。獰猛どうもうな爪、牙、赤い瞳。

 それからなんと言っても、美しい螺旋らせんのツノ。

 どれをとっても、すばらしい。勇ましい。

 力の象徴。絶対的な強者の風格。

 私では、及ぶべくもない。

 到底、あのどれもかれもに、私は届かない。

 美しさも、強さも、私のものでは至らない。

 あぁ、なんて。

 ましい。


 握ったノコギリの柄に、力がこもる。

 絶対、それを、私の、ものに。

 掴もうとしたツノは、しかし寸でのところで引かれて消えた。次いで強い衝撃で吹き飛ばされ、床の上へと投げ出される。

 顔を上げた私が見たのは、歯を剥いて怒る魔物の姿だった。


「悪いうわさは本当だったな! 客を取って食おうなど、貴様いい度胸だ!」

「いえそんな、一部のお客様にだけですよ……! どうしても手に入れたい物の時だけ!」


 吹き飛ばされたノコギリを慌てて拾うと、お客様はそんな私をせせら笑った。


「お前のような貧弱な者が、どうやって私を捕らえるつもりだったのか!」

「まさか! 私にそんな事など出来やしません。仰る通り、非力な私ではあなたに敵いません。だから、父に頼みます」


 はっ、とお客様が笑う。


「その父はどこにいるのだ? そいつが来る前に、お前を八つ裂きにして店に飾ってやる!」

「もう、ここにいますよ」


 私は両手を広げて、立ち上がった。ぶらりと揺れたノコギリが、ギロチンのように左右に揺れる。


「今日はお客様が多くて、その上リズもいましたから、食事をする時間がなかったみたい。父さんももう空腹で、今夜遅くまで店を開けていたのはそれが理由なんです。いやぁ、お客様がいらしてくださって、本当に良かった!」


 私の背後にあった玄関が、みるみるうちに棚のすき間に吸い込まれ、消え失せる。代わりに赤い壁紙はぬらぬらと光る口内へと変わり、巨大な歯が壁面に並んだ。

 お客様の長大な体は竦んで縮み上がり、おろおろと首を巡らせる。赤い天井と壁がぐにゃりとうねると、家具を押しのけ迫ってきた。


「遠路はるばるお越しくださった事、本当に嬉しく思っております。父さんは、ここら一帯で噂になるほどの偏食家でして、人間は食べ飽きてしまって今は魔物しか食べなくなったんですよ。店の常連客以外をと考えると、なかなか選別が難しくて。たまに我慢ならず、お得意様を食べてしまったりと大変で。だから、本当に良かった!」


 お客様は肉壁に迫られ、暖炉の方へと追いやられていく。煌々と燃えていた炎はいつの間にか消え、今は黒々とした穴が空いている。

 私はにっこりと、お客様に笑顔を浮かべた。


「本日はご来店くださいまして、誠にありがとうございました」


 肉壁は私の横をかすめ、お客様を呑み込んでいった。上がった悲鳴は、暖炉の穴の中へと吸い込まれていく。奥の方で、父の立てる咀嚼音そしゃくおんが響く。ごくり、と喉を鳴らす音がした。音はだんだんと遠く、小さくなっていく。

 私は暖炉の前で、しばらく待った。

 すると、骨やツノ、鱗など、お客様の抜け殻が暖炉の穴から零れ落ちてくる。

 私は歓喜の声を上げ、それに飛びついた。


「あぁ、なんて素敵なんだろう! このツノは私のものにしようっと。今夜から早速、制作に取りかからなくっちゃ!」


 私はせっせと素材を拾い集めると、軽い足取りで奥の扉へと向かう。

 夜更かししすぎるんじゃないぞ、と父さんの声がした。私はそれに、笑顔を浮かべるだけで返す。

 今夜は、眠れなさそうだ。

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