→右17話 坂谷 京子(さかたに きょうこ)3

「しゅうごう!!」


 僕が玉置先輩と入部について話してると、ぶつぶつと独り言をいっていた坂谷先輩が、突然立ち上がると右手の指を立てて大声で叫んだ。

 僕がびっくりして、坂谷先輩から離れる。

 でも驚いてるのは僕だけで、玉置先輩は相変わらずの苦笑いを浮かべたままで、他の先輩部員達は坂谷先輩の声に反応して、一斉に坂谷先輩の側に集合した。


「え? え?」


 僕が混乱していると、玉置先輩が肩を掴んで後ろに引っ張って窓際に僕を連れていくと、そこにあった椅子に座らせる。


「驚かせてごめんね、たまにあるんだよ京子君は。 でもそんな時に出すアイディアは面白くてね……みんなもそんな時の京子君の話が大好きなんだよ」


 玉置先輩は視線だけで、坂谷先輩を中心に集まって話してる皆を見ながら、僕の肩をポンポンと叩くとそう教えてくれた。


「そう……なんですか?」


 僕はそんな玉置先輩を見上げながらそう聞き返すと、そんな視線に気がついたのかこちらに視線を落とすと、優しく笑いかけてくれる。


「ああ、みていてごらん、きっと面白い事がおこるから」


 そういうと、集まって話してる皆の方に再び視線を向ける玉置先輩につられて僕もそちらへ視線を移す。


「ひっ!」


 その瞬間、一斉に全員の視線が僕に集まったので、声にならない悲鳴が僕の喉を鳴らした。


「おや? どうやら決まったようだね?」


 そういう玉置先輩を不安な気持ちでもう一度見上げると、玉置先輩は凄く意地悪そうな笑顔で僕を見た。


「幹雄君? ジュリエットやってみない?」


 先輩達の集団から、一人の女性が僕を見据えてそう告げると、他の先輩達も意地悪そうな笑顔を浮かべる。


「は? え? あ、あの先輩?」


 そんな先輩達の視線に恐怖を感じて、玉置先輩に助けを求めるように見上げなおしたが、玉置先輩も笑顔で僕を見下ろしてる。


「大丈夫、京子君なら一週間で演じられる程度に脚本を調整してくれるから」


 どうやら玉置先輩も味方では無いらしい。

 これは……なにか罠にでも嵌ったのだろうか?


「あの……その、入部は少し考えなおしても」


 いいですか?

 という言葉は遮られた。


「よし!一週間しかないから、今から調整しなおさないとダメだね!」


 そんな玉置先輩の言葉に先輩部員全員が頷く。

 ある先輩は教室後ろに置いてあった衣装に駆け寄ると、ジュリエットの衣装とロミオの衣装を取り出す。

 また、先ほどロミオ役をやってた先輩を含む、数名の先輩は立ち位置を話し合うように、先程の舞台の場所で何度も入れ替わりながら話してる。

 ふと横に気配を感じてそちらを振り向いたら、三名程の女子先輩部員がメジャーを片手に、手をにぎにぎさせながら近寄ってきていた。


「は?! え?!」


 後ろから二人の先輩に両手を左右で掴まれて広げさせられると、メジャーを持った先輩が素早く僕の身体を測って、手元のメモ帳に素早く書き込むと、それを衣装を取り出してた先輩達に投げ渡す。

 あまりにもの連携っぷりに、僕はただなされるがままに立ち尽くすしかなかった。


「大丈夫だよ、心配しなくても彼らなら最高のにしてくれるから」


 そういう玉置先輩の顔は、若干紅潮してる。

 あ、この先輩も演劇バカだ。

 その表情に背筋に冷たい物が流れた僕は、なんとかここを脱出しなきゃと、すり足で少しずつ扉へ近づいていくが……


「幹雄君! 君はもう部員だよ?」


 僕を呼び止める玉置先輩の優しそうな声に、恐怖を感じて振り返ると玉置先輩は手招きするように手の平を上下に振って僕を招いてた。


「えっと……その件は……」

「ああ、僕の事は部長って呼んでね? もう部員なんだからね?」


 なんで入部するっていったんだろう……今更後悔しても仕方ないけど、どの先輩を見ても、僕の視線に気がつくと全員微笑みを返してくる。

 これは逃げられない、そう悟った僕は頷くしかできなかった。



 「どうしたのみぎちゃん」


 翌日、クラスで自分の机に項垂れてる僕に睦美がそういって心配そうに声をかけてくれるが、顔を上げる気力が無いままに机に顔をうずめ続けてると、他の二人も心配そう僕を見た。


「幹雄どうしたん? なんかあったんか?」


 隆志は自分の席で椅子にふんぞり返った姿勢を正してそう聞いて来る。


「みぎちゃん? またたっくんに何かされたの?」


 香月は僕を心配しつつ、相変わらず隆志をいじるような事をいう。


「またってなんだよ! なにもしてねぇよ! ……してねぇよな?」


 香月の物言いに反抗しながらも、不安になったのか僕を覗き込みながら別の意味で心配そうな顔をする隆志に笑いが込み上げてきて僕は肩を揺らす。


「お、おい? 俺なにもやってないよな?」


 顔を傾けてみんなの顔をそれぞれ覗き込むと、不安そうな隆志に香月と睦美は疑わしい眼差しを向けてた。


「大丈夫、隆志のせいじゃないよ」


 そういいながら僕は頭を上げて皆を見る。

 なんかみんなの顔を見ていたら、昨日の事やこれからの不安が吹き飛んで気持ちが楽になった。


「ほんとにぃ?」


 それでも疑わしげな視線を隆志にむけていう香月に、もう一度笑いが込み上げてきて笑いが声に出る。


「あはは、うん! 本当だからあまり隆志を責めないでやってよ?」

「そう? ならいいんだけど……でもじゃぁ何に落ち込んでるの?」


 僕の言葉に、一応納得したような顔で香月はそう聞き返すので、僕は困った表情を浮かべて、どう答えるべきかと悩む。


「大した事じゃないんだけど……そうそう! 結局みんなは部活どうするの?」

「え? 部活ねぇ……」


 香月と睦美は顔を見合わせると一緒に唸り、隆志は恥ずかしそうに人差し指で頭をかきながら視線をそらした。

 けど、香月と睦美は唸ったままなので、諦めて隆志が先に口を開く。


「バスケ部に入る事にしたよ……練習はそんなに出られないけどさ」

「大丈夫なの?」


 隆志の昔話を聞いていた僕は、あの先輩のいる部活に入って本当に大丈夫なのかと心配になってそう口にしてしまった。


「なにが?」


 それを聞いてた香月が不思議そうにそう聞き返すが僕はなんでもないと答えると、納得してない顔でもそれ以上は聞いて来ないのは、彼女なりに何か感じる物があったのかもしれない。


「まぁ、バスケ好きだしな……進学クラスだから練習に合流するのは遅くなるし、休日も課外授業で練習はあまり出られないから、選手にはなれないだろうけどな」


 そう、僕達のクラスは特別進学クラスとして、今年から設立された特殊クラスだから、他の一般クラスと違って朝も一時間分、帰りも一時間分の授業が多い。

 さらに、土曜日は他のクラスは休みだけど、僕らは午前中の授業がある。


「そうなんだ、無理はしないでね?」

「ああ」

「なんか二人だけで分かった感じで話すのはずるくないですか?」


 そんな僕らの会話に、睦美が珍しく不満そうな声で割って入って来た。

 彼女はほっぺを膨らませて隆志を見ているので、僕はわかりやすいなって思って聞かれないようにクスリと小さく笑う。


「なんだ? 別になにもないぞ?」


 そういって目を逸らす隆志に、逆効果だろうと心の中で突っ込みながらみてると、案の定睦美は詰め寄り、それを抑えるように手を身体の前に出して身を後ろに引く隆志。

 そんな二人を放置して僕は香月を見る。

 

「わたし?」


 僕の視線に気がついた香月は、もう一度唸ると諦めたような顔で口を開く。


「私は部活はやめておこうかなって思ってる」


 基本的にうちの高校は部活は入る事を推奨しているが、うちのクラスでは逆に非推奨にされてる。

 勉強を優先しろという事だ。

 禁止にもなってないけど……。


「そうなんだ? それもいいかもね」

「そういうみぎちゃんはどうなの? 昨日は書道部とかの見学に来なかったけど、入りたい部とか無いの?」


 その言葉に、昨日の事を思い出した僕は再び机に突っ伏した。


「ちょっと! 本当に何があったの!」


 僕の態度に本気で心配してくれたのか、僕の机に手をついて僕の顔を覗き込もうとする香月の方に顔を傾けて笑顔を見せると、彼女はほっとした顔で席に座りなおした。


「もう! 心配するから変な態度やめてよね!」

「ごめんごめん……演劇部に入る事になったよ」

「見学にも行ってないのに?」


 面喰った顔をする香月を見ながら、僕は頭を上げると申し訳無いといった表情を浮かべ頭をかいた。


「あの後、色々あって演劇部に行ったんだ……」

「あのあと一人で演劇部にいったのか?」


 隆志は睦美から逃げる様にこちらの会話に混ざってくると、驚いた表情をする。


「うん、まぁ色々あってね……」


 変な先輩に覗かれてたから文句をいいに行ったって、流石にいえないなと口を濁して答えると、香月がキラキラした目で僕の顔側まで自分の顔を寄せて来た。


「うそ! なに? おもしろそうなの? 私も演劇部入ろうかな!」

「っちょ! 顔ちかいよ!」


 そういって肩を押し返しながら僕はいう。


「やめておいた方がいいと思うよ……」

「なんで? 私が一緒の部活に入るの嫌なの?」

「そ、そんな事は無くて……あそこはやめておいた方がいいとおもうんだ」

「なんでそんなに止めるの……本当に私が嫌なんじゃないの?」


 香月はいくら押し返しても、不満そうな表情で顔を近づけて文句をいうので根負けした。


「わ、わかったよ、もう止めないから見学に来ればいいさ」

「うん! わかった! じゃぁ今日放課後一緒に行こう!」

「ええ? いきなり?」

「行くんでしょ? だめなの?」

「だめじゃない……よ」

「じゃ決まりね!」


 そこまでいって、やっと満足した顔で自分の席に戻った香月は睦美を見た。


「むーちゃんはどうする?」


 睦美は隆志に詰め寄った姿勢のまま香月を見返す。


「え? わたし?」

「一緒に演劇部見学行かない?」

「うーん……私はやめとく、男子バスケ部のマネージャになろうかと思ってるから」

「はぁ? いや来るなよ!」


 香月の誘いに少し悩んだ睦美の回答の意味は、たぶん僕だけじゃなくて香月も気がついてる気がする。

 凄く生暖かい目をしてるから。

 気がつかないのは隆志だけだ。


 それはそうと……今日演劇部に来るんだ香月……巻き込まれないようにしてあげないと……拳を握りしめると僕はそう誓う。

 あの場所は魔界だ。

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