第6話 科学と魔法の交錯点――灰鱗の巣、突入
探索者協会の管理ゲートをくぐり、転送光が収まったとき、そこはもう異世界だった。
「……ここが、《灰鱗の巣》ね」
セナの声が背後から響く。
振り返ると、彼女は戦闘用のローブとスーツを重ね、腰に愛用の魔法刀を佩いていた。いつもの冷静な表情ながら、その瞳にはわずかな緊張と高揚が宿っている。
「転送は問題なし……さすが探索者協会の安定技術ね。初めて同行するけど、意外とスムーズ」
「俺としては、誰かと一緒に突入するのは初めてだ。心強いよ」
セナは小さく鼻を鳴らす。
「フン、足引っ張らないでよね」
言葉とは裏腹に、彼女の歩幅は自然と俺の隣に揃っていた。
空気は湿り気を帯び、視界を遮る薄い霧が漂う。
岩肌は灰色に染まり、ところどころに古びた鱗のようなものがへばりついていた。壁面から漂う毒性反応が、ここがただのダンジョンではないと告げている。
《環境スキャン完了。空気中に低濃度の毒素確認。ナノバリア有効、行動に支障なし》
「OZ、ドローン展開。赤外線モードに切り替え。熱源スキャン、開始」
《了解。ドローン一号機から三号機、起動》
俺の背中から、黒い球体型ドローンがふわりと音もなく浮かび上がる。
これは単なる索敵用ではない。戦闘、分析、環境制御、情報妨害――様々なタスクに対応した、多機能戦闘支援ユニットだ。
「セナ、お前は右から回り込め。OZのデータによれば、巣の中心は北東の広間だ」
「指図する気? ま、今回はあんたのデータに乗ってやるけど。魔法障壁は三重に張ってる。突発的な攻撃にも耐えられるはず」
肩を並べたのは、氷室セナ――魔法剣士、Cランク探索者。
性格はきついが、実力は折り紙付き。昨日の戦闘で、少しだけ信頼関係の芽が生まれた……気がする。
《敵性熱源、接近中。数3、種別:不明。移動速度高速》
「来るぞ――!」
霧の奥から、ざらざらとした音が迫ってくる。
その姿が露わになった瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。
「……灰鱗蜥蜴(はいりんとかげ)、か」
体長二メートルを超えるトカゲ型モンスター。その全身を覆うのは灰色の鱗。
通常の火炎や冷気が効きにくく、しかも知能が高いという厄介な相手だ。
「ドローン、陽動開始! セナ、こっちが引きつける! 後ろを任せた!」
「了解ッ!」
ドローンが閃光を放ち、蜥蜴たちの視線を引きつける。その一瞬の隙を突き、セナが音もなく背後へと回り込む。
「――
彼女の刀が光をまとい、蜥蜴の後脚を一閃する。氷の魔力が傷口を凍結させ、動きを奪う。
だが、反撃も早かった。残る2体が俺の方へと突進してくる。
「こっちは――技術でやる!」
俺は腰のポーチから起爆用ナノグレネードを取り出し、足元に滑らせる。タイミングを見計らって――
「起爆!」
ズンッ、と空気が震える。瞬間的に発生する超低周波の音圧が、蜥蜴たちの平衡感覚を狂わせた。
《標的、行動パターン乱れ確認。反撃可能》
「撃て、ドローン!」
頭上から、二本の熱線が閃く。
狙いは正確だった。一体の蜥蜴が胸を焼かれ、もう一体は鱗の隙間に直撃を受け、悲鳴を上げて倒れ込む。
「ふう……まだいける」
セナが一体を斬り伏せたのを確認し、俺も気を引き締め直す。
《敵性反応、沈黙確認。周囲に新たな動きなし。ただし……》
「ただし?」
《ダンジョン奥から、一定周期で発される波長を検出。これは……魔力ではなく、通信に近い信号です》
「通信……? ダンジョン内部から、何かを“呼んでる”ってことか」
《その可能性が高いです。調査を進める必要があります》
「……わかった。OZ、ログを記録。今日の任務はここまで。後日、再調査を行う」
セナがこちらに歩み寄る。軽く息をつきながら、言葉をこぼす。
「……ちょっとは見直したかも。魔法に頼らない戦い方、悪くない」
「そりゃどうも。そっちも、無駄のない剣筋だった」
一瞬だけ、微笑んだように見えた。その真意は分からない。だが今は、それだけでいい。
俺は、魔法に見放された。
けれど――科学がある。
次こそ、“奥”へ行く。
未知の信号が何を意味するのか。それを解き明かすために。
科学と魔法、その交差点に立つ“異端の探索者”として。
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