絶望の境界線
エリスとセラが再び口を開こうとしたその瞬間、大地が轟音と共に揺れた。咄嗟にオリちゃんはザイドの肩から落ちてしまうが、ザイドは素早く手を伸ばして受け止める。
エリスとセラは空高く飛び立つ。その顔には恐怖と怒り、どちらとも言えない複雑な表情が浮かんでいる。きっと、さっき言おうとした言葉の続きはあの視線の先にあるに違いない。
俺も翼が欲しい。何が起きているのか、確かめたくてたまらない!
「それがお前の望みかい?」
……母様? ああ。俺はこの力を望む!
突然、体が熱くなるのを感じた。自分の体をよく見ると、葉が光り輝いている。まるで、俺の気持ちと共鳴しているかのようだ。
背中に鋭い痛みを感じる。その痛みが、熱を帯びた何かが背中から刺し込むようだ。
母様の
すると――
ノアの方舟が上陸している。それを見て、俺は喜びが込み上げた。でもそれはすぐに恐怖へと変わった。花の砦を突破して外から中に入ってきたということがどういうことなのか……そう。汚染された外部の空気が流れ込み、空が乱れるはじめたのだ。それだけじゃない。ノアの方舟から現れたのは、無数の警備型ロボットだった。空を覆い隠すように、黒光りするロボットたちが飛んでいる。
音に反応したのか、異物だと感じたのか、あの巨大なミミズのような存在がロボットに、何体も向かって飛びつき始めた。
ロボットはそれを避けると、背中からミサイルを放ち、炎が周囲を包み込んでいく。
島の砦だったあの巨大な花も焼き尽くされていく。
そんな戦果の音に引き寄せられ、失敗者たちが炎に近づいていくのが見えた。
「あぶない、これ以上進んではダメだ!」
怖がっていた彼らにさえも、今は助けたいと思う。これは同情ではない。直感で、助けたいと思うばかりだった。
気づけば、俺は空を飛び、炎に向かって進んでいた。一体を抱き上げ、後退する。
だが、その体は、炎のぬくもりを求めるかのように俺の腕から抜け出そうと必死だ。その体はまだ小さい。あれは、森で見たアレと同じか? いや、これは子供だったのか?
俺の顔に
「ダメだ。これ以上は燃え尽きてしまう」
強く抱き寄せたが、その子はやがて振り向いた。
「諦めたのか?」
もウ……ネムリ、たイ、ノ。
お願、イ。いかセて。
その子が言った言葉が直接脳に届いた時、俺はやっと理解した。今まで苦しんできたんだ。そして、死んでも死にきれなかったその魂は、今、ようやくこの世を去ろうとしているということを。
俺はもう、正解が何なのか分からなかった。地面に座り込むと、手元が緩んでいく。
「あっ……いかないで」
再び飛び立とうと手を伸ばしたが、間に合わなかった。業火の中へ消えていく……ただ、その子からは苦しみの叫びは聞こえなかった。
俺は立ち上がれなかった。
目頭が熱くなり、ただうなだれていた。
「危ない!」
ザイドの叫びを聞いて顔を上げると、俺の上空に一体の警備型ロボットが背中のミサイルを今放とうとしていた。その両眼は赤く光り、俺のことを敵だと認識しているようだ。
あっ
俺は思考が鈍っていた。このままじゃ撃たれる――そう思った、その瞬間。
背後から、何かが俺を土ごと――まるでショベルのように――すくい上げた。
見上げれば俺の視界を目一杯覆うように聳え立つ木の生命体。そんな自然の新種がのそりのそりと前進していく。
巨大な大木がまるで意思を持って歩くかのように動いている。その姿に、俺は言葉を失った。肩と思われる上には、険しい表情のザイドが立っている。
「ザイド、これは……」
「オリちゃんだ。この島を守ろうとしてる」
そう言うザイドの姿も、一回り――いや、何倍にも大きくなっていた。もともと大柄な体がさらに巨大化していて、まるで旧世界の映画“キングコング”みたいだ。
かっけえ……。
思わず俺は見惚れてしまった。
そのとき――警備型ロボットがこちらに向かって飛来し、ミサイルを放ってきた。
オリちゃんは俺たちを守るように、体の巨大化した枝を広げて攻撃を遮る。そして、伸びた枝ならぬ手でロボットをはたき落としていく。
「オリちゃん! 無理しないで!」
ザイドが叫びながら、オリちゃんの伸びる腕を駆け上がる。敵からしたら、優しい話し方とは裏腹に、迫り来るザイドの姿に動揺するんじゃないか? ロボットにそこまでの思考はないのか、ザイドに向けてミサイルが向けられる。
しかしザイドの方が一歩早かった。オリちゃんの手の先端からロボットに飛びつき、長く伸びた鋭い爪や牙でロボットを壊していく。一体、また一体――次々と飛び移って、敵を撃破していく。
それに応戦するようにエリスとセラが手のひらの
それだけじゃない。森の中から
このままうまくいけば、全ロボットを倒せるかもしれない――そう思った矢先だった。
白いロボットの群衆……支援型が武器を手に、母様のほうへ飛んでいくのが背後に見えた。
隙を突かれた!
「母様!!」
エリスが叫び、敵に背を向けた瞬間――
攻撃をもろに受けてしまう。
間一髪でかわしたセラが叫びながらロボットをなぎ倒し、煙を撒きながら落下するエリスの体を追いかけて抱きとめた。
押されている。
俺は……相変わらず、何も守れていない。
すると俺の目の前にロボットが現れた。
背中に携えられたミサイルが放たれる、その瞬間。俺は怒りに任せてそのロボットの顔面を殴り飛ばした。ロボットは弧を描き遥か彼方へ飛んでいく。人並外れたその威力に、自分でも驚いた。
この力があれば母様たちを守れるかもしれない! 急がないといけない! 母様の元には戦える者が誰もいない。
いや、もしかしたらエナが、俺やザイドみたいに力を得て戦っているかもしれない!
だとしても一人で敵うには数が多すぎる。
――どうか、間に合ってくれ。
だが、俺の願いは届かなかった。支援型ロボットの群衆はすでにその場を占拠していた。
エナは枝の上で、さなぎのアヤを守ろうと抵抗したのだろう。顔はあざだらけで、意識を失っている。腕が垂れ下がりそこから流れる出血もひどい。その垂れた血液が枝を伝い、雫となり地面へ落ちている。
体の中の血が全部抜け出たんじゃないかと思う程の出血に俺はつい目を背けてしまう。怖いんだ。俺の脳裏に最悪の結末がよぎる。
でも、どうして力を発揮していないんだ?
俺がエリスとセラを羨まみ、それに似た力を母様から望み得たように、エナは何も望まなかったのか? それとも間に合わなかっただけ? どちらにしてもエナはまだ力を持っていない。
俺は藁にもすがる思いでレンを見た。
……まだ繭の中にいた。
支援型ロボットが母様の巨大樹を囲み、レーザーライフルを構える。カチャカチャと引き金の準備音。今にも撃ち出されそうだ。
……間に合わない。
――やめてくれ。
俺が飛び込もうとしたが、一体の支援型ロボットが俺に気がつき、レーザライフルを放ってきた。
しまった避けられない。
その瞬間、目の前に覆い被さるように現れたのは、かつて俺の面倒を見てくれた、あの、支援型ロボット……ロズ。
激しい爆音を放ち火花が散る中、俺の目にロズの体に書いただいすきの文字が入り込んだ。
俺の記憶が一気に過去に引き戻されていく。ノアの方舟の夕方に、俺と二人残った部屋でロズの体ににかいた、だいすきの文字。
その白い体が寂しそうに感じたから。
ロズだって、許して抱きしめてくれた。
それをエナに見られてからかわれて。
いやだ。ロズ。ずっとどこかで元気に過ごしていると思ってた。こんな時なのに笑ったような優しい顔をしている。
ロズの目が、赤かった目が点滅し、青に変わっていく。
「そんな! ロズ! いやだ。こんなのいやだ!」
ロズの体は大きく凹み、俺に寄りかかった。
そんな! ロズ、嘘だろ!?
俺は冷たいロズの体を抱きしめた。
背中から盾となる防御壁を出そうとして間に合わなかったんだ……それでも全身で俺のことを守ってくれた。
涙が、さっきから止まらない。ひしゃげた俺の鳴き声が、止まらないんだ。
俺はやるせなさにロズを抱きとめたまま、地面にへたり込んだ。
もう、ダメだ。
複数の支援型ロボットが、ジリジリと俺に向かって近づき、ライフルを向ける。
突然、あたり一面が光に包まれた。
ああ、この光は。
俺はすぐに気がついた。
レンとアヤが、目覚めたのだ。
支援型ロボットはそのまばゆい光で視界を奪われ、レンズが混乱したように乱れ始める。レンは金髪をなびかせる。顔の一部は樹皮に覆われていた。失った片目の位置には、歯脈のようなものが
まるで戦場に立つ青年のように、母様の前で仁王立ちし、腕を組み、ロボットたちを軽蔑したように睨みつけた。
その背後にアヤが寄り添う。
蝶の羽を背負い、妖艶に微笑んでいる。
どうやら繭の中で治癒とともに、体も成長したのだろう。今は、俺たちよりも同年代か、年上にすら見える。エナに似て綺麗な顔立ちに育っている。
そんなアヤが、傷ついたエナの姿に目を見開いた。未だエナの髪を無造作に掴むロボットに、視線を移す。そして、手のひらをかざし、花びらの渦をロボットへと放った。
一見、美しいその技は、マシンガンのような威力を持ち、ロボットの腹部に大きな穴を穿った。
「お姉ちゃん!」
アヤは倒れたエナに駆け寄り、髪を撫でる。羽をやさしく揺らすと、舞い降りた粉がエナの体に降り注がれていく。
やがて、傷は癒え、エナの意識が戻りはじめた。俺はロズを優しく横たわらせ、エナに近づき呼びかける。
「エナ、しっかりしろ。お前の妹が……目を覚ましたんだ!」
「アヤ……ちゃん……?」
エナは嬉しそうに微笑んだ。
まるで夢を見ているように、アヤへ手を伸ばす。その先に触れる寸前、腕は力なく落ち、動かなくなった。
「お姉ちゃん!」
アヤが涙をこぼしながら、エナの手をとり自分の頬に触れさせる。けれど、エナはぐったりと動かない。
顔は青白く、唇は乾いている。
もちろん、呼吸はしていない。
俺はもう片方のエナの手首に触れた。
脈が、ない。――嘘だろ……アヤの治癒が効かないのか? あんなに、あんなに妹を想って探していたのに……こんなの、可哀想すぎるだろ……。
エナと、アヤは十才離れている。それに、二人の母親はアヤを産んですぐに亡くなっている。だから、ずっとエナがお母さん代わりに世話してたっけ。
「アヤ」
優しく声をかけるエナの、お姉ちゃんの声を思い出し、静かに消えていく。もう、どんなに望んでもエナは話してくれない。
悔しくて、俺は何度も地面を拳で叩いた。
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