二人の守護者

 俺たちは空を舞っていた。

 正確には、二人の少女の背に乗って、だ。


 最初こそ不安だったのに、今は怖くない。

 風が髪を撫で、空は青く、目の前に広がる母様の巨体に、思わず涙がこぼれそうだ。

そう、母様はあの巨大樹。夢で見たから間違いない。


 俺は両手を広げ、体全身でこの島の空気を吸いこむ。


 ああ、気持ちいい!


「さっきまであんなにびくついてたのに、どうしちゃったの?」


「なんだか楽しそうね」


 エリスともう一人の少女は、クスクス笑いながら言う。すると、口に指をくわえてピーと音を鳴らした。


 なんだ?

 

 すると、木々の間から空に向かって、巨大なわしに似たような、それよりも厳つい面持ちをした鳥が何体も現れた。くちばしや爪は鋭くて太い。くちばしで人間を丸呑みできるサイズじゃないか。もしかして俺たちを食べるつもりか?

 一瞬肝が冷えたがどうやら違うらしい。


 エリスたちとは仲良しみたいだ。俺たちと平行に飛び、嬉しそうに鳴いている。


 よくみれば可愛くも見える。


 うん。可愛い。


 俺たちのことも、仲間だと思ってくれているみたいで安心した。その艶やかな羽に、太陽の光が反射してきらめいている。


 突然、エリスともう一人がふわりと上下に、浮き沈みしながら回転する。


 二人も楽しんでいるんだ。


 VRでは体験したことがあったけど、まるでジェットコースターみたいだ!

 落ちる瞬間がこんなにも、心臓が飛んでいくような感覚になるなんて知らなかった。

 怖いのに楽しい!


 ザイドはオリちゃんを抱きしめ、パニックと歓喜の入り混じった声を上げている。

 エナもぎこちなくも楽しんでいるように見える。すごい! とか、うわー! と言っているのが聞こえてくる。


 久しぶりに味わう爽快感に、俺たちはただただ興奮していた。

 

 空の旅はあっという間で、母様の根本に到着した。


 母様の周りは他の木々が生えておらず、太陽の光が地まで届く。そのせいか、樹海では見なかった見慣れない花がいくつも茂みの間に点々と生えているのが見える。それが風に揺れて心地良さそう。


 そして俺たちは母様を見上げた。


 上空でも思ったが、とにかくでかい。

 夢で見た、高層ビルよりも。

 ノアの方舟よりもだ。


 多分、夢で見たビル5〜6本分の面積と比較しても、母様には敵わないだろう。幹があまりに太すぎて、まるで巨大なゾウの足みたいだ。


「あなた達が来てから、みんな怖がって隠れていたの。でももう大丈夫そうだから……」


 空に円を描くように飛ぶ大鷲に似た鳥を見上げながら、エリスが言う。

 すると、数匹の子供の鳥が二人に顔をすり寄せに舞い降りた。子供といっても鳥にしてはでかい。もしかしたらアヤよりも一回り大きい。


 二人は優しく頭を撫で、腰に下げていた、葉で巻いた包みから、柔らかそうな木の実を取り出し、与え始める。


 俺たちはそれを静かに見つめていた。

 まるで絵にかいたような光景だ。

 一時の穏やかな静寂が俺たちを包んだ。


 そして、二人は語りだす。


「私はエリス」

「私はセラ」


「私たちは双子で、かつて彗星から逃れる為にシェルターへ逃げ込んだ人間の腹に宿っていた。でも、母体は残念ながら母様を拒んだわ。他の人間もね。母様は悲しんでいたけど、私たちを見つけて、変異がうまくいって喜ばれたわ。私たちは未熟児だったから、母様の中で安全に成長できたの」


 そう言って、二人は背後に佇む母様の太い幹を見上げた。


「そうしてあそこから生まれたの」


 手のひらの木の実を食べつくした子供の鳥たちは、構ってもらえないと分かったのか、空へ戻っていく。


 エリスとセラは、母様との時を思い返すように優しい面持ちで俺たちに向き直った。


「母様はあなた達をとっくに受け入れていたわ。でも、あなた達自身がどう判断するかが大事だったの」


 無造作に置かれていたレンの体は、繭に包まれたようなつたに覆われ、今ではピクリとも動かない。


「心配しなくても大丈夫。母様が今、頑張っているから」


「どうして俺たちが呼ばれたんだ?」


「きっかけはその子――ザイドとオリちゃんよ」


「どうして僕の名前を?――あっ」


 そう、俺たちは初めから見られてた。会話も聞いていたはずだ。


「母様が人間と植物の愛を感じたのよ」


「じゃあ、どうして大人はいないんだ!?」


 俺の質問に、エリスとセラの顔が曇る。


「母様は……心が読めるの。かつてシェルターの人間は、大人が大半だったわ。大人の心は少なからず汚れている。そこにいた親の子供も、親の恐怖を感じ取る。それに、大人は子供より警戒心が強くて、心のすれ違いが起きやすい……争いの種なの」


「そう、母様が教えてくれた。だから私たちも、大人の人間は怖いわ。今回も、大人を連れてくれば、あなたたちはどうなっていたかしら? より混乱が生まれて、こんな風にはいかなかったはずよ」


 エリスとセラは、少し申し訳なさそうにこちらを見つめてくる。


 恐怖を感じていたのは俺たちばかりじゃない。母様が……この島全体の生き物が、人間に対して恐怖を抱いていたんだ。それなのに母様やこの子たちは、歩み寄ってくれている。


「ごめん。俺たちは、自分たちの身しか考えられなかった。」


「「ごめんなさい」」


 エナとザイドも、俺に続いて頭を下げている。それを見たエリスとセラは静かに微笑む。


 そして、二人とは違う声が聞こえてきた。


「頭をあげなさい。あなた達の心は清らかで優しい」


 母様の声だ。


 風のように俺たちの心に響く。

 言葉数は少ないが、それ以上に、彼女の愛が伝わってくる。


「でも、俺たち……」


 俺は頭をあげられない。母様が言う通り、俺たち人間は傲慢で、何もかも自分の都合で決めてしまう。

 地面からつたが伸びて、俺の額を優しく持ち上げた。それは母様の体から伸びたものだ。


 優しく、そして温かい。その手が頬を撫でると、くすぐったさと同時に、深い安らぎを感じた。


「アヤは? ここにアヤはいますか!?」


 エナが切実な声で問いかける。俺も不安が込み上げてきた。


「アヤならもうすぐ羽化するわ」


「羽化?」


「良く見上げてごらんなさい。母様の枝の中間に、さなぎが見えるでしょう?」


 セラの声に従って、俺たちは母様の枝を覗き込んだ。風が吹き、視界がぼやけている中、微かに見えるその姿に、俺たちは息を呑む。


「アヤ!?」


 エナはそのまま駆け出し、母様の幹に手をかけて登ろうとした。

 すると母様の蔦が、まるでエナを守るように伸びてくる。


「お願い! アヤのそばに行かせて!」


 母様の蔦は止めるつもりではなく、むしろ優しくエナをさなぎのある枝まで導いてくれた。


 エナが枝に着地すると、アヤに向かって語りかける。


「アヤ? 大丈夫?怪我は?」


 早口で質問を繰り返すエナに、エリスとセラが微笑みながら言う。


「今は眠っているわ。安心しなさい、もう次期よ」


 その言葉に、エナもようやく安心したようだ。だが、その後に続く言葉に、俺たちの胸が一層締め付けられる。


「それよりも、ここからが本題よ」


 エリスとセラが、真剣な表情で俺たちを見つめる。

 母様の緊張も風に乗って伝わってきた。

エリスとセラの瞳の奥に、深い悟を感じる。

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