いつもの日、はじまりの兆し
彗星が地球に落ちてから70年――。
人類最後の生き残りが詰め込まれたこの「ノアの方舟」は、空っぽの未来を漂いながら、それでも煌びやかにあり続けようとしていた。不安定な波に抗うかのように海を漂うこのノアの方舟で、残された人類は希望を諦めずにいた。
そんな中一人の少年は、未来に何の希望も、持てずにいた。ノアの方舟に未来はあるのか? 今、幕が開かれる。
***
俺はユウジン・グレイバーン。かつて地球に落ちた彗星を観測した第一人者であるレイ・グレイバーンの孫だ。じいちゃんはもういない。じいちゃんは観測者の第一人者としてこの船で英雄扱いだったけど、それはもう俺には関係ない。
三代目の俺はもうこの船が退屈で仕方がなかった。どこを見ても綺麗だが中身がまるで無いのと一緒で、闇を抱えているように見える。
じいちゃんがいた頃はまだ希望を感じたけど、もう無理だと思う。
そんな着飾った巨大都市内のエリアにはさまざまな施設がある。俺がよく行くのは、第3居住区にあるアミューズメントホール。のゲーセン――正式には「第3居住区アミューズメントホール」って名前だけど、そんな呼び方してるやつ、たぶん誰もいない。退屈しのぎにはもってこいの場所だ。
『旧世界ゾンビバラバラパラシュート、ゲームクリア!』俺の横でVRのキャラクターが嬉しそうにゲームクリアを喜んでくれている。このゲーム内の俺の相棒役だ。
「一人でやるのも飽きたな……」
俺はフルダイブ型VRの器具をもとの場所に片付けた。
ああ、ザイドが一緒にやってくれたら、たぶんもっと楽しいのに。あいつ、たぶんこういうの苦手だろうけど、逆にリアクションとか面白そうだし。……って、無理か。最近のザイド、ずっと部屋にこもってばっかだ。
――つまんねぇな。ひとりでゲーセンうろつくのも飽きたし、この船はデカいしなんでもあるはずなのに、俺は満たされない。
つまらなすぎてため息がもれる。俺はゲーセンを出て広場の方角へ進む。
透明なアークリッドパネルが張り巡らされた廊下、壁に埋め込まれた照明が擬似的な昼夜を演出し、音声案内が絶えず誰かの生活をサポートしている。
サポートと言えば人間の生活を支えているのは人工AI搭載ロボット。セラミックで陶器みたいに滑らかな素材でできている。世話型ロボットは女性を意識して作られているのか、柔らかく優しい印象がある。
このタイプのロボットは子供の世話や介護をしている。今もこの広場では人の側にロボットが寄り添っている姿がちらほら見られる。つい目がロボットをおいかけてしまう。
「どうしたの? そんなにお世話型ロボット見つめちゃって。またロズに甘えたいんじゃなないの~?」
背後から突然聞こえた声にビビって振り向くと、ツインテールで小生意気そうな顔をしている少女エナが俺を見つめている。エナが繋ぐ手の相手は妹のアヤだ。子猫のようなまなざしで俺を見つめている。
「そんな子供のお世話ロボットなんか興味ねーよ!」
そう言いながらも再び子供の世話をしているロボットに目を向けてしまう。反対側には高齢のお婆さんの相手をしているロボットもいる。
「何よ。あんなにロズのこと大好きだったくせに! ロズの体にだいすきって書いて大人の人に怒られてたのは誰だったかしら?まぁ、ロズは喜んでいるようにも見えたけど」
「知らねーよそんなガキの時の記憶なんか」
実際俺はロズが大好きだった。ロズってのは正式名称ではない。正式には『アールオー・ゼット型自律支援ユニット』っていうらしいが、そんな風に呼ぶのは大人の厳しいやつらだけだ。
……エナにロズが大好きなことは言わない。父さんも忙しかったし、親のように世話してくれたのはロズだけだった。
ああ、思い出す。確かにあの時、ロズが俺の落書きを、許可してくれたのは嬉しかった……。確か、夕暮れ時、俺たちと違って服を着ていないロボット――ロズの後ろ姿が寂しそうに感じたんだ。だから油性マジックで……恥ずかし!
懐かしい、本当に会いたくなっちまった。
今もまだ誰か幼い子供の世話をしてるんだろう。思い出に浸り、作られた青空の下を、
エナ達を無視して歩く。……が、どうやらついてくる。
「おいおいどうして俺の後をつけてくるんだよ!」
「しょうがないでしょ。行きたい方向が一緒なだけよ!」
「行きたいところってどこだよ言ってみろよ」
「いいわよその代わりユウジン、あなたにも答えてもらうわ」
はぁ? あほらし。でもこのままついてこられるほうがうざい。さっさと答えて離れてやる。
「せーの」エナの弾む声につられてしまう。
「「ザイドの部屋」」
「なんっで被ってんだよー!」
「ふふっあんたの行き先なんかお見通しなんだから」
そう言ってどや顔を見せつけるエナの顔が腹立つ。
アヤはお姉ちゃんすごいと姉を見上げて、ぱっと顔を明るくする。
「やっぱりお姉ちゃんってすごい……お姉ちゃんの言うことはぜったい当たるんだもん!」
小さな手で俺の袖をぎゅっとつかみながら、信じきった顔で笑ってる。
……はぁ、しょうがねえな。この姉の図々しさと、妹の“お姉ちゃん信者”っぷりには、もう敵わない。三人でザイドの部屋までこの未来都市を歩いていくことにするか。
歩くと言っても本当に歩くわけではない。靴が行き先を言えば連れてってくれる。だから正確には、移動――している。この船内の場所ならどこでも記憶しているし、迷子になる心配もない。想定速度も決められているから事故になることもない。
そんな未来都市で、居住スペースに戻ってきた。行き先はもちろんザイドの部屋だ。親友の部屋をノックもせずに入り込む。
「ザイドー、俺暇なんだよ。一緒にゲーセン行こうぜ~? 旧世界ゾンビバラバラパラシュートって面白いんだけど!なぁー一緒に今から行こうぜ!」
背後でエナがアヤに足元気をつけなさいと言っているのが聞こえてくる。
「僕は今忙しいんだ。なんだかこの子達もざわついてるから、そばにいてあげたいんだ」
ザイドは、色の濃い肌にしなやかな筋肉をまとった、静かな巨人みたいなやつだ。
高身長で、黙って立っていればまるで戦場の英雄。
――けど、彼の本質はまるで逆だ。
今も部屋の隅で、小さな鉢植えの前にしゃがみ込み、優しく葉をなでている。
相手に話しかけながらゆっくりと、穏やかに。その姿が、俺にはすごくザイドらしく思える。無口でちょっと不器用。でも、誰よりも優しい。これこそが俺の相棒だ!
俺は相変わらずのザイドの部屋を見渡す。
ザイドの部屋は、外とは別世界だ。
人工光の下でも育つように調整された小さな鉢植えが所狭しと並び、空気清浄機と香りの粒子が混ざって、どこか森の中にいるような錯覚すら覚える。……そして少し汗臭い。ここで筋トレしてるのが分かる。
吊るされたエアプランツがふわりと揺れるたび、風が通るように感じられた。
「最近全然遊んでねーじゃん」
俺がいくら呆れても、ザイドは真剣な顔でおじぎ草に触れている。光る植物の青が、彼の横顔を静かに照らしていた。
――この部屋だけ、船の中のどこよりも“命の気配”に満ちている。なんだかんだザイドの部屋が一番居心地がいい。俺はザイドの作業を背中越しから見つめて微笑んじまった――その瞬間だった。
「――っわ!」
船がぐらりと、大きく傾いた。足元が浮く感覚に、俺は思わず棚に手をついた。その直後、聞いたこともないアラームが鳴り響く。耳をつんざく高音だ。船内アナウンスが割れるような声で響いた。
「現在、危険区域に接近中。住民はただちに、大きな揺れに備えてください――」
言い終えるか終えないかのうちに、今度はさっきよりも強烈な衝撃が襲う。
ザイドの部屋がごっそり傾き、棚が倒れ、鉢植えが滑り落ちる。
「ザイド、危ないっ!」
反射的に腕を伸ばしたとき、土と香りが空中に舞った。
ガラスが割れる音、遠くから響く悲鳴――
これは、ただのトラブルじゃない。
船が、何かに――ぶつかっている?
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