第14話

 コルがシエラの病室を訪れるのは多くても週に一、二回といったところだ。本当はもっと会いに来てくれたらとても嬉しいが、そうも言っていられない理由をシエラは十分に理解しているつもりだった。


 コルはJPMSと呼ばれる組織に所属するエージェントである。JPMSはシエラ、サーシャが所属するRPUの上部組織であり都市国家トーキョーにおいて警察/軍事活動等を総括している武装組織だ。

 詳しい仕事内容は機密事項という事で、詳しく教えてもらってはいない。だが日ごろから昼夜関わらず走り回るコルの姿はそれだけで、彼女がいかに多忙な日々を送っているかを物語っていた。


「姉さん、今日はお仕事の方は大丈夫なの?」


 ベッドの端に腰かけたコルにシエラが問いかける。

 明るいグレーの長髪に赤色の眼鏡。やや目にかかるように伸ばした前髪は彼女の普段のスタイルだ。任務の時は、髪を上げ、眼鏡も取っているらしいが、シエラがその姿を見たことは無い。

 優しい笑みを浮かべるコルの手には、シエラ同様スパークリングコーヒーのボトルが握られている。


「大丈夫……ではないのだけれどね」


 ふぅとため息を付きつつコルは続ける。


「今週は全然お見舞いにも来れなかったし、あなたに伝えなきゃいけない事もあったから」


「ワタシはもう大丈夫だよ? お医者さんにももうほとんど完治してるって言われたし、週明けには原隊復帰できるだろうって」


 入院から一か月。ボロボロだった体ももうすっかり軽くなり、シエラは殺風景な病室に嫌気がさし始めていた。


「良かったわ。本当にあの時、もっと早く助けに行ければよかったのだけれど……」


「それはもう何回も聞いたよ。姉さんだって忙しいんだし、こうして全員無事に生還できたんだからもういいじゃん」


 シエラの病室を訪れるたび、コルはあの時を思い出して暗い顔をする。

 彼女の話によれば、コル自身は、あの日あの場所で事件が起きる可能性を事前に察知していたらしい。しかし警戒態勢を敷くことを進言しても証拠不十分として本部はこれを却下。本隊が満足に動けない中、半ば独断であそこに駆けつけてくれたというのだ。

 医療班だけは強引に連れ出し、戦闘用装備で独断先行。結果的に事件は起き、居合わせたRPU隊員4人の命を救うこととなったから良かったものの、もし間違いだったら始末書程度じゃ済まなかっただろう。コル自身は負傷者を何人も出してしまったことをかなり悔やんでいるようだったが、シエラにしてみればそんな状況でもなお駆けつけてくれた姉には感謝してもしきれない思いである。


「こないだサーシャが教えてくれたんだけど、ケイトちゃんとバディの子ももう退院したんでしょ?」


 コルが持ってきてくれたスパークリングコーヒーをストローで啜りながらシエラが問う。

 今日はまだサーシャは来ていない。コルが来る予定があるときはいつも面会時間を遅らせてくるのだ。きっと二人の時間を取れるようにという彼女なりの気遣いなのだろう。


「ええ、ウォーカー巡査……ケイトの事ね、は先週上層の医療施設を退院。今週から原隊に復帰してるわ」


「もう復帰してるんだ。流石、上層の施設は凄いね!」


 ケイトだってシエラに負けずとも劣らない大怪我だったはずだ、それが三週間足らずで原隊復帰できるまで回復するというのはひとえに高度な医療技術によるものなのだろう。


「ええ……そうね」


 語るコルの表情は明るくない。


「もう一人の子は?」


「マクレイニー”元”巡査は一時失った足の回復処置の後、現在は上層の施設においてリハビリ治療中よ」


「良かった。足、くっ付いたんだね」


 失った四肢は迅速に処置を施せば繋ぎなおすことが出来るとは聞いていたが、”切れた”というより”千切れた”彼女の足を繋ぎなおせるというのは凄いことなのだろう。と思う。


「それにしても”元”巡査ってどういうことなの?」


 シエラはコルに問う。シエラ達RPUはJPMSの中でも最下位の組織である。多くの場合、入隊後数年間はRPU隊員として訓練、比較的安全な都市内の警らを行い、その後各々の適正に合わせた上位部署に転属されるというのが一般的なパターンなのだ。その間、隊員の階級は巡査で固定であり、昇格したという話は聞いたことがない。


「彼女は名誉負傷パープルハート扱いで特例の昇格、その後すぐに除隊したわ。最終階級は伍長よ」


「伍長!?」


 思わず声が上がる。

 伍長、と言えばもはや下士官だ。シエラ達巡査からすると三つも四つも上の階級である。いくら名誉負傷とはいえ、そんなことがあるのだろうか?そもそも、負傷という意味では自分やサーシャ、ケイトだって重傷を負っているし、あのドロイドを倒して自分たちを救ったのはコルなのだ。シエラ的にはなんだか釈然としない。


「気持ちは分かるわ、シエラ」


 まだ何も言う前にコルが言葉を繋ぐ。


「私だって納得はしきれないけどね、マクレイニー家は国家上層部にもある程度顔の効く名門よ。本人的にはリハビリ後に復帰を望んでいたみたいだけど、ご家族がいろいろと手を回したみたい」


 以前サーシャが言っていたそれなりのお家柄、というのはこういう事か。階級、家柄で待遇に差が出るのは重々承知だったが、ここまで露骨だとなんだかもやもやするのもまた事実だ。

 

「上層部の決定だもの、しょうがないわ」


 無言でコーヒーを啜るシエラを見てコルは優しい声でそう言った。


「それよりも」


 コルも自分のボトルに口を付けつつ話を続ける。


「今日はあなたに伝えたいことが二つあったのだけれど」


 そういえば姉さんはそんなことも言っていたな、とシエラは視線を上げた。


「いい話と、そんなに良くない話、どっちを先に聞きたい?」


 珍しくコルがいたずらっぽく笑う。


「んー。じゃあそんなに良くない方から」


 コルの表情が変わる。


「……あなた達、来週の原隊復帰から担当エリアが変更になるわ」


 あんまりよくない話は意外な方向へ向かっていた。


「変更?」


 思わず聞き返す。


「そ、都市中央部の繁華街、”スクランブル”の警備よ」


「スクランブル……」

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