番外編3-2:静寂の分析室

──MtM本部・地下第二分析室。

淡い蛍光灯の光が、白とグレーの無機質な空間を静かに照らしていた。


夜勤体制の本部は、日中とは打って変わって静まり返っており、端末の起動音と空調の駆動音だけが規則的に響いている。


その中央、端末の前に座っていた人物──カナメは、静かにモニターを見つめていた。

薄型眼鏡の奥の瞳は揺らぎなく、冷静そのもの。しかしその瞳の奥に、かつてなかった“色”が、ほのかに灯っていた。


「――アクセス完了。レベル3許可。データ同期中……」


落ち着いた声で呟きながら、カナメは端末の操作を続ける。

表向きは、導きの鍵に関連するアーティファクト群の分析──それがこの夜の業務報告だった。だが、真の目的は別にある。


(“鍵”の共鳴反応……最初の対象はイツル。次の対象も、すでに洗脳済み。ならば、次は──)


ナナカの声が脳裏にこだまする。


『カナメ。次の指示は、資料庫βにある“プロジェクトΦファイ”のデータの写し。削除まではしなくていい。少しだけ、“順序”を書き換えておいて』

「ボクにできないことはないよ」


女性の声色で小さく笑う。かつてのカナメ──以前のような冷静さや論理性は、声の奥底に影を潜めていた。魔導催眠の影響は、性別の変化だけにとどまらない。彼──いや、彼女の中には、“命令に従う快感”が少しずつ染みついていた。


「プロジェクトΦ……起動条件を“覚醒後3日以内”から“覚醒直後”に変更。実行順序を逆転……」


タッチパネルに指を走らせながら、彼女は静かに作業を進めていく。慎重に、かつ巧妙に。変更ログには影響を残さず、だが確実に情報は歪められていく。

ふと、通信履歴に一つのログが目に留まる。


「リョク……?」


彼の名前が、セキュリティルームへの申請履歴に載っていた。


──まさか、気づかれた?


一瞬、冷たい感触が背筋を這った。だが、カナメは、それを打ち消すように首を振った。


「大丈夫、まだバレてない。リョクは鋭いけど、決定的な証拠は持ってないはず……」


自分に言い聞かせるように呟く。

──だけど、油断はできない。


作業を終えた端末をスタンバイ状態に戻すと、カナメはスカートにもパンツにも見えるユニセックスなボトムの裾を整え、立ち上がった。



帰り際、指先が無意識に、首元の“導きの鍵”へと触れた。

ひんやりとした金属の感触。

それが、次なる行動の合図だった。


「次は……誰?」


微笑む唇は艶を帯び、長い睫毛の奥で、闇が静かに揺れていた。


(つづく)

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