セレスティナ

「‥‥貴族王族と関わる依頼はすべてお断りすると申し上げたはずですが」

「そこを何とか頼みます、あなたさましかおられないのです!」


あたしをそこそこやわらかいソファーに座らせて土下座しているのはギルドマスター。ここはギルドマスターの部屋だ。一面木の天井、壁、床に囲まれて、机、窓、本棚など必要なものが揃っている。

だがいくらギルドマスター相手でも、あたしは顔を隠すフードを外さない。特Sランクの特権でも何でも使わせてもらっている。声で女だとばれてるけど。


「護衛なら他にもSランク冒険者がいるでしょう」

「それが、Sランクは全員出張っていて、他にはAランクしかいないのです」

「Aランクてもたいていの敵は倒せるでしょう」

「隣国の王女です。Aランクなど出したら問題になって王様に処罰されます!」


あたしは首を横に振った。いくら土下座されても無理なものは無理だ。


貴族・王族からの依頼を全て断り、他の冒険者ともパーティーを組むとか馴れ合いをしてはいけないというのは、義母からの指示だ。

他の平民冒険者たちは普通に馴れ合っているけど、あたしは貴族だから事情が特殊だ。


あたしが冒険者をしているところが、たとえ隣国であっても貴族や王族にばれてしまうと、シャンティゼ公爵家は冒険者の子を持つと周囲から馬鹿にされる。あたしも家から追い出されることになる。

そうなったら、家を借りるにしても毎月数十億セリの家賃を払える自信はない。ホームレスになって雨に打たれながら生きることになるのは目に見えている。とても賤業のみで生きていけるとは思えない。

だから義母に嫌われるようなことはやりたくない。するわけにはいかない。あの家を追い出されたくない。


「私からもお願いします。あなたのようなお方にいてくださると、殿下もご安心です」


そばで立っている若めで青髪の男性は、立派なスーツで身を包んでいる。しっかりした身なりだ。見ない顔だし、その王女とやらの執事だろう。


「‥王都から出発する時、Sランクの冒険者を雇っていたはずです」

「ここまで来た時に体調を崩してしまったのです。ですのでここで探すほかないのです」

「その人の体調が回復するまで待てばよろしいのでは?」

「王女殿下は執務にお忙しいのでございます。ここで時間を潰すのは我が国の損失です」

「‥‥‥‥」


なるほど、放置しておけば相手の国に損害を与える。うちの国の外交にも関わるということか。

あたしは腐っても公爵令嬢、国益に反することは多分してはいけないのだろう。

だが、義母が‥‥。


「‥‥受けましょう」

「おお!」

「ただし条件があります。王女殿下にあたしの顔を見せたくないので、このフードをつけることをお許しください」

「分かりました、こちらこそ『常盤色の竜殺し』に護衛いただけるのは大変光栄です。どのような条件でも呑みましょう」


‥‥光栄? 賤業である冒険者に守られるのが光栄? あたしにはその意味がにわかに理解できなかった。そんなことを公言してしまうと、この執事は社会的に孤立してしまうのではないだろうか。冒険者よりも疎まれて家から追い出されでもしたら‥‥。

その執事らしき人が部屋を出る時、あたしはつい口走った。


「‥‥差し出がましいのですが」

「どうなさいました?」

「冒険者に対して、光栄という言葉はあまりお使いにならないほうがいいかと存じます」

「‥‥‥‥?」


若い執事はしばらく立ち止まって「そうですか‥‥?」と首を傾げていたが、「‥分かりました」とにっこり笑って廊下に消えてしまった。

やれやれ、大変なことになった。護衛というのだから、家を複数日空けることになる。こういったことは事前に家に伝えなければいけない。とはいえ、義母に直接伝えるのははばかれるから、メイドを通して伝えてもらうことにする。

メイドからは「せいせい稼ぎなさい」という伝言をもらった。


メイドたちも内心ではあたしを心配してくれている。

深緑色のフードローブはある人から借り受けたものを使っている。が、その下に着る白い長袖のよく体を動かせる服は、メイドが用意したものだった。5歳の時に着ていた服をそのままメイドたちにつぎはぎして大きくしてもらっているから、所々色が違う。

だが魔物との激しい戦いがあるたびにすぐ破れるし、そろそろ大人向けの服がほしい。冒険者などという奴隷ですら逃げ出すような最悪最低の仕事をしているあたしなんかのために、メイドに迷惑をかけるわけにいかない。


あたしは魔法使いだから武器はなんとでもなる。ただ、新しい服が欲しい‥‥。


   ◇


翌日、とある貴族向けの宿屋の前。深緑のフードローブに身をまとったまま、あたしはその王女の前に跪いていた。


「初めまして、あなたが『常磐色の竜殺し』でございますね」

「‥‥はい」


俯く。顔を見られないように。

しかし、あたしが一声出しただけで空気が一変したことを悟る。


「‥‥あなた、もしかして女‥」

「殿下、先を急ぎましょう!」


俯いているのでよく分からないが、昨日ギルドマスターの部屋で会った執事の声だった。執事が慌てて王女にろくな挨拶もさせず、馬車に乗せようとしている。

昨日執事に対してしたフードをかぶせさせてほしいというお願い事が、あたしの素性が王女にばれないようにしてほしいと読み取られたのならそれは嬉しい。


と、王女を馬車の中に押し込んでいた執事が出てきた。執事は何やらあたしを見て困った顔をしていた。


「‥‥失礼ですが、あなたは女性でいらっしゃいますか?」

「はい」

「昨日お会いしたときはてっきり少年かと思いこんでしまいましたが、殿下のおっしゃる通りまさか本当に女だったとは‥」


頭を抱えていた。女性だと困るのだろうか。


「私は女ですが、特Sランクとして認められていますし冒険者の実績はございます」

「そういうことじゃないんだ‥」

「?」


執事は首を振って、明らかに困惑したように眉間にシワを寄せていたが‥馬車の中からの「もう少しお時間かかりそうですか?」という声に反応して、「殿下が何か無礼を働いたら、すぐ私どもにお申し付けください」とだけ言い残して馬車へ走っていった。


王女があたしに無礼? 逆では?

誰がどう見ても王女のほうが立場が上だよね。言い間違いかな。

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