第4章 それぞれの過去(後編)

ミナは、生まれるはずのなかった子どもだった。


母は、かつて東京の繁華街で働いていた。どこにでもいる若者で、夢に破れ、家族と縁を切り、生きるためにホストクラブに通っていた。ミナの父となる男は、そこそこ有名なホストだった。顔がよく、甘い言葉が得意で、女の心をくすぐるのが天才的だった。


母が彼を好きになったのは自然だったし、彼が母に子どもを授けたのも、ある意味で当然だった。


けれど、妊娠が発覚したとき、男はあっさりと言った。


「おろしてくれよ。今そんな責任とれないしさ」


母は迷った。何度も病院の前まで行った。けれど、どうしても中絶に踏み切れなかった。ひとりぼっちの人生で、初めて“守りたい”と思えた存在だった。


そしてミナは、この世界に生まれた。


母は懸命に育てようとした。昼はスーパーのレジ、夜は清掃のバイト。わずかな睡眠と引き換えに、ミナのミルク代を稼いだ。


しかし現実はあまりにも冷たかった。


国が義務づけた出生前診断も、遺伝子操作も、母には届かなかった。医療費も、申請書類も、支援制度の壁も、すべてが母に「無理です」と告げていた。


ミナは“スコアを持たない子ども”として、制度からこぼれ落ちるようにして生まれた。


──結局、母は育てきれなかった。


「ごめんね……ごめんね……」


何度も泣きながら、母はミナを“里親制度”に託した。


「この子は、ほんとうにいい子です。やさしくて、人の気持ちがわかるんです」


そう書かれた母のメモは、いつの間にかミナの記録から消えていた。


けれど、ミナの中には残っていた。どんなに記憶が曖昧でも、あの小さな温もりは、彼女の心に深く残っていた。


ミナは、乳児院で最初の数年を過ごし、その後いくつかの施設を転々とした。理由は簡単だった。スコアが“無”だから。


スコアがあれば、将来性がある。国からの支援も手厚い。けれど、スコアがない子どもには「投資価値」がないと判断されるのがこの世界の仕組みだった。


「スコアがない子は、かわいそうね」

「がんばっても報われないのよ」


大人たちは笑いながら、そう言った。


ミナは反発しなかった。ただ静かに聞き流しながら、目の前にある勉強と部活動に打ち込んだ。走るのは得意だった。歌も、悪くなかった。ダンスも楽しかった。ピアノの練習も、ちゃんとやった。


けれど、勝てなかった。


何をどれだけ努力しても、高スコアの子には勝てなかった。コンテストでは「可能性のある子に賞をあげよう」と言われた。テストの点数が並んでも、推薦はスコア持ちに取られた。


悔しかった。でも──不思議と、ひとりじゃなかった。


ミナは、友達に恵まれた。笑顔を絶やさず、誰のことも否定しなかったから、周囲に自然と人が集まった。


なかでも、親友と呼べる子がいた。


その子もまた、スコアが中途半端だった。毎日一緒にお菓子を食べ、宿題をして、好きな芸能人の話で盛り上がった。ミナが落ち込んでいると、いつも隣で寄り添ってくれた。


「スコアなんて、笑い飛ばそうよ」


その言葉は、ミナにとって救いだった。


だからこそ、親友の死を知ったとき、世界が崩れた。


中学一年の冬。親友は自宅の浴室で自ら命を絶った。遺書はなかった。けれど、皆は知っていた。学校での扱い、家での不和、スコアに対する絶望。


「どうして……わたしが、もっと……」


ミナは何度もそう思った。誰かに頼ることもできず、ただ夜の空を見上げて泣いた。


──誰かのために、生きよう。


その決意は、自然と芽生えた。


自分が笑って、頑張っている姿を見て、誰かが元気になるなら。


生きる理由が、そこにある気がした。


「スコアなんてなくても、人を笑顔にできるんだよ」


それを、証明したかった。


そんなときに知ったのが、「G1 Project」だった。テレビのニュースでは、国家主導のアイドルオーディションと報道されていた。特別枠があると知った瞬間、胸が跳ねた。


──チャンスだ。


この国で、スコアを持たない者が注目されるなんて、ありえないことだった。


「人生、変えられるかもしれない」


そう思った。


でも、それだけじゃなかった。


ミナは、過去の自分に、母に、友達に、こう言いたかった。


「生まれてきてよかったって、そう思える場所にたどり着くから」


自分を肯定するために。


誰かを笑顔にするために。


ミナは、人生を賭ける覚悟でオーディションに応募した。


過去は消えない。けれど、未来は変えられる。


だから今、ここにいる

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