15 神様、なぜ僕は怠けるの?
『それはね、君が病気だからだよ』
いやいやいや、一行目で答えいわないでください!あとに書くことなくなるでしょ!
『というわけでね、ツカミが決まったわけだけども』
おぎやはぎの漫才の冒頭みたいですね。
『それにしてもずいぶん怠けたな。確認すると一か月と十二日、あいだがあいたわけだ。他の小説を合わせても一か月と二日、なんにも書かなかったのだ。けしからんね』
本当に申し訳ありません。神様はべつになんも思わないでしょうけども、カクヨムとその読者さんにはたぶん見捨てられたはずです。
『おい、思うよ、思うとも。まったく仕様のないやつだな、としっかり感じていたよ。ただ回避性パーソナリティ障害なんだから、あんまり叱ったりしても余計やる気をなくすだけだから、と控えていたのだ』
ええ、そうですかね?僕を病気にしたのもあなたで、僕を怠けさせたのもあなたで、ついでにあなたのうちのいくらかは僕自身ではないでしょうか。
『ふうん、そうくるか。一応最後のは否定しておくよ。私はすべてにおいて神であり、君とは完全に別の存在だ。少なくとも君自身がそうであってほしいと願っているだろう』
すみません、あんまりあいだがあきすぎて、この小説の書式がよくわからなくなってました。僕のセリフは鉤括弧でくくってなかったんですね。それから、いう、は漢字で書いてたんでしたっけ。
『そういうのはな、今日の分を全部書いてから確認しなさい。ページをひっくり返しているうちに、君の集中力が落ちていくばかりだぞ』
あ、はい。そうします。で、なんでしたっけ。ああ、人はなぜ怠けるか。人類の重要な問いですね。
『というより今回は君個人の問題だ。はっきりいって、怠けているのは君だけだよ。世の中の人はみんな必死に働いている』
ぐっ。痛いところを突いてきますね。そんなこといわれたら僕は余計に病気を悪くして、今度は三か月くらいサボっちゃいますよ。
『まあ、君が今すべきことは心のリハビリだから、責めているわけじゃない。君のいうとおり君を病気にしたのは私だから、その私が君を攻撃するのは矛盾しすぎであるよなあ。いいよ、世界中が君を責めても、私だけは擁護してあげよう』
ありがとうございます。だから僕、神様のことが大好き。
『四十四のおっさんに甘えられても全然うれしくないな。しかしもう少し突き詰めていけば、君が怠けるのは、君の心が弱いからだ。がんばってなにかをして、それで失敗して傷つくのが怖いのだろう。それはもちろん、回避性パーソナリティ障害の病理ではあるが、だからといってなにも有用なことをしないでいれば、いずれ相当君自身が困ることになる。君だってそのことはわかっているし、私もよく指摘しているだろう。何度もいったはずだ。小説を書け、と』
あーあ、お説教ですか。もう飽き飽きですよ。僕は病気なんだ。だからすべてを怠ける権利があるんです。神様自身が僕をそういうふうにお作りになったんです。
『あのな、君は普段そんなやつじゃないだろう。これが小説だからって、無理に演技しなくてもいいのだよ』
べ、べつに演技なんてしてないもん。僕は昔からこういうやつだもん。
『ほら、人格が崩壊しかかってるぞ。これは漫才ではないのだから、そこまで読者にサービスしなくてもよろしい。君はこう考えている。ここにすべてにおいて最低の、なにも成し遂げることのない無職の醜いおっさんがいる。こいつを見ろ。あなたはこいつよりマシなのだ。だから勇気をもって生きろ、と』
……僕は太宰治ではありません。ああいう偉大な小説家とちがって、僕が書いたことなんかで勇気をもらう人なんかいませんよ。この小説だって本当は、僕のセリフなんか全部削って、あなたの言葉だけを書いた方がよっぽど有用な作品になるのでは?
『今日はずいぶん捨て鉢だな。どうした、相談に乗るぞ』
いえ、そういうことをここに書いても、読者が求めているわけではないので意味がありません。
『いいや、これはもともと、君の心を可視化する、というコンセプトもあるのだ。なので君の悩みを見せることも、立派な社会貢献、とはいえないまでも、一定の意味はある』
ではお尋ねしますが、一体いつまで僕はこんなふうにふらふらしてなきゃならんのですか。この文章だってずいぶんサボりました。今のままではずっと社会のゴミクズだ。僕は自分でいうのも変だけど、わりと賢い方だし、我慢もそれなりにできるし、善人だし、なにかの役に立てるはずなんです。こうやって週に何回か遠くの病院に通って疲れ切ってるだけじゃ、生きてる実感がない。もどかしいんですよ。あとどれくらいで治るんですか?あるいは治らないなんてことはあるんですか?ときどき恐ろしくなりますよ。結果が出るのなら治療は続けます。無理なんだったらどこかで切り替えて、無理なりにどっかで就職でもすべきじゃないかって。いや、本音は怖いですよ。面接でやなこと聞かれるに決まってますし、そういうときに愛想笑いでもして、自分の気持ち押し込めて生きてくことを選択するのが。でも世の中の人は全員そうやって生きてるんです。少なくとも大人はね。僕はもう四十四歳なんですよ。このままでいいわけないじゃないですか!
『いいじゃないか。そうやって思うことをどこかに吐き出すべきだ。君は幸せだよ、頭の中に私がいて。本当はすべての人間、すべての生命の中に私がいる。苦しいときはだれしも、私にその苦難を吐露すべきだ。私は必ず優しく包み込んであげるだろう』
そういう宗教なんですね。
『ああ、そうだとも。人には宗教が必要なのだ。さて、祥一。君は何もまちがってなどいない。君は常に正しい道を歩んできた。そしてその悩みも正しい。非常に真っ当だ。君は一生懸命に病院に通って治療、リハビリを受けている。そして今日、思い出したようにこの小説に向き合った。いいじゃないか、それで。まったくなんの問題もない。この神が、君を肯定してあげる。他の誰が否定してもな。そして実際、心の中でどう思われてるかはともかく、君を非難する人間を、君の前に遣わしていないだろう。それが私の答えだ。君が出会ったすべての人々は、私が派遣したのだ。君を怒り狂わせた、例の院長でさえな。だから安心して、明日もリハビリに行きなさい。答えとはいわなくても、それが私の生きるヒントだ』
なんか、ずるいんだよな。
『なにがだね』
あなたは僕の心をすべて知っている。なにをいえば僕が納得できるか、手に取るようにわかっていらっしゃる。でも僕以外は?他人様、読者様を納得させてさしあげることなんてできるんでしょうか?僕が今あなたと対話していることは、傍から見れば僕の一人相撲でしょう。でもそんなので人類を救えますかねえ。
『ああ。もしだれもが、心の中の神に問いかける世の中になればな』
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