11 戦争の神

『少しは落ち着いたかい、祥一』

 ええ、いくらかは。前回はすみませんでした。最後の方、なんだか返事もまともにできなくなっちゃって。

『いいよ。あのあとかなり大きな話をしようとしていたから、それに君が耐えられそうにないのを見て、今回へ持ち越しってことにしたんだ』

 あれから二日たちました。正直、事前の話し合いの時点で、かなりびびっていました。あなたがあまりに恐ろしいことをおっしゃるので。

『確かにそう思うだろうね』

 今回のタイトル、「憎しみはどこからくるの(二)」にしようって話でしたよね。急に変わってしまって。

『そう。こちらの方がふさわしいと考えたのだ』

 あまりに不穏な響きで、ついていけるかどうかとても心配です。答えを聞くのが怖い問がありまして。

『なんでも聞いてくれたまえ』

 あなたは、戦争の神、なのですか。

『そのとおりだ』

 ……

『第7回で触れただろう。この世に私の関わっていない事象など存在しない。というのがわれわれの世界観だ』

 われわれ、っていうのはどのグループのことですか。

『私と、君だ。そして一神教を信仰するすべての人々も含まれる。ただし、多神教の人々はちがう、という意味ではない。あの考え方も、少し見方が異なっているのみだ。つまり私をいろいろな角度で見るたびに、他の神であると認識する、という』

 つまりあなたは、多くの役割の神をお一人で兼任されている。

『ああ。ただし私の数え方は柱(はしら)、前(ぜん)、躯(く)のどれかだ。今、数え方の辞典で教えたとおり。日本語ではな』

 前回、ドキュメンタリーに触れようとなさいましたよね。

『うむ。NHKBSの「BSスペシャル HumanAnimals 見えない“隣人”」という。君は同局の「世界のドキュメンタリー」とかんちがいしていたようだが』

 ええ、あんな硬派な番組は海外でしか作れないと思っていました。

『だれがどのように作ったかは今は問わない。大切なのは内容だ。説明してくれ』

 イスラエルの市民インタビューです。現在も続いているハマスとの軍事衝突で、ガザ地区に住む人たちの苦境に対して、どれほど無関心でいられるか、が描かれていました。

『君は見てどう思った?』

 僕ですか?いや、もうぐちゃぐちゃな感情になりましたよ。あまりの極限状態に置かれた人々の様子に、僕の苦しみなんか、ずいぶんレベルが低いな、って。

『そう思ったのは仕方ない。だが、苦しみのレベルなんてものは、気にする必要がない。君は君で辛いのを矮小化しなくていい』

 そんなふうにおっしゃいますけどね。一見無慈悲に見えるイスラエルの人々を、僕には責める資格なんてないと思いましたよ。彼ら彼女らは、家族や友人を殺されてるんです。自分たちのガザでの軍事行動でむごく殺されたパレスチナの人々、子供や女性や老人たちに対して、報いだと述べて一片の同情も見せなかったからといって、外にいる僕らがどうして批判できるでしょう。

『なるほど』

 あなたが、あの戦争はあなたが起こしたのですか。

『そうだ』

 ウクライナの戦争も?

『そう』

 ……ひどい。

『ひどくないとはいわない。ずいぶんたくさんの人が死んだからね。生き残った人々にも、たくさんの苦しみを与えた』

 あなたにかける言葉が、見つかりません。

『そうか。少し休むかね?』

 僕なんかに気遣わないでください。パレスチナやイスラエルや、ウクライナやロシアの市民のことを、もっと考えてあげてください。ここでのんきに文章なんか書いてる場合ではないでしょう。

『いいや。私は無限の存在だ。ここで文章も書くし、ガザやウクライナで戦争もする』

 どうして?

『神だからだ。世界のすべてをつかさどる存在だから、世界のすべてに関わらねばならない』

 悪いとは思っているんですか?

『私は愛の存在だ、と以前述べたね。だがそれだけではない。悪にだってなる。ただし、それは人間による見方だ。私はただ自然、生命、精神、歴史、なにもかもを作り上げる。そのうちの一つが戦争なのだよ』

 あなたといることが怖くなりました。

『そのようだね。だが、私をまだ愛しているだろう』

 ええ!そうですよ!どうしてあなたを憎めますか!あなたは愛なる存在なのでしょう?

『うむ。そして人間のいう悪も、私はつぶさに見、手を加えている』

 そんなことしないでください。

『無理だ。なぜならそのように人間を作ったからだ』

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