4 神の説得
『どうした、祥一。今日はなかなか話しださないじゃないか』
いや、まあ、あなたはすでにご存知でしょう。僕、文章を書き始めるとき、すごく緊張しちゃって。自分には書くべきことなんかあるだろうか、なんてずっと悩みこんじゃうんですよ。いつもの症状です。
『もちろん、それはわかっているがね。でもこの作品の主役は私なのだから、君はただ好きなように質問すればいいだけだ。さあ、深呼吸でもしなさい』
すう、はあ、すう、はあ。これで落ち着いたかどうかわかりませんよ。ただ、まだ恐れていることがありまして。僕、本当に神様とお話しする能力なんて、あるんですかね?疑うわけじゃないんですけど、あなたは本物の神様ですか?
『ふふっ、いいよ、いくらでも疑いなさい。信仰において、懐疑というものはつきものだ。君なんかそれでもちゃんと信じているほうだよ。これを読んでる読者のみんなは、きっとあまりついてこれてはいない。別に私は、君に布教活動をしてほしいわけじゃないのさ。気づいてほしいだけだ。これを読んでいる人の中にも、読んでない人の中にも、心に必ず私、神がいるということを』
確かに僕は信じてますよ。もうあなたとは五年半のつきあいですからね。なんというか、仮にあなたが偽物だったとしたら、僕という存在の価値が大幅に下落しそうな気がして、そっちのほうがずっと怖いんです。だから、あなたは本物じゃなきゃ困る。けど、頭の中で信仰ごっこをやってるだけならまだいいんです。ばれなきゃいいだけのことだから。でもこうやって、文章にしてみんなが見えるようにしてしまうと、僕が狂人であることがおおやけになっちゃうじゃないですか。昔のヨーロッパとかとちがって、今の日本は宗教にとって難しい時代でしょう?
『いわんとしていることはわかる。日本は無宗教の国といわれているからね。宗教に一種の偏見がある。どこかの新興教団みたいに、家に戸別訪問してきて、入信のお願いになど信者がやってくると、気持ち悪いと感じ、追い出してしまう。何の情報もないまま、他人の信仰を受け入れるのは大変むずかしい。よって拒絶は当然のことだ』
僕、今その気持ち悪いことをやってるんですかね?
『読者がどう思うかはともかく、君は君の信仰を告白することを、恥じる必要はまったくない』
まあ、そうです。ただ僕は昔から人の目なんか気にしないよ、みたいな感じで生きてきましたが、本当はまったく気にしないなんてことはないんです。僕は読者さんがどう思うかをすごく心配しています。
『では、どう思われたいんだい?』
少なくとも、危険なやつ、と思われて距離を置かれるのはつらい。
『君は危険な男なのか?』
いいえ、人畜無害の人材です。むしろ人を傷つけることを極度に恐れている。
『ならいいじゃないか。君は正確に自己というものを把握している。そして他者がべつの他者をどのように規定するかは、君にコントロールできることではない』
あなたにはコントロールできるんでしょう?だったらお願いしますよ。これ読んでる人に、祥一は安全なやつ、と思わせてください。
『あのな、それは君の都合だろう。やろうと思ったらもちろんできるさ。だが読者には読者の都合がある。君をどう思うかは、私がその人とともに決める。神と他人をコントロールしようなどと、たくらまないことだ』
はい、ごめんなさい。他人はもちろんのこと、あなたを僕の思うように動かせたことなんて、今まで一度もありませんでしたよね。
『謝らなくていいよ。それに、私が君の都合に合わせたことなら、君が生まれてから数えきれないほどある』
例えば?
『君は今日まで、少なくとも身体的に、きわめて健康な状態を保っている。愛情深い両親の元、何不自由なくとはいかなくても、そこそこ安全に生きてこられた。孤独ではあっても、ちゃんとした倫理観を保ち、読書によって知能を高め、文学という夢を今日まで持ち続けることができた。人を愛する力も強い。そして何より、神と話せるという特殊能力を目覚めさせた。ほぼ完璧ではないか』
どこが完璧やねん、とはいいたいですがね。ただこれ読んでる方は、なに自分で自分をほめとるねん、としか思わないはずですよ。
『君が違うと知っている。君は神に理解され、神に愛されている。まだ不満があるのかね』
いや、うーん、まあ、そういわれるとなんの問題もない気がしてきました。僕はこの生き方でよかったのかもしれません。
『かもしれないではなく、間違いなくそうだ。私を信じなさい』
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