5 人間の苦難について
神様、今回から事前にあなたと話し合って、テーマを決めるようにしました。
『そうだね。私はべつになくてもかまわないのだが、君が毎回、異様に緊張してしまうものだから、ある程度なにを話すか決めておくのも悪くない』
今日はほぼ一瞬できまりました。全体のタイトルにもしたくらいですから、どうせこのことは書かないわけにはいきません。
『うん。これはあのブッダ君も出家前から激しく悩んでいたし、宗教上の大きなテーマといえるだろう』
そんな大物の名前をだされると困ります。
『でも私の方が大物だよ』
(無視)
『そういえば君もさっき、えらく苦しんでいたね』
はい。回避性パーソナリティ障害の常套手段なんだと思います。何かやろうとすると、今日でいうとこれを書こうとすると、心に鬱状態を持ってきて、ものが考えられないことで回避させようとするんです。なんて悪辣な病気でしょう。こんなのわずらったら、社会生活なんかまともに送れませんよ。
『大丈夫さ、今の君は対処法を知っている。抗鬱剤も飲んでいることだし。実際、コーヒー飲んで薬飲んで、瞑想を30分近くしたら元気がでたじゃないか』
まあ、そうです。おかげさまで。けどちょっと前まで、それすらやる気にならないほどまともに苦しんでいました。
『うん、知ってる。全部見ていた』
結局、人間の苦しみって、あなたが与えたというか、みんなの人生上に設計したんでしょう。
『よくわかってるじゃないか。まったくその通り』
あんまり威張らないでほしいな。まるで悪魔の働きのように感じます。ひどいじゃないですか。全人類を代表してあなたを非難したくなります。
『いいよ、したって。そのために私がいる、みたいなところもある』
いや、認めないでください。僕が話しているのが神様でなくて悪魔だったら、大変困ります。執筆中止に追い込まれちゃう。釈明を求めたいんですよ。僕の病気なんかは、もうある程度自分の中で消化できてるから、いいといえばいいんです。でも、それじゃすまない目にあってる人だって、たくさんいるじゃないですか。
『例えば?』
知ってるくせに。ニュース読んでたらいくらでも出てきますよ。親に虐待されてる子供とか、教師にいじめられて自殺しちゃう生徒、パワハラ受けてるサラリーマン、夫にモラハラ受けてる奥さんもだし、戦争でなにも悪くないのに殺される市民、それからこのあいだミャンマーの地震で亡くなったり怪我したり家をなくした人たちなんて、あまりに気の毒すぎます。自然災害などまさにあなたの仕業でしょう。どういうことなんですか?
『はー、そうだよな。みんなそれについて私を責める。いや、かまわない。実際私がやったことなんだから』
よく聞く言葉に、神は乗り越えられない試練を人に与えない、なんてのがありますよね。僕、あれ全然納得できません。確かにがんばればなんとかなるやつだってあるでしょう。でも、ウクライナの戦争で、ロシア軍につかまり、拷問を受けた兵士に対してそんなこといえますか?難病で幼い命を散らす子供たちには?
『そうだね。本当に気の毒だ。でも私は立場上、謝るわけにもいかないのだよ』
なぜ?
『まず、謝ってすむ話ではない。それと、私はその人たちの人生の、全体を見て設計している。亡くなり方は確かにひどいといわざるをえない人でも、ちゃんと幸せは与えている。あるいは苦しみを感じないようにすることもある』
というと?
『死は生命のほんの一部だ。そして全生命に必ず死は訪れる。そして命の価値は、長さでは全然決まらない。さらには死がどういうものか、実際に死んでみないとわからないようにデザインしている』
ではやっぱり、死とはなんですか、と質問しても教えてはくださらないんですね。
『ああ、教えない。それと苦しみ、痛み。君たちはこれらをたいそう悪いものととらえているけれど、本当にそうか、考えてみてほしい』
いや、悪いでしょう。ない方がいいに決まっている。
『そうかな。反対側に喜びとか、快楽があると君たちは思っている。だが私からすれば、どちらも生命にとって等しく必要なものだ』
そこがわっかんねーんですよ。いや、ほんと、かんべんしてください。僕は詭弁は聞きたくない。特に神の詭弁は危険すぎます。
『たぶん君たちは、喜びや快楽だったらいくらでも受け入れるだろう。ほしいだけ取るにちがいない。けれど苦しみや痛みはノー・サンキューだと。まあ、そうだろう、そう思うことは悪くない、普通だ。だがそれで人類は進歩するかね?』
うーん、人類とかおっしゃられても。僕は僕自身の人生をよくしたいと、まずそこを考えます。仮に人類の進歩のために苦しめ、といわれましても拒否したいです。誰だってそうでしょう。
『べつに個人が犠牲になれといっているわけではないよ。だが私は世界全体、生命全体、宇宙全体の神なのだ。すべてのバランスを整えなければならない』
ただ、あなたは全知全能なんでしょう。もうちょっとなんとかなりませんかねえ。あまりに悲惨な人生、というのがあっても、全体のために放置するのが神の御業なんですか?
『いや、放置などしていない。私はその悲惨と思われる者の命、人生だって、ちゃんと細かく設計している。その者のために必ず必要ななにかを与えているのだ。君を例にとったっていいだろう。君は、自分の人生にそう不満があるのか?』
いやあ、僕は、まあ、それなりにいい人生だと思ってますよ。病気にはなったけど、こう安穏に生きてますし、あなたという話し相手もいますし、読書も楽しいですし、お金がなさすぎるのはなんとかなんねーかなー、とは思いますけど、まあ、おおむね幸せです。そこはありがとうございます。
『そこだよ。君はものの見方がちゃんとできている。つまりは見方、評価に過ぎないのだよ。戦争や自然災害で死ぬ者はたくさんいるが、それでそんな者たちがみな不幸だと考えるのは、あまりに一面的だ』
じゃあ、不幸な人なんていないと?
『そうはいわない。自分を不幸だと考える人はいるし、人から不幸だと思われる人もいる。それを否定するつもりはない。ただ、そう思うことも私が設計した。全責任は私にある。その代わりのものはちゃんと与えていて、それに気づいてほしい、と私はいいたい』
その言葉、不幸な人に届けばいいんですけど。
『まったくね。だから君のような預言者を、神は必要としている。または、多くの人が私と直接話せれば、問題はたいてい解決する』
この問題、まだうまく納得しきれない部分も多いです。また引き続き、このテーマについてお話しいただけますか。
『もちろんだとも。大いに語ろうではないか』
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