第4話 おかえりなさい。皐月
──天空の庭園。
風はやわらかく、光は穏やかに満ちていた。
そこへ、茶色のスーツケースを抱えた皐月が、にこにこと笑顔で現れる。
「ただいまー! 外、暑かったよー! 冷たいの、なにかない?」
その声に、マリセリアが微笑みながら立ち上がった。
「おかえりなさい、皐月。ちょうどアイスティーを用意するところよ。こちらへどうぞ」
優雅に手招きし、ダイニングテーブルへと案内する。
次の瞬間、ルナリアが涙を浮かべながら勢いよく駆け寄った。
「さつきー! 本当におかえり! ずっとずっと待ってたよ!」
そのまま飛びつきそうな勢いで抱きつこうとする。
「わっ、ちょっ……ルナリア様!? 潰れる潰れるってば!」
皐月の慌てる声に、三人の笑い声が庭園に明るく響いた。
やがて、テーブルには紅茶とふわふわのスイーツが並べられる。
「こうして、また会えるなんて」
皐月はアイスティーをストローでかき混ぜながら、少し懐かしそうに呟く。
「あなたが戻ってきてくれて、本当に嬉しいわ」
マリセリアの微笑みに、皐月も静かに頷いた。
そのとき、ルナリアがふと真顔になる。
「……あのね、皐月。実は──」
皐月が首をかしげる。
「私、三人も皇子を産んだのに、誰も“適性”がなかったの!」
突然の爆弾発言に、マリセリアがクスッと笑う。
「それで三国連合を築いたのよね。あなた、やりすぎ」
「だってーっ! しょうがなかったんだもん!」
「……えええ!?」
思わず皐月が噴き出し、慌てて口元を押さえる。
──そして、静かに語られる事実。
「私たちの願いは、『未来を守る光』を、この世界に生み出すことだったの」
マリセリアの声は穏やかだが、芯がある。
「でも、それにはただ男の子が生まれればいいわけじゃない。“特性”を持つ子でなければならなかったの」
「特性? 魔法スキル? え、まず産み分けって無理だし……そのうえ特性指定? 無理ゲーじゃん……!」
皐月は思わず手のひらをぎゅっと握りしめた。
この巫女様、ルナリアはご神託受けられるし、
マリセリア様はそもそも神だし――なぜか無理難題がデフォ。
「だからこそ、あなたにお願いしたいの」
ルナリアがにやりと笑う。
そして、マリセリアがさらりと爆弾を投下した。
「皐月。まずは、エルネスト公爵家の令嬢として生まれ変わってほしいの」
「えっ、エルネスト公爵家!? ってことは……え、あの忠臣枠!? って、ちょ、次は貴族!?」
さらに追撃。
「そして──国王リオネルと出会い、結婚して、皇子を産んでほしいの」
「情報量!! 多すぎぃぃぃ!!」
手を振ってストップをかける皐月。
「私、0歳から!? 赤ちゃんスタート!? おむつ!? ミルク!? 公爵令嬢って、どうやって育つの!?」
必死にまくし立てる皐月を、マリセリアとルナリアは楽しげに見守っていた。
「大丈夫よ。エルネスト公爵はとてもやさしいわ」
「無理強いはしない。でも、もしあなたが“未来を紡ぎたい”と願うなら」
マリセリアが、そっと手を差し伸べる。
皐月は少し考え込む。
おかわり用の紅茶――今度はホットティーを見つめながら。
「……怖いけど」
「でも、もう一度、誰かの未来に手を伸ばしたい」
彼女の微笑みは、わずかに震えていたが、確かな強さがあった。
「私が期待に応えられなかったから……皐月に頼んじゃったのよ!」
ルナリアが涙目でマリセリアを睨む。
「あはは……ごめんってば〜」
マリセリアが両手で拝むポーズ。
──そのとき、空気が変わった。
マリセリアの声が、少しだけ低く、そして静かに響いた。
「皐月。この国は今、変わらなければならないの」
皐月が顔を上げる。
「王族を支える者の中には、真に国を想う人もいる。
けれど、痛みや焦りの中で道を違えてしまった者もいる」
ルナリアも頷いた。
「ザカライア公爵。彼は、本当は家族を想う人だった。
でも……子を望んでも得られず、焦りと絶望に飲まれてしまった」
皐月の胸が、きゅっと締めつけられる。
(誰かを守りたかっただけなのに……)
マリセリアは静かに言った。
「だから、あなたには。
勝つためではなく、癒すために──未来を紡いでほしいの」
光が、ふわりとテーブルを包む。
ルナリアが、にっこりと笑った。
「大丈夫。あなたなら、できるよ、皐月」
皐月は、小さく深呼吸をし、まっすぐ前を見た。
「……はい」
──こうして、皐月の第二の人生が静かに、けれど力強く動き出した。
(今度こそ、誰かの手を、離さない未来を)
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