4・モネ 「あたしらの警報を鳴らすから」
まあまあ勢力のあるストリートギャング、ALERTの古株です、よろしく。
先週、うちに女の子がやってきた。それでいろいろあって、あたしたちの仲間になることになったの。フラミンゴちゃんっていうのよ。
だけど、たくさんお話するのは難しそう。リーダーのマキから連絡があって、今度“
薇李ヤードについて、少し紹介。頭領は、
だからって、ナメてちゃいけない。あたしも半ば計画参謀としてALERTにいるから、薔薇のクレイジーさはよくわかってる。どんな状況でも、冷静に思考を巡らせて最善を導きだすの。けれど頭脳戦なら、うちに勝ち目がある。
ただ、李寧が格別に強い。隊員も、李寧に認められなきゃ入れないから、実力者ぞろい。
いろんなことを抜きにした単純腕力勝負なら、薇李ヤードが勝つでしょう。
問題は、薔薇がちょっと幼いこと。年齢じゃないよ、精神的なものね。
例えば、勝敗を決める道が二つあったとする。薔薇のキレる頭で考えて、合理的と判断した道がA。だけど彼は「Bを選べばどうなるかな」と思いつく。この「どうなるかな」は本当に何が起こるのかわからないんじゃなくて、「AでもBでも面白い結果が得られるのか」てこと。
本能や理性より、興味に生きる人だ。もし死にとびきりの興味がわいたなら、彼はすぐに命なんて捨てるでしょう。
なぜ、ここまで薇李ヤードの情報をつかんでいるか。それはうちに元メンバーがいるから。
「モネ」
我らがリーダーに呼ばれて、あたしはそばに座る。
「明日、もう一度話し合いに行くけど……」
「わかってる、あたしも行くよ」
「ありがと」
マキは立ち上がった。百九十の身長を見上げる。あたしも、多少は伸びてると思うんだけどな。
うちのリーダーは弱い。メンタルが、とにかく弱い。ケンカ本番は乗り切っても、そのあと二日はALERTを休む。そしてケンカ相手との交渉もうまくできない。人がよすぎるんだ。
次の日、両組織は高架下のボロ小屋に集まった。
こちらからは、マキとあたし。相手側はもちろん李寧と、騎手と呼ばれている男子。
「今回はどうも、ALERT。改めまして、薇李ヤードの李寧です」
李寧が、しとやかに頭を下げた。礼儀がなっているという点で、彼女のことは気に入っている。
「こちらこそ、ご丁寧にありがとうございます、李寧さん。ALERTのマキと、モネです」
あたしはスカートのすそを広げて礼をする。
壁が一面はがれたこの小屋は、この街のギャングは自由に使っていい。条件として、ケンカ・抗争の協議や交渉のときのみ。内部の状態が見えるようにしておくこと。
唯一機能している交番が、近くにある。この高架下は、平和地帯とされているんだ。
「さて、明後日のことですが……」
李寧が切り出した。
「場所は、八百数ビルの前でよろしいですね?」
緊張して声の出ないマキに、あたしは心底不安になる。ので、代わりに答えた。
「はい。大丈夫です」
騎手は微妙に眉をあげた。リーダーが口を開かないことを怪訝に思っているんだろう。
だけど李寧は、そのまま続ける。
「ありがとうございます。では時間ですが、変更の希望はございますか?」
「いえ、十六時四十分で了解しております」
「感謝します。最後に、方法ですが――」
マキを見た。これくらい、リーダーから話してほしい。
あたしの視線に気が付いて、やっとマキは李寧と目を合わせた。
「あ、ハはい。以前と同じ、素手で構いません」
声、裏返ったな……。たぶん全員が思った。
***
「おつかれ」
廃れたガソリンスタンドの前で、マキが言った。
「うん、ほんとに疲れた。もっと
「無茶言うな……これで精一杯だ」
平和地帯を出た世界。感覚が麻痺している二人は、散歩でもするみたいに並んで歩いている。
「いつも、ありがとな」
マキの声が、真っ直ぐあたしの耳に届いた。
「交渉のたびに付き合わせてごめんな。ありがとう」
――あーあ。これだから、これだからマキは。
「いいって、慣れてるし。あたしをALERTに誘ってくれた恩もあるし」
そうか、とつぶやいて、また前を見た。履き古した草履が小石を蹴って、割れたアスファルトに落ちる。この音が、けっこう好きだ。
「ずっと、考えてたんだ」
ふいに、マキが言った。
「モネを、こんなところに連れて来ちゃってよかったのかなって」
「……こんなところって」
「スカートだって、やっぱり未練とか後悔のしるしなのかなとか、思ってた」
違うのよ。持ってる服がこういうのばかりだし、それに――。
「モネさん」
顔を上げると、フラミンゴちゃんが電柱にもたれて待っていた。そうだ、今日は勉強を教える約束だったっけ。
八百数ビルの三階には、デスクと椅子が規則正しく並んでいる。もとは、どこかの会社だったんだろうな。そこにフラミンゴちゃんを案内して、わからない問題を広げてもらった。
「あらー、数学か。あたしも得意ではないけど……ちょっと待っててね」
与えられた情報と、問われていることの整理。問題のつくりが見えたら、次はどう説明すればわかりやすいかを……。
「モネさん? いいことあったんですか?」
フラミンゴちゃんに訊かれた。
「え? なかったわけではないけど、どうして?」
「笑ってたから」
楽しそうに、彼女は答えた。
そっか。あたしも楽しいんだな。あの学校に通ってたときのことを活かせるから。あの地獄も役に立つんだと、頑張ってよかったんだと思えるから。
***
「瀬戸海は優秀だからなあ」
お兄さんは常に、そう褒めてくれた。
「姉さんの教え方って、わかりやすいんだ」
弟も喜んでくれた。
なにが財閥よ。なにが優秀よ。そんな思いだったけど、笑顔は得意技だったの。
取り引き先との商談も、目上の方との談笑も、お手のもの。兄はそんなあたしを妬んだりしなかったし、むしろ応援してくれた。弟は、こんな姉を目標にと毎日努力していた。
恵まれた環境だったのよね、きっと。両親も優しかったし、プレッシャーを与えるようなことしなかった。
……してよかったのに。してくれていたら、あなたたちを思いきり憎むことができたのに。
あたしは、お金持ちのお嬢様だった。金持ちといっても、贅沢三昧だったわけじゃなくて。それでも家は大きいし、お手伝いさんも何人かいて、誕生日パーティーは豪華だったかな。
そんな生活だけど、両親の教育観から、小学校までは公立に通っていた。
小六になって、すぐだった。その時期は特に治安の悪かった地元の中学生が、とうとう小学校に乗り込んできたの。
バカね、本当。小さい子に暴力をふるおうとするなんて、不良の片隅にもおけない。
小さい運動場で隊列を組んだ中学生たちは、すごく強くて大きく見えた。おびえるべきだったんだと思う。実際、ともちゃんやミーちゃんは半泣きだったし。
窓の外の一人と目があった。おもしろそうに、クイっと指を動かして「おいで」という唇。
迷うわけがない。
先生がとめるより先に教室を飛び出し、史上最高の速さで下足まで降りた。川原さん、戻りなさいって声は、傘立てや一輪車を転がして妨害した。
グラウンドに出る。上履きのまま、校舎からあがる悲鳴のような声を、心地よく感じた。
「ほんとに来たのかあ」
あたしを呼んだ男子中学生が、呆れたようにつぶやいた。
「おじょーさん、五秒以内に帰るなら、見逃すよ?」
昨日観たアニメを思い出した。悪者が交換条件を提示するけど、ヒロインは逃げずに名乗る場面だ。ヒロインは叫んだ。
「あたしの名前は川原瀬戸海! 愛で正義を取り返す! ちなみに、イエロー担当!!」
中学生たちは笑う以前に、驚いて言葉も出なかったようだ。
「……えーと、じゃあとりあえず、タイマン……するか?」
言葉の意味はフィーリングで理解。幼いあたしはうなずいた。
開始の合図がなんだったかは覚えていない。記憶に残っているのは、あたしに殴りかかった素敵な笑顔の少年が、顔を歪めた瞬間だ。
気づけば、勝っていた。
・相手が油断していた。
・気持ちが高ぶっていた。
そういう運もあったのは事実。でも、隊列の後ろから一部始終を眺めていた、当時の吉田
「瀬戸海ちゃん、オレらと組まない?」
「……オレ“ら”?」
「あそこにいる、髪の毛染めてるやつと、オレ。三人で、好きに暴れられるグループ作らない?」
この勧誘が、あたしの人生を変えた。
マキとクエストが十二歳、瀬戸海――モネが十一歳。ALERTが誕生した。
***
「そういえば」
今日の課題を(なんとか)終わらせたフラミンゴちゃんがあたしを見上げる。
「モネさんって、いつもスカート履いてますよね。どうしてか、訊いて大丈夫ですか?」
ちょっとビックリする。ナッツやアメマにも、訊かれたことなかったな。
あたしは笑って答えた。
「一番の理由は、かわいいから」
くるりと回ってみせる。
「こんな生活だけど、女の子だもん。少しはかわいく見られたいなって」
フラミンゴちゃんの表情からすると、まだ早い話題だったのかな。
あたしはケンカが好きだ。この荒れた街も、ALERTのみんなも。
でも、ここに居座る理由はそれだけじゃない。
「そうだ。ナッツから聞いた? 今度薇李ヤードと殴りあいするんだけど」
「へ?」
目が真ん丸になるフラミンゴちゃんは、小動物みたい。こんなかわいい妹の前では、お姉さんぶりたくなりもの。
「大丈夫、フラミンゴちゃんは参加しないでね。だけど見てて、あたしらの警報を鳴らすから」
「あ、あの……」
「ん?」
「びりやーどって、なんでしたっけ?」
うっかりしていた。彼女にはそれも教えないといけないのね。
――楽しみ!
〈 『ALERT』を選んで、読んでくださりありがとうございます!
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