4・モネ 「あたしらの警報を鳴らすから」


 川原かわはら瀬戸海せとみ、十七歳。コードネームはモネ。


 まあまあ勢力のあるストリートギャング、ALERTの古株です、よろしく。

 

 先週、うちに女の子がやってきた。それでいろいろあって、あたしたちの仲間になることになったの。フラミンゴちゃんっていうのよ。


 だけど、たくさんお話するのは難しそう。リーダーのマキから連絡があって、今度“薇李びりヤード”という組織とケンカすることになったの。その準備があるから。


 薇李ヤードについて、少し紹介。頭領は、薔薇そうび李寧りねという双子の兄妹で、だけど表向きのリーダーは李寧ひとり。薔薇は少し離れたところから、その都度ケンカの指示を出していく。変わった戦闘スタイルでしょ。


 だからって、ナメてちゃいけない。あたしも半ば計画参謀としてALERTにいるから、薔薇のクレイジーさはよくわかってる。どんな状況でも、冷静に思考を巡らせて最善を導きだすの。けれど頭脳戦なら、うちに勝ち目がある。


 ただ、李寧が格別に強い。隊員も、李寧に認められなきゃ入れないから、実力者ぞろい。

 いろんなことを抜きにした単純腕力勝負なら、薇李ヤードが勝つでしょう。


 問題は、薔薇がちょっと幼いこと。年齢じゃないよ、精神的なものね。


 例えば、勝敗を決める道が二つあったとする。薔薇のキレる頭で考えて、合理的と判断した道がA。だけど彼は「Bを選べばどうなるかな」と思いつく。この「どうなるかな」は本当に何が起こるのかわからないんじゃなくて、「AでもBでも面白い結果が得られるのか」てこと。


 本能や理性より、興味に生きる人だ。もし死にとびきりの興味がわいたなら、彼はすぐに命なんて捨てるでしょう。


 なぜ、ここまで薇李ヤードの情報をつかんでいるか。それはうちに元メンバーがいるから。


 「モネ」

我らがリーダーに呼ばれて、あたしはそばに座る。


「明日、もう一度話し合いに行くけど……」

「わかってる、あたしも行くよ」

「ありがと」


 マキは立ち上がった。百九十の身長を見上げる。あたしも、多少は伸びてると思うんだけどな。


 うちのリーダーは弱い。メンタルが、とにかく弱い。ケンカ本番は乗り切っても、そのあと二日はALERTを休む。そしてケンカ相手との交渉もうまくできない。人がよすぎるんだ。


 次の日、両組織は高架下のボロ小屋に集まった。


 こちらからは、マキとあたし。相手側はもちろん李寧と、騎手と呼ばれている男子。

 「今回はどうも、ALERT。改めまして、薇李ヤードの李寧です」

李寧が、しとやかに頭を下げた。礼儀がなっているという点で、彼女のことは気に入っている。


「こちらこそ、ご丁寧にありがとうございます、李寧さん。ALERTのマキと、モネです」

あたしはスカートのすそを広げて礼をする。


 壁が一面はがれたこの小屋は、この街のギャングは自由に使っていい。条件として、ケンカ・抗争の協議や交渉のときのみ。内部の状態が見えるようにしておくこと。


 唯一機能している交番が、近くにある。この高架下は、平和地帯とされているんだ。


 「さて、明後日のことですが……」

李寧が切り出した。

「場所は、八百数ビルの前でよろしいですね?」


 緊張して声の出ないマキに、あたしは心底不安になる。ので、代わりに答えた。

「はい。大丈夫です」

 騎手は微妙に眉をあげた。リーダーが口を開かないことを怪訝に思っているんだろう。


 だけど李寧は、そのまま続ける。

「ありがとうございます。では時間ですが、変更の希望はございますか?」

「いえ、十六時四十分で了解しております」

「感謝します。最後に、方法ですが――」


 マキを見た。これくらい、リーダーから話してほしい。

 あたしの視線に気が付いて、やっとマキは李寧と目を合わせた。

「あ、ハはい。以前と同じ、素手で構いません」


 声、裏返ったな……。たぶん全員が思った。


   

***



 「おつかれ」

廃れたガソリンスタンドの前で、マキが言った。


「うん、ほんとに疲れた。もっとらしく・・・しててよね、リーダー様」

「無茶言うな……これで精一杯だ」


 平和地帯を出た世界。感覚が麻痺している二人は、散歩でもするみたいに並んで歩いている。


 「いつも、ありがとな」

マキの声が、真っ直ぐあたしの耳に届いた。

「交渉のたびに付き合わせてごめんな。ありがとう」


――あーあ。これだから、これだからマキは。


「いいって、慣れてるし。あたしをALERTに誘ってくれた恩もあるし」


 そうか、とつぶやいて、また前を見た。履き古した草履が小石を蹴って、割れたアスファルトに落ちる。この音が、けっこう好きだ。


「ずっと、考えてたんだ」

ふいに、マキが言った。

「モネを、こんなところに連れて来ちゃってよかったのかなって」

「……こんなところって」

「スカートだって、やっぱり未練とか後悔のしるしなのかなとか、思ってた」


違うのよ。持ってる服がこういうのばかりだし、それに――。


「モネさん」


顔を上げると、フラミンゴちゃんが電柱にもたれて待っていた。そうだ、今日は勉強を教える約束だったっけ。


 八百数ビルの三階には、デスクと椅子が規則正しく並んでいる。もとは、どこかの会社だったんだろうな。そこにフラミンゴちゃんを案内して、わからない問題を広げてもらった。


 「あらー、数学か。あたしも得意ではないけど……ちょっと待っててね」

 与えられた情報と、問われていることの整理。問題のつくりが見えたら、次はどう説明すればわかりやすいかを……。


 「モネさん? いいことあったんですか?」

フラミンゴちゃんに訊かれた。

「え? なかったわけではないけど、どうして?」

「笑ってたから」

 楽しそうに、彼女は答えた。


 そっか。あたしも楽しいんだな。あの学校に通ってたときのことを活かせるから。あの地獄も役に立つんだと、頑張ってよかったんだと思えるから。



  ***



「瀬戸海は優秀だからなあ」

お兄さんは常に、そう褒めてくれた。


 「姉さんの教え方って、わかりやすいんだ」

弟も喜んでくれた。


 なにが財閥よ。なにが優秀よ。そんな思いだったけど、笑顔は得意技だったの。


 取り引き先との商談も、目上の方との談笑も、お手のもの。兄はそんなあたしを妬んだりしなかったし、むしろ応援してくれた。弟は、こんな姉を目標にと毎日努力していた。


 恵まれた環境だったのよね、きっと。両親も優しかったし、プレッシャーを与えるようなことしなかった。


 ……してよかったのに。してくれていたら、あなたたちを思いきり憎むことができたのに。


 あたしは、お金持ちのお嬢様だった。金持ちといっても、贅沢三昧だったわけじゃなくて。それでも家は大きいし、お手伝いさんも何人かいて、誕生日パーティーは豪華だったかな。


 そんな生活だけど、両親の教育観から、小学校までは公立に通っていた。


 小六になって、すぐだった。その時期は特に治安の悪かった地元の中学生が、とうとう小学校に乗り込んできたの。


 バカね、本当。小さい子に暴力をふるおうとするなんて、不良の片隅にもおけない。


 小さい運動場で隊列を組んだ中学生たちは、すごく強くて大きく見えた。おびえるべきだったんだと思う。実際、ともちゃんやミーちゃんは半泣きだったし。


 Howeverしかしながら、瀬戸海のテンションは爆あがり。非日常な出来事に、神への感謝を忘れなかった。


 窓の外の一人と目があった。おもしろそうに、クイっと指を動かして「おいで」という唇。


 迷うわけがない。


 先生がとめるより先に教室を飛び出し、史上最高の速さで下足まで降りた。川原さん、戻りなさいって声は、傘立てや一輪車を転がして妨害した。


 グラウンドに出る。上履きのまま、校舎からあがる悲鳴のような声を、心地よく感じた。


 「ほんとに来たのかあ」

あたしを呼んだ男子中学生が、呆れたようにつぶやいた。

「おじょーさん、五秒以内に帰るなら、見逃すよ?」


 昨日観たアニメを思い出した。悪者が交換条件を提示するけど、ヒロインは逃げずに名乗る場面だ。ヒロインは叫んだ。


「あたしの名前は川原瀬戸海! 愛で正義を取り返す! ちなみに、イエロー担当!!」


 中学生たちは笑う以前に、驚いて言葉も出なかったようだ。

 「……えーと、じゃあとりあえず、タイマン……するか?」

言葉の意味はフィーリングで理解。幼いあたしはうなずいた。


 開始の合図がなんだったかは覚えていない。記憶に残っているのは、あたしに殴りかかった素敵な笑顔の少年が、顔を歪めた瞬間だ。

 

 気づけば、勝っていた。

 

・相手が油断していた。

・気持ちが高ぶっていた。


そういう運もあったのは事実。でも、隊列の後ろから一部始終を眺めていた、当時の吉田将一まさかず――マキの目にとまったのは、あたしの人生最高の幸運だったのね。


 「瀬戸海ちゃん、オレらと組まない?」

 「……オレ“ら”?」

 「あそこにいる、髪の毛染めてるやつと、オレ。三人で、好きに暴れられるグループ作らない?」


 この勧誘が、あたしの人生を変えた。


 マキとクエストが十二歳、瀬戸海――モネが十一歳。ALERTが誕生した。



  ***



 「そういえば」

今日の課題を(なんとか)終わらせたフラミンゴちゃんがあたしを見上げる。

「モネさんって、いつもスカート履いてますよね。どうしてか、訊いて大丈夫ですか?」


 ちょっとビックリする。ナッツやアメマにも、訊かれたことなかったな。

 あたしは笑って答えた。


「一番の理由は、かわいいから」

くるりと回ってみせる。

「こんな生活だけど、女の子だもん。少しはかわいく見られたいなって」


 フラミンゴちゃんの表情からすると、まだ早い話題だったのかな。


 あたしはケンカが好きだ。この荒れた街も、ALERTのみんなも。


 でも、ここに居座る理由はそれだけじゃない。


 「そうだ。ナッツから聞いた? 今度薇李ヤードと殴りあいするんだけど」

 「へ?」

目が真ん丸になるフラミンゴちゃんは、小動物みたい。こんなかわいい妹の前では、お姉さんぶりたくなりもの。


 「大丈夫、フラミンゴちゃんは参加しないでね。だけど見てて、あたしらの警報を鳴らすから」

 「あ、あの……」

 「ん?」

 「びりやーどって、なんでしたっけ?」


 うっかりしていた。彼女にはそれも教えないといけないのね。



 ――楽しみ!




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