第3話 ジミー・周2

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 喫茶店のドアが開いて、ドアの上のカウベルがチリンチリンとなった。麦わら帽子に水玉のスリーブレスのワンピースを着た良子が入ってきた。私をみかけて、ハイヒールをカツンカツンさせて歩いてくる。なんだ。ちょっと遅れてきますって、着替えてたのかい。麦わら帽子に水玉のワンピースね。やれやれ。


 ジミーが彼女を見て慌てて立ち上がる。私にはそんなことしないじゃないか!


「あなたがジミーさん?わたくし、高橋良子です。どうぞよろしく」と手を差し出した。胸をそらして、手を出すんじゃない。ジミーがおしいだくように良子の手をとってお辞儀する。「ジミー・周です。よろしくお願いします」おい、私への態度と全然ちがうじゃないか!ウェイターが来た。良子は、レモンティーを注文する。ウェイターも態度がうやうやしい。この女と一緒だといやんなる時がある。


「ジミーさん、ファンからあなたのお話は聞きました。台湾の二人組は、この喫茶店での話ですね?彼らは水曜日の同じ時間にここで再度話をするということですね」

「ええ、そうです。今、手下に二人の男を尾行させてますので、いずれ、彼らの居場所はわかるはずです」

「それで、彼らのスパイは、加賀町署の電話交換兼受付の交通係の女性?」

「『電話交換兼受付の交通係のねえちゃん』とヤツラはそう言っていました」

「なるほど。ジミーさん、あなたがお聞きした彼らの会話を思い出せる限りお話下さい」


 ジミーが、一網打尽、捕まらなかったのは俺とお前と跡継ぎだけ、現場に居た彼らの一味の二人は、一人は刑事みたいなのに連行、もう一人は米軍敷地を外に出たところを県警に逮捕、襲撃したのは、男三人、女二人、みんなバラクラバ帽を被っていた、男の内、一人は刑事らしい、警察バッジを人質に見せていた、残りの二人は、米兵は日本人じゃねえんじゃないか、中華街のもんと疑っていた、女二人はわかんねえ、背高のっぽと中背の女で、背高のっぽはめっぽう腕がたつ、などと会話を再現した。


「背高のっぽと中背の女?」ジミーが私と良子を見た。頭を振った。


 それで、仲間の二人は、背高のっぽにアッという間にのされた、米兵の方も、背高のっぽに金玉を蹴られて、二人はエアガンで撃たれた。先に一人だけ、人質を連れ出した、残りの4人は、刑事らしい男が連れ出した。新聞発表では、行方不明者の人質4人が発見、と言ってる。一人はどっかに消えた、その一人は最後にウチのもんが連れてきた女の子だって米兵は言っている。仲間の人間二人とも県警にいるので、消えた一人が誰から買ったのか、わからない、損害額は人質5人で、4千万円。米兵も内部でバレるのをビビって、協力してくれない。


「台湾への上納金が払えなくなった、その詰め腹はトップと跡継ぎにやらせる、彼らに関係ない話だが、この落とし前はつけないと、彼らののメンツに関わる、とこういう会話でした。それで、ファンファンが調べていた林田達夫がらみじゃないか?と思って、ファンファンに連絡したんですよ」


「わかりました。台湾の現場に居た二人は県警にいる、アメリカ人たち三人は現場にいたが、台湾にはもう協力しない、現場にいて警察バッジを人質に見せていた警官は誰だかわからない。5人の内の消えた1人の人質も誰だかわからない。知っているのは県警に逮捕されている一味の2人だけ。それで、加賀町署の電話交換兼受付の交通係の女性が私たちには誰だかまだわからないが、彼女がいずれ、県警内の情報を調べて、現場にいた警官のことも、台湾に知られてしまうかもしれないってことね。警官を除いた現場襲撃メンバーの男2人、女2人は、バラクラバ帽を被っていたので人相がわからないが、現場にいた警官が誰か判明したら、芋づる式にわかるかもしれないって、そういうことね?」

「そうです。背高のっぽと中背の女ねえ・・・」とまた私と良子を見る。


「あら、私も背高のっぽよね?ファンは中背ね。背高のっぽはめっぽう腕がたつ、米兵も、彼女に金玉を蹴られて、二人はエアガンで撃たれたなんて、スゴイわねえ・・・」と言って、テーブルに乗り出してジミーの顔に顔を近づけた。「ねえ、ジミーさん、私はあなたを信用したい。あなたは私を信用できます?」とジミーに尋ねた。ワンピースの一番上のボタンがはずれている。ジミーからは胸の谷間が見えるはず。


「え?あ?あの、も、もちろん、私は高橋さんを信用いたしますとも。もちろんです。なんでも申し付けて下さい!」とジミーが言う。あ~あ、一人、被害者が増えた。

「あら、うれしいわ」と言って、唇に人差し指をあてて、その指をジミーの唇にあてた。「じゃあ、これからの話は口外無用よ。私とジミーさんの秘密ね」ジミー、真っ赤だよ。「ジミーさん、お昼はまだ?私と一緒にお昼を食べませんこと?H飯店でよろしいかしら?」おいおい。

「問題ないっす。お供いたします」

「あら、うれしいわ。じゃあ、早速、まいりましょう。あ!後をつけた手下の人がここに戻ってくるのよね?お店の人に言って、彼らが戻ってきたら、H飯店にいるジミーまで連絡して下さい、って伝言を残しておけば?」

「ハ、ハイ、そういたしますです」やれやれ。


 良子はレシートを取って、さっさと立って、支払いをしてしまい、お店の外に出てしまった。ジミーはあっけにとられている。「ま、ジミー、良子のやることは黙って従ってな。いい出したら聞かない女だよ」

「ファンファン、良子さんは、千人に一人じゃないな。万人に一人だよ。俺、子分になる」

「あ~あ、被害者がまた一人」

「?」

「いいんだ、気にすんな」


 店の外に出ると、良子はタクシーに既に乗っていた。早く乗ってと言われる。ハイハイ。私とジミーが乗り込んだ。H飯店までお願い。本店よ、と運転手に指示している。


 良子はタクシー代を払ってお釣りを受け取らずに、H飯店に入ってしまった。お客さん、お釣りと運転手が言うので、とっといて、ありがとうねと言った。


 良子はレストランにスタスタ入っていく。ボーイが寄ってきた。王さん、おられるかしら?と良子がボーイに言う。奥の方に王さんがいて、良子の方に歩いてきた。


「高橋さんの嬢ちゃん、1日おいて、またですか?」

「いいえ、王さん、お昼をいただきに来ただけですよ。個室、空いてません?ちょっとね、面白い話を耳にしたんですよ。この」とジミーを指差す。「ジミー・周さんからお聞きして。あの日曜日の新聞に載っていた事件のことで。王さんもお聞きになりたい?」

「やれやれ、嬢ちゃん、あんたと関わり合いになりたくないんだけどな。いいでしょう。こちらにどうぞ」


 王さんが六人がけ丸テーブルの個室に案内してくれた。王さんがボーイを呼んだ。良子はメニューも見ずに注文した。王さん、フカヒレと紹興酒は別の機会に。前菜は盛り合わせ、くらげが食べたい、チャーシューの盛り合わせも。蟹肉とフカヒレのスープ、海老と山芋、百合根の炒め物、筍とアスパラ、北京ダック、牛肉のあんかけご飯、デザートは杏仁豆腐、飲み物は、赤ワイン二本、ブルゴーニュでいいわ、と勝手に決める。あ、まずは冷たいビールを四本。青島ビールをお願い。グラスは4個。ボーイが退出した。


「王さんは、ジミーさんをご存知なんですか?」と良子が聞く。

「ガキの頃から知ってます」

「それは話が早い。ジミーさんね、今日の話はみぃ~んな口外無用、内緒にしていただけるんですって。私を信用してくれて、私のお願いはなんでも聞いてくれるって約束をしたんですよ。ね、ジミーさん?」ジミーがコクコク頷く。


 ボーイがビールとグラスを持ってきた。サーブしようとするのを俺がやる、と王さんが言ってボーイを下がらせた。


「王さん、まず最初に。台湾の方たちは、加賀町署の電話交換兼受付の交通係の女性をスパイにしているとジミーさんが聞いてしまったんですよ。その女から警察内部の情報は彼らに筒抜けになるようなんです」と良子。王さんが眉を上げた。

「良子さん、徐を呼びましょう」と席を立って、廊下で誰かに徐を呼んでくれと頼んでいる。徐さんはすぐ来た。座らないで立っている。

「じゃあ、ジミーさん、喫茶店で聞いたことをできるだけ彼らの言葉で王さんと徐さんに説明して下さい」と良子がジミーに言った。


 ジミーは、さっきの台湾連中の話を北京語でできるだけそのままに説明した。一通り聞いて、徐さんが、ちょっと失礼と部屋を出ていった。


「王さん、中国語はわかりませんが、まとめると、台湾の現場に居た二人は県警にいる、アメリカ人たち三人は現場にいたが、台湾にはもう協力しない、現場にいて警察バッジを人質に見せていた警官は誰だかわからない。5人の内の消えた1人の人質も誰だかわからない。知っているのは県警に逮捕されている一味の2人だけ。加賀町署の電話交換兼受付の交通係の女性が、いずれ、県警内の情報を調べて、現場にいた警官のことを、台湾の方たちに報告する。警官を除いた現場襲撃メンバーの男2人、女2人は、現場にいた警官が誰か判明したら、芋づる式にわかるかもしれない、とこういう理解でよろしい?」

「そのとおりですな、良子さん」


 徐さんが戻ってきた。王さんが、この人たちに隠し事はいらない。話せ、と言った。


 徐さんは、神奈川県警加賀町警察署交通係の女は、日本名は後藤恵子、戦前、三代前に帰化した台湾人の家の次女。英語/中国名は、レイニー・ヤン(楊丞琳)。日本国籍はある。25才。彼氏は今のところいないようです、と言った。今のところそんなところですと報告した。


 ボーイが来て、料理を運んできた。一通りテーブルに並べて退出した。徐さんが黙って、料理を私たちに取り分けた。


「さて、良子さん、今回はファンファンの嬢ちゃんじゃなく、あなたが仕切るんですか?」

「そのようね」

「良子さんのお考えは?」

「後藤恵子、レイニー・ヤンを抑えないと。彼女に隠し事があるかしら?弱みは?それがわかれば、彼女を台湾連中に内緒で、こちら側に引き入れられますね?それができれば、後藤恵子から台湾の方に、こちらが作ったダミー情報を報告させて、台湾を撹乱できますね?まずは、現場にいて警察バッジを人質に見せていた警官の名前を伏せることが重要です。どういうダミー情報かは、みんなで相談しましょう。犯罪行為にならないように、穏便に済ませましょう。こちらのおバア様にも迷惑をかけてはいけませんものね?ダミー情報でこの台湾の二人と彼らの言う『跡継ぎ』を警察に逮捕させたい、とこういうことかしら?」

「良子さん、あなたがこちら側でよかったよ。その筋書きで行きましょう。で、大奥様に報告しておかないと。徐、お前、大奥様にこの話をお耳に入れてこい」徐さんが頷いて何も言わずに部屋を出ていった。


 あ!忘れてた。「王さん、ひとつ。私、その刑事をこの前呼び出す時に、刑事の従姉妹の張本ですが、と電話係の加賀町署の女性に電話で話したことがあります。その女性が後藤恵子だとすると、刑事と張本という従姉妹と称する女の名字が彼女の記憶に残っているかもしれない。電話で話しただけですけど」ジミーがいるんだから、警官の名前を言うわけにはいかない。


「ふ~ん、ファンファンの嬢ちゃんがもしかしたら刑事と紐付けられるってことですね?そうすると、張の家との関係も勘ぐられるかもしれないってことで、話が拡がるわけですな」

「もしかしたら、ということですけど・・・」


 徐さんが戻ってきた。大奥様が少々後で、こちらにまいられるそうです。大奥様は、フカヒレの姿煮をなぜ注文しない?と高橋さんに伝えろと言われてます。


「あら?今日は、私の支払いですわ。食べ放題、飲み放題は次の機会に」やれやれ。



※この物語は性描写や飲酒、喫煙シーン含みます。

※この物語は法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

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