第3話 元騎士団長、更なるカルチャーショックへ


 おれが街の光景に唖然としている合間に馬車は目的地についたようだ。

 ゆっくり停止し、扉が開く。


「ほら!ついたよ!おりておりて!」

 ブレイブは先に馬車から降りる。


「まあ、職場はもしかしたら違うかもしれん。うん、きっとそうだ」

 当然、彼女の職場もふわふわと揺れていた。


「……」

 

「どう?かわいい事務所でしょ?」

「え、ああ、まあ、良いんじゃないか」

 おれは空返事しかできなかった。


「おはよー!みんなーすごいゲストが来たよ!」

 ブレイブが事務所の中に入り誰かに挨拶する。


「おはようブレイブさん。ゲスト?」

「おはようブレイブさん。その方は?道に迷われたのかな?」

 事務所の中には二人の男がいた。


 一人は腹が出ており顔も丸い、それに対してもう片方は痩せていた。

 二人は奴隷とその主か?


「騎士さんでーす!ルパスタンくん、2人はみまわり屋で一緒に働いてるラカリー所長とサッポくん」

「初めまして、王国騎士団長ルパスタン・ドンリーロと申します」

 おれは握手をする為に手を出す。


「王国、騎士団?警戒所の所長、ラカリー・ラクマンだ」

 ラカリー・ラクマン所長は会釈だけをした。


「ルパスタンくん、今は握手とかしないんだよ」

「ああ、そうなのか」

 おれは出した手を戻し、会釈した。

 

 握手をしないか……あとで聞いた話だと基本的に身体に触れるのはダメらしい。


「ブレイブさんの同期、サッポ・ザップです!」

 隣にいるサッポと名乗る男がビシッとお辞儀をした。


(ハキハキとした奴隷だ、随分と良い身なりをさせてもらっているな)

 



 おれはその後事務所の中に置かれた大きな円形のテーブルに案内された。


「いやびっくりしたーブレイブさんが男性を連れて来てんだもんな〜」 

 サッポという青年がお茶を入れる、離れていても心が落ち着く、良い香りの茶だ。彼はとても手際がいい、かなり訓練された奴隷のようだ。



「目覚めたら彼女の倉庫にいたんです」

「倉庫に?」

 ラカリー所長の目は明らかに怪しいものをみる目だった。まあ当然だよな、おれもそんな目をする。


 そんなことを考えているとテーブルの上には色鮮やかな皿が並んでいた。

 

「さー、今日は僕チョイスだよ」

 最後にサッポはテーブル中央に大きな箱を置く。


「それでこれはなんの時間なんだ?朝礼か?」

「みたいな感じ、モーニングティータイム。二日に一回するんだ」


「朝飯はさっき食べたのに、もう食べるのか?」

 まだサンドイッチの味が口の中から消えていないというのに、もう次の食事とは、この時代の人間はかなり食い意地がはってるな。


「さっきのは朝ごはん、これはコミュニケーションの為のものだから。ほらお菓子もあるよ」

 ブレイブはそういってお茶をみんなにまわす。


「お菓子って100年前にもあったんですか?はい、ルパスタンくんどうぞ」


 サッポはそう言って、小さな食べ物を皿に乗せた。またこれはなんとも鮮やか過ぎる色使いだ。加えてなんだろうかはちみつのような、いや、それよりももっと甘い、ねっとりとした匂いがする。


「菓子……甘い食い物か。それならおれの時代にもあった、はちみつのケーキとか。だが特別なときに食べるものだろ?にしてもこの時代は建物や皿だけじゃなく、食い物もこんなに色が賑やかなのか?」

 おれは目の前に置かれた菓子とやらをまじまじと見つめた。


 まるで画家が色を付けたかのような、それはなんとも異質に思えた。そしてこれも…もう慣れてきたがフワフワとしている。


 またかと思いながら、おれはブレイブとサッポに目を向けた。

 二人は驚いた顔をしていた。


「ウソだろ……特別な時だけって」

「昔ってすごい質素だったんだね。これはサッポが向かいの店で買ってくれたの、今じゃお店でいつでも簡単に買えるよ」

 おれは改めてテーブルの上に置かれた菓子をみた。


 いつでも簡単に?そうは思えない仕上がりだ。どれも到底どう作ったのかさえ分からない。てっきり一流の調理師が作ったのかと思ったが、それが簡単に……なんとも信じがたい話だ。



「これら全部か?調理師は奴隷なのか、いやだとしても手軽にとはいかないだろう。ひょっとして君たちは貴族の出身なのか?」

 おれの話を聞いて皆は目を丸くする


「どれい?何言ってるの、そんなのこの時代にはいないよ」

「え?奴隷がいない?」

 今度はおれが目を丸くした、と思う。


 奴隷がいない?おれの時代で既に奴隷は古くからあるもの、時代によっては国家所有だったり色々あるが、とにかく昔からあるものだった。それがいないとは、それはなんとも素晴らしい話だ。


「そうか、奴隷がいないか、良い世の中になったんだな。おれの時代は身寄りのないものや借金によって奴隷になったものが多くいた。今はそういう人達がいないのか、良いことだな」

 危ない、もう少しでサッポのことを奴隷と呼ぶところだった。無礼どころの話ではなくなる。


 そんなことを思いながら、おれは菓子を手に取り口に入れた。


「ん!あ、甘い!なんだこれは!」

 昔を思い出して少し感傷的になっていたのが、あまりの甘さに吹き飛ばされた。


「ふふ、カップケーキだよ!美味しいでしょ?ほらクッキーも食べてみて、マーブルチョコクッキー」

 ブレイブは次に平べったい菓子を渡してきた。色はおれがよく食べていたパンのような茶色だ。色鮮やか過ぎる他のものと違い、これはかなり落ち着いている。


 まあ、上になにやらカラフルな豆らしき物が埋め込まれているが……それでも他のに比べたらみていて安心する色合いだ。


「いただきます……!こ、これも信じられないくらい甘い!なんだこの豆は。さっきのと味の違いが殆どわからん、この甘さはやり過ぎじゃないか」


「甘いのが良いんじゃない、それにこれゼロシュガーなんだ!罪悪感もゼロ〜」

 そう言ってブレイブは嬉しそうにクッキーを頬張る。


「しゅがー?この時代の人間はこんな甘いものを食べているのか」


「もちろん人には好みがあるからね、違うものを選ぶものもいる。ちなみにサッポくんはかなりの甘党だ」


 ラカリー所長はそのカップケーキを手に取る。

 本当に平然と食べている、まじか……。


「そうだ!今度みんなに料理を振る舞わせてくれ。お茶の礼だ。簡単なのならいくつか作れるからな」

 おれは口の中の甘さをお茶で流す。

 

 するとみんなはまた目を丸くしていた、今度はおれの発言のどこに驚いたのだろうか。


「なるほど、菓子のことといい、君は本当にこの時代の人間じゃないみたいだな」

 ラカリー所長がそういうとブレイブがテーブルに身を乗り出す。


「でしょ!」

「おとぎ話から来た男!テンション上がるー!」

 ブレイブとサッポはなにやら嬉しそうにしている。


「今度は何がそんなに驚きなんだ?男が料理することか?そりゃあ知り合いでするやつは殆どいなかったが、今もそうなのか?」


「違う、そうじゃない。この時代では料理はしないんだよ」

「ん?だから、奴隷とかに作らせているんじゃ?うちは妻が主に作ってくれてたが」

 おれがそう言うとラカリー所長は首を横に振った。


「いや本当に、この世界では料理という行為をしないんだよ」

 ラカリー所長の言っていることが理解しきれなかった。


「え?何いってるんですか所長さん、この料理は誰かが作ったものでしょ?ほら、朝食べたあのパンで野菜とか挟んでるやつとかも」


「あれは全てクックボックスで作ってるの」

「これだよ」

 ブレイブがそう言うとサッポは何か小さな板を取り出し、その板をつつき始める。

 数回サッポが板をつつくと、板をおれに見せて来た。


 板には箱が描かれていた、一目見ただけでその箱の色と質感が伝わってくる。まるで本物がそこにあるみたいだ。これを今の一瞬で描いたのか?サッポは絵描きの才能があるみたいだな。


「箱?箱が飯を作ってくれるのか?」

「そう、私達は食材を入れるだけ。まあそれを料理と呼ぶのなら、多分私たちも料理をしているかもだけど」

 

「またこれずいぶんな色だな。にしても材料があれば箱が勝手に作ってくれるのか、便利だな」

「便利というよりは安全のためさ」

 サッポは板を手元に戻し、再びお茶や菓子に手を伸ばす。


「安全って?」

「だってほら調理って危ないでしょ、刃物を使ったり火を扱ったり」

 肩をすくめるサッポ。


「だから二十年以上まえに禁止された」

 サッポの説明にラカリー所長が目を細めて付け足した。


「私達はギリ世代じゃないんだよねぇ、料理してた世代。やってみたかったな〜」

 ブレイブはとても羨ましそうにため息をつく。


「危険なのは分からなくもないが、子どもだって料理ぐらいはしてたぞ?それで店を手伝ってる子だっていた」


 料理が危険、そんな考えは自分の中では全くなかった。言われてみれば確かに危険と呼べる部分はあるかもしれない、だが禁止にするほどか?おれにはその考えがあまり理解できなかった。


「それが今の世の中だ、君もここで生きるなら、慣れるしかない」

「……100年も経てば変わるもんか……そうか……そうだよな」


 所長のこの言葉はおれの状況を的確に表してくれていた。


 自分が生きていた時代は100年も前、大昔だ……おれは途端に一人で孤島に来たような、そんな気持ちになった。




「ふぅー美味しかったー。ねぇ、ルパスタンくんは行くあてあるの?働く場所とか、住む場所とか」

 ブレイブは満足した表情で口を拭きながらおれに質問してきた。


 彼女の目の前にある菓子はキレイに無くなり、カップに少しお茶が残っているだけだ。


「……ああ、そうだな……ふっ、この世界に王国騎士団があれば良いんだがな」

「無いな」

 ラカリー所長が即答してきた、まあ流石に予想はできていた。


「行くあて全滅だ」

 おれはそう言って軽く肩をすくめた。

 

「じゃあここで働けば!そうすれば住む場所も借りられると思うよ!」


「え?ここで?」

 おれは思わず聞き返した。


「そう!うちはみまわり屋っていってね、地域をパトロールするのが仕事なの。ルパスタンくんがいればすっごい頼りになるよ!」


「確かに!昨日みたいなことがあっても心強い!」

 サッポも頷き、ブレイブの意見に同意する。


「ごっほん……何をいう、昨日みたいな事件はもう起きんよ」

 ラカリー所長は首を横に振る。なんだろうか、昨日なにかあったのか?


「だとしても所長!犬の散歩を手伝う時とかに動ける人がいた方が絶対に良いですって!この間サッポくんがおっきいワンちゃんに振り回されて大変だったんですから」

 ブレイブがテーブルに身を乗り出してそう言うとサッポが咄嗟に頭を下げた。


「その時は大変ご迷惑を〜」


「所長も走るとすぐに膝痛くなっちゃうじゃないですか!」

 ブレイブがラカリー所長をみる、痛いところをつかれたようで所長は目線を露骨にそらした。


「そ、それは運動不足ではなく私が太っ……ううん、危ない危ない、ごっほん!ルパスタンくんの件だが良いんじゃないか、まあ人手が多くて困る仕事ではないからな。採用だ」


 ラカリー所長が咳払いをし許可を出してくれた。思っていたよりもすんなり話が進んだ、おれは話についていくのでやっとだった。


「やった!魔王と戦ってた人が後輩にいるなんてめっちゃ自慢できるよ!ね!ブレイブさん!」

「サッポくん、それちょっとダサくない?でもちょっと良いかも!」


 サッポとブレイブが立ち上がり喜んでいた。



「魔王!そうだ!」

 おれは思わず大声を上げた。

 一体おれは何をしていたんだ、最も聞くべきことを忘れていたなんて!


 聖剣によっておれは石になっていた、きっと魔王もそうだ、だとしたら、奴もおれのように目覚めたのでは……。


「魔王だよ!魔王はどうなったんだ?おれが石になったんなら、アイツもじゃないのか!?アイツは今どこだ!あの倉庫か?!もしかして、どこかでやつも復活してるかもしれない!」

 おれはブレイブの肩を掴んだ。


「ちょ、ちょっと落ち着いて!あそこにはルパスタンしかいなかった。他でひいじいちゃんの代からあるものはあの盾だけだよ!そもそも私が生まれた時はひいじいちゃんいなかったし、あんまり話さない人だったみたいだったし」


 ブレイブは揺さぶられながらも答えてくれた。


「ルパスタンくん、魔王の石像なんてあったら大変だよ。危険思想を象徴する存在だろ?間違いなく禁制品扱いされて没収からの処分ルートさ」

 サッポは再びあの板を手に取りつつき始める。


「魔王に関する話なんて、おとぎ話でカッコ悪く退治されるぐらいさ。過剰に魔王を褒めるような文章は規制対象で、ほら最近もそういうので捕まった人達がいた。だから石像なんてもってのほか」

 サッポはなにか板にでも書いてあるのか、何かを読みながらそう話した。

 

「そうか……すまんブレイブ」

「いいんだよー、映画みたいだったなぁ〜肩を掴んでうわー!って揺らされるの」

 おれはブレイブを離し、一呼吸する。


「力になれなくてすまない。我々からしたら君らの存在自体が童話みたいなものだったんだ。いや…もしかしたら博物館なら」

 ラカリー所長は顎に手を当てる。


「たしかに!歴史ならミュージアさんに聞くのが一番だよ!」

「所長!行って来て良いですか?」

 ブレイブとサッポは勢いよく椅子から立ち上がる。


「新人に仕事を教える必要もあるしな。ついでに行ってくると良い」

 ラカリー所長から許可を得た2人はおれの方を向く。


「よーし!それじゃあ行くよ!ルパスタンくん!」

「ついてきて!僕が案内するよ先輩だからね!」

 ブレイブとサッポはさっそく二人なりの先輩らしさを出そうとしているようだ。


「はっ!ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!先輩!」

 おれも席を立ち、二人に敬礼をした。


「ラカリー所長!改めまして、これからお世話になります!ルパスタン・ドンリーロです!」

ラカリー所長に改めてあいさつをした。


「これからよろしくたのむよ。色々と慣れないことばかりだろうけど、少しずつこの世界に慣れてくれ」


 所長は先代の団長をおれに思い出させる。体型とかはまったく違うが、彼の言葉に優しさがある、この人はきっと良い人なのだろう。



「そうだ、博物館に行く途中で制服を見繕ってもらうと良い、それとチップもな。ちゃんと領収書をもらってくれよ」

 ラカリー所長は出発の準備を終えたおれたち3人を見送る。


「はい!僕がしっかり貰ってきます!」

「よし、それじゃあルパスタンくん、いくよー!」

「所長いってまいります」

 おれたちは所長に見送られ、事務所を出ていく。


 さて、みまわり屋の仕事はどんなものか、教わる立場になるのは久しぶりだな。


 魔王のことは気になるが、おれは少しばかりこの状況を楽しんでいた。



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