第17話 体育祭に向けて
自分の席に向かう途中、肩を小突かれる。
「ねぇねぇ、何があったの?」
やけに楽しそうな声が、朝から頭に響く。
(こいつ、めんどくせぇ〜)
「黙れ」
短く返し、鞄を椅子に引っ掛ける。
布と金属が擦れる音が、少しだけ乱暴になった。
「きゃあ〜反抗期だねぇ蒼真きゅん」
悠は面白がるように俺の前に回り込み、
顔を覗き込んでくる。
「...殴るか」
低く呟くと、周囲の音が一瞬だけ遠のいた。
「ストップ蒼真、マジな顔で呟くのやめよ?」
悠は両手を上げ、後ずさる。
「...?マジだからな」
「暴力に対する躊躇いがない!」
机を軽く叩きながら、
悠はわざとらしく肩をすくめる。
「これは暴力じゃないぞ?制裁だからな」
「すみませんでした蒼真さん」
即座の謝罪。
一秒もかかっていない切り替えの早さに、
溜めていた息が、自然と抜けた。
(元から冗談だけど)
「はぁ...朝から体力を消費した」
机に突っ伏し、視線を落とす。
冷たい天板の感触が、じわりと額に伝わる。
「大丈夫かよ〜、今日50m走の測定あるんだぜ?」
悠は自分の席に座り、
椅子をくるりと回してこちらを向いた。
「え、そうだっけ」
記憶を探るように、額に手を当てる。
何か聞いた気はする...
けど、はっきり思い出せない。
「...体育祭に向けて測定するって先週言ってただろ」
「マジか」
(休日に色々あり過ぎて忘れてたな...)
「話を聞かん奴やの〜」
悠は楽しそうに笑い、
椅子に座ったまま足をぶらぶらと揺らす。
「お前がコケる呪い掛けとく」
「地味な嫌がらせやめてくんない?」
「白銀さん!久しぶりですね!」
「白銀さん、ドラマ見ました!」
「白銀さん...今日も可愛い...」
「ありがとう」
少し離れた教室の中央あたりが騒がしい。
声の重なり方で、誰が中心にいるのかは
すぐに分かった。
「...白銀、囲まれてんな」
「だな〜」
悠も同じ方向を見る。
白銀は自分の席に座ったまま、
周りに集まったクラスメイトに囲まれていた。
「やっぱクールだよなぁ白銀さん」
「そこが良いんだよなぁ」
「美しい...」
なんて、遠くから眺めている
男子の声が耳に入る。
「...ブフッ!」
「?どうした蒼真」
「い、いや...なんでも?」
慌てて口元を押さえる。
(ク、クール...し、白銀が...)
あのオタクな白銀の姿が、
フラッシュバックしてしまい
思わず吹き出してしまう。
(いや、間違ってはないんだけど...)
外面だけ見れば、確かに
“クールで美しい白銀さん”だ。
(...どうしよ、笑っちゃうぞこれ)
ざわめきの上から、担任の声が落ちてくる
「はい席着けー。あと2時限目体育だからな。
着替え忘れるなよー」
ざわめきが一気に動き出す。
白銀の周りの輪も、
名残惜しそうにほどけていった。
筆箱を取り出そうとした、そのとき。
スマホが小さく震える。
『絶対に失礼なこと考えたでしょ』
画面に表示されたメッセージ。
思わず、肩が跳ねた。
『ソンナコトナイヨ』
即座に返信する。
カタカナなのは、深い意味はない...多分。
視線を上げると、白銀がこちらを見ていた。
じとっとした、分かってますけど? という目
(...勘鋭すぎだろ)
俺はそっと視線を逸らし、
何もなかった顔で筆箱に視線を戻した。
―そうして、特に何事も起こることなく
1限目終了のチャイムが鳴ると
教室の空気は一気に緩んだ。
椅子を引く音、伸びをする音、
小さな笑い声が一斉に混ざり合う。
「勝負しようぜ蒼真」
背後から投げられた声に、
俺はゆっくりと振り返る。
悠は椅子に浅く腰掛けたまま、
ニヤついた顔でこちらを見ていた。
「...へぇ、良いぜ。負けたら今度ラーメン奢りな」
「乗ったっ!、なぁ!お前らもやろーぜ」
悠の一声を合図に、
周囲の男子たちが一斉に反応する。
「おっ〜良いな!」
「女子達にカッコイイとこ見せちゃうぜ」
「負けね〜ぞ〜?」
(ノリ良すぎだろ、こいつら)
口元が自然と緩んでしまう。
こういう馬鹿騒ぎは、嫌いじゃない。
そして、それと同時に
(言い出しっぺの悠が、どうせ負けるんだろうな)
なんて思うのだった。
「50m走だね、蒼真」
着替えを終え、校庭へ向かう途中
横から声をかけてきたのは甘凪だった。
「甘凪は運動神経良いからな、羨ましい」
「...蒼真だっていい癖に〜」
そう言うと、
彼女は一瞬だけ視線をこちらに向け、
すぐに口を尖らせた。
「良いとこ見せようとして、転ばないでよ?そ〜ま」
後ろから七瀬の声。
からかい半分、期待半分といった調子だ。
(いや、転ぶことを期待するな)
「大丈夫だ、転んでも七瀬には負けない」
「...言い返せない」
七瀬は露骨に肩を落とす。
「流石に言い返そう?ゆ〜ちゃん...」
「私別に平均だからね!?」
七瀬は少し声を張り、
両手をぶんぶん振って必死に主張する。
その様子が逆に怪しい。
「どうだか」
「嘘はダメだよゆ〜ちゃん」
「蒼真はまだしもひ〜ちゃんは知ってるよね!?」
縋るように視線を向けられ、
甘凪は一拍置いて首を傾げる。
「え〜分かんない」
(いつもと立場が逆転している)
普段なら、七瀬が甘凪を弄る側なのに、
今日は完全にいじられ役だ。
校庭ではすでにクラスが集められていた。
先生が笛を首に掛け、
記録用の紙を確認している。
「んじゃ」
俺は軽く手を振った。
「見てるからね〜蒼真」
「...転べ」
七瀬そう小さく呟き、苦笑してしまう。
「酷い言われよう...」
「今日は50m走測定だ。2人ずつ測ってくぞ〜!」
そうして、しばらく生徒達の走りを見ていると...
「次〜!斎藤と水瀬〜!」
「んじゃ、行ってくるわ」
「がんば〜!」
そう言って手を振ると、
悠は小さく笑ってから、スタートラインへ向かう。
「ラーメン大盛り〜」
「豚骨〜」
「醤油〜」
「チャーシューも〜」
「俺はチャーハンで〜!」
なんて声が飛び交う。
「お前ァ!俺が負ける前提で言ってんじゃねぇ!」
悠が振り返って叫ぶと、笑い声が一斉に弾けた。
「7.45か、普通だな」
「全力でやったんですけどぉ!」
両膝に手をつき、肩を大きく上下させながら
抗議の声を上げる。
「はぁ、はぁはぁ、ガチで転ばねぇかな...こいつ...」
悠が小さく、しかしはっきり聞こえるように呟く
「やめろやめろ、不穏だから」
「俺の財布がかかってんだぞお前!」
ちなみに今の時点で悠が最下位だ。
「なんでアイツらこんな速いの???」
「どんまい」
そのとき、グラウンドに響く大きな声。
「如月と田中〜!」
「まぁ、頑張ってくるわ」
「頑張らなくていいぞ」
「やだよ」
軽く言って、スタートラインへ向かう。
白線の上に立つと、
足元の砂の感触がはっきり伝わってくる。
「悠には負けないようにしよ〜な、蒼真」
「もちろん」
そんな軽口を交わしながら、
息を整え、視線を前に固定する。
「位置についてー」
空気が、張り詰める
周囲のざわめきが、急に遠くなる。
「ドン!」
笛の音と同時に、地面を蹴った。
一歩目。
砂が弾ける感触が、足裏に返ってくる。
二歩目、三歩目。
身体が自然と前に流れ、視界が一気に加速する。
踏み込みは浅くない。リズムも崩れていない。
呼吸も、まだ余裕がある。
隣を走る田中が、視界の端に入る。
最初は並んでいたが、
少しずつ、その位置が後ろへずれていく。
そして、足が白線を越えた。
一歩、二歩、前に進み、足を止める。
息を吐く。肺が大きく膨らみ、また縮む。
(悪くないんじゃね?)
「...はぁ」
肩で呼吸しながら、振り返る。
田中が、少し遅れてゴールするのが見えた。
先生がストップウォッチを確認し、
記録用紙に何かを書き込む。
「如月、6.42」
(うん...まぁ、良いんじゃないか)
「お〜!流石だな蒼真」
「これで悠の奢り確定だな」
「そうだな、やったぜ〜!」
(悠、あいつ破産するんじゃないか?)
少し心配になりながらも、
放課後を楽しみに思いながら
走り終わった奴らの所に戻っていった。
「蒼真てめぇぇぇ!」
「悠さん、ゴチっす」
「「「「「ゴチで〜す!」」」」」
「お前らぁぁぁぁ!」
悠の昼食がとても質素になるのは、
また別の話。
死のうとしてた彼女に「一生傍に居る!」 と言ったらデレデレな件 空澄 @MiKage04250735
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