第11話 グロリア・ウッドペッカー

 

「テッタ、その人は、どちら様?」


 家に着くと、当たり前のようにエリスさんは、俺に着いて来ていた。

 まあ、よくよく考えたら、相手はS級冒険者、そもそもの身体能力が違う。

 そりゃあ、子供のテッタが必死に走って逃げたとしても、余裕に追い付かれてしまう。


「母さん、この人は、今日知り合いになったS級冒険者のエリスさん。なんかよく分からないんだけど、気に入られたみたい……」


 テッタは、母さんが心配するといけないので、言葉を選んで、エリスさんの事を説明する。だって、ストーカーされてると本当の事を喋ったら心配すると思うし。


「あらあら、まあまあ、テッタは、お父さんに似てカッコ良いもんね! そりゃあ、エルフのお姉さんにも気に入られちゃうよ!」


 こんな感じで、テッタの母さんは少し天然なのだ。

 多分だが、生粋のお嬢様だからかもしれない。

 話によると、テッタの父親が、サラス帝国との戦時中、サラス帝国側の大貴族の御屋敷を襲撃した時、御屋敷の部屋に隠れていた母さんの事があまりに好みのタイプだったらしく、その場で襲って連れ帰ってきたらしい。


 母さんは、病弱で、家の外に出られなかった自分を、白馬の王子様が迎えに来てくれたと、完全に良いように、頭お花畑な感じで話ていたが、それは所謂、戦争相手国の貴族のお嬢様を陵辱して攫って来たという事であって、サラス帝国側の母さんの実家からすると、他国の兵士が、戦時中に紛れて、大切に育てていた娘を、傷付け攫って行ったとしか思ってないと思う。


 そして、父親は戦後、サラス帝国との国境警備の任務についてる最中に突然死したと言われてるが、テッタの予想では、きっとサラス帝国の母さんの実家が、父さんの事を暗殺したんだと思っている。


「エルフのエリス。ただのエルフのエリス。決してハイエルフでは無いエルフ。上の者からテッタと、一緒に居るようにと言われています」


 また、エリスさんが、訳の分からない自己紹介を、母さんにしている。


「あらあら、まあまあ、それはご丁寧に。私はテッタの母のグロリア。元ウッドペッカー騎士爵家に嫁いだグロリアであって、決して、サラス帝国のトロンボーン公爵家の長女グロリアではありません」


 母さんまで、エリスさんに釣られて、おかしな自己紹介をしてるし。

 というか、今更ながら、俺の出自が分かってしまった。俺の母さんって、どうやらサラス帝国の公爵家の生まれらしい。

 まあ、公爵家レベルの娘が攫われたんなら、そりゃあ報復もすると納得できる。


「それはご丁寧に。それで今日の夕食は?」


「ええと……昨日の余り物の煮込みしかないのですが……」


 母さんは、困惑気味に答える。


「そうですか!それでは有難く頂きます!」


 エリスさんは、嬉しそうに何の躊躇もなく、ウチの夕食を食べて行こうとする。


「おい! ちょっと待てい!? エリスさん、あんたウチで夕食食べて行く気かよ!」


「そのつもり」


 エリスさんは、不思議そうに、無駄にクールビューティな顔でテッタを見つめる。

 確かに、この顔で見つめられたら、緊張して誰も言葉が出なくなる。

 だけれども、テッタは挫けない。まあ、テッタの家柄は、母さんも超絶美形だし、父親も相当な男前だったらしいので、もれなくテッタも顔だけは良い。


 なので、テッタは美形の顔ぐらいでは気後れしないのである。


「というか、泊まってく気じゃないだろうな?」


 母さんがいる手前敬語で話していたが、敬語で話してるのが面倒になってきた。


「私は、ずっと君と一緒に居る予定なので、そうなる」


「なら、今すぐ出てけ!うちに、お前を泊める余裕などないんだよ!」


 そう、うちには、エリスさんに毎日、食事を出せるような余裕などないのだ。

 実際、今日だって、何か夕食に足しになるものがないかと、野草を探しに行っていたぐらいなのだから。


「余裕?夕食を食べるには、もしかして、お金が必要?ならば、これを」


 エリスさんは、そういうと、マール金貨がパンパンに入った袋を、テッタに渡してきた。


「ちょっと!」


「これは、これからここに下宿させてもらう為の家賃。

 私も、君と一緒に居ないと上の者に怒られるから。

 ここ1週間、ずっと、頭の中に直接、君を探し出して、一緒に暮らして護れと、キンキン声が聞こえてきて、実を言うと寝不足気味」


 そう言うと、エリスさんは、勝手に部屋を物色し、ベッドを探し出して、そこで眠ってしまったのだった。


「というか、そこは俺の部屋なのだけど……」


 テッタは、お金を受け取ってしまった手前、強くエリスさんに言えない。


「テッタ、やったね!これで夕飯のおかずが一品増えるね!」


 何故か、母さんがお金を貰えて嬉しそう。

 どうやらお嬢様過ぎて、お金を恵んで貰ってプライドが傷付くとか、そういう気持ちは全く持ち合わせてないみたい。

 逆に、お金を持ってる者は、弱者に施しを与えるのは普通の事と思ってる節もある。


 テッタとしては、母さんが夕飯のオカズが一品増えると喜んでいるなら、母さんをガッカリさせたくないので、エリスさんがこの家に下宿する事を受け入れるしかない。


 だって、母さんは、俺の為にカララム王国で暮らし続けてくれているのだから。


 本来、父さんが亡くなってしまったのなら、出身地であるサラス帝国に帰れば、今のように、お金に不自由しないで、楽に暮らせて行けるのである。


 それなのに、病弱な体でありながら、サラス帝国に帰らない理由は、間違いなくテッタの為。


 母さんの実家にとって、テッタは、母さんを恥辱して攫った、敵国の憎き男の鬼子なのである。

 そんな鬼子の事を、母さんの実家の者が快く思う筈はない。


 しかも、テッタにとっては、自分の父親を殺したのは、母親の実家だと思ってるので、そもそもが上手く行く筈がないのである。


 なので、テッタの為に、本来はサラス帝国に帰った方が良いのだが、何も言わずにカララム王国に一緒に住んでくれている母さんに報いないといけないのだ。


「良かったね。母さん、明日の夕食は、少し豪勢にしようか?」


「うん!私、テッタの為に腕を奮っちゃうんだから!」


 元お嬢様で、料理があまり上手くない母さんが腕を振るうとは、まさにそういう事。多分調味料を入れすぎて、とんでもない味になってしまうのだろう。

 だけど、今回は、俺以外にも食べてくれるエリスさんが居るから、なんとかなるだろう。


「ありがとう。母さん……」


 テッタは、母さんが、少しでも楽が出来て、楽しそうにしてくれるなら、それで良いと思ったのであった。

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