第10話 テッタ・ウッドペッカー
「母さん、新聞配達行ってきます!」
元カララム王国騎士爵家ウッドペッカー家長男テッタ・ウッドペッカーの朝は早い。
テッタ・ウッドペッカーは、元々、サラス帝国との戦争で多大な功績を上げ、爵位を得た新貴族ドット・ウッドペッカーの長男として生まれた。
しかし、暗殺とも噂される事件により、ドット・ウッドペッカーは、テッタがまだ生まれて間もない、生後2ヶ月の時に死んでしまったのである。
それにより、まだ、領地を得て間もなかったウッドペッカー家は没落。寄親をしていたイーグル辺境伯に頼り、今現在、母親と2人で、イーグル辺境伯領の安アパートで慎ましく暮らしているのであった。
テッタの暮らすイーグル辺境伯領は、カララム王国南東の辺境を治める超武闘派の大貴族である。
東側は、アンガス山脈を挟んで獣人国家アンガス神聖国と国境を接し、北東側には、帰らずの森と言われる、魔物が割拠する大森林に接している。
東側に接しているアンガス神聖国とは、3、4年に一度は必ず小競り合い程度の戦争が起こるらしく、テッタが2歳の時にも戦争があったのだが、まだ小さかったテッタには、全く記憶がない。
その為、イーグル辺境伯の領都は、領民を守る為に、堅牢な石造りの城壁に覆われている。
そして、現在4歳になるテッタは、病弱な母親を少しでも助ける為に、今年の春から新聞配達のアルバイトを始めたのである。
そんなテッタに転機が訪れたのは、5歳の時、帰らずの森の浅い入口付近で、夕食の足しにしようと食べれそうな野草を探してたら、その人に出会ったのである。
その美しい顔立ちをした、陶器のような真っ白な肌をしたエルフが、唐突にテッタの前に現れ、話し掛けてきたのである。
「私はエリス。エルフのエリス。ただのエルフ。決してハイエルフでは無いエルフ」
どう考えても怪し過ぎる登場。
というか、あまり人と接した事がないように思われる。
何故なら、距離感が少しおかしい。
テッタとは初対面だというのに、テッタの身長に合わせて、膝を付き、鼻と鼻がくっ付くほどの距離で話し掛けてきたからだ。
「えっと……エリスさんですよね。S級冒険者の……」
テッタは、この美人のエルフのお姉さんを知っていた。
何故なら、このエルフのお姉さんは、有名な冒険者で、『氷の微笑』の二つ名を持つ凄腕エルフ。しかもあの伝説のS級冒険者パーティー『熊の鉄槌』の元メンバーだからだ。
『熊の鉄槌』は、サラス帝国との大戦を切っ掛けに解散したのだが、あの大戦の英雄エドソン・グラスホッパーも所属していた、カララム王国では知らない者などいない冒険者パーティーなのである。
「何故、私の素性を知ってる?」
エリスさんが、首を傾げている。
というか、こんなにエルフの中でも超絶美人な人を、誰も知らない訳はない。
しかも、二つ名持ちで、超有名冒険者パーティーに所属していたのに、知らない人の方がどうかしてる。
「だって、元『熊の鉄槌』のメンバーさんでしょ?」
何故、知らないと思うのかと、テッタは、逆に聞き返してしまった。
「おかしい、私は、団長のエリザベスやエドソンより目立って無かった筈。それに目立たないように活躍していた」
「いやいやいや、『熊の鉄槌』のメンバーは、全員有名ですからね!
それから今、自分で活躍してたと言ってますからね!
普通、活躍しちゃったら目立つもんですし!」
「君は、もしかして天才か?」
「いやいや、普通のどこにでもいる人間ですから」
「おかしい……上の人は、君を特別な人と言っていた……」
「人違いじゃないですか?僕は、イーグル領都の安アパートに住む、ただの平民ですよ?」
絶対にエリスさんは、人違いをしてる。
だって、テッタのような少しばかり顔が良いだけの人間と、そもそも接点も何もないのだから。
「いや、間違いない。君は、私の知ってる男に顔が似てる」
「そ……そうなんですか……」
「という訳で、今日から君と行動をする事になったエリスだ」
「だから、さっきから一体、なんなんですか?貴方、有名人じゃなければ、ちょっとヤバイ人ですよ?」
テッタは、あまりに話が通じ無さ過ぎて、思わず思ってた事を口に出してしまう。
「私は、ヤバイ人?」
「そ…そうですね……」
「だから、誰も私に喋り掛けてこないのか……」
「それも違いますから! 冒険者ギルドで誰も喋り掛けてこないのは、エリスさんが、孤高で、高貴で、美形過ぎて、近寄り難い雰囲気をビンビンに発してるからですからね!
二つ名も『氷の微笑』ですし、誰もビビって、エリスさんに話し掛けれないだけです!」
テッタは、エリスさんの世間の印象を説明してやる。
「確かに、初対面で、誰かから話し掛けられたのは、『熊の鉄槌』のリーダーのエリザベスに、一緒に冒険者パーティーをやろうと、話し掛けられた事しか無かった……」
何故か知らないが、エリスさんが、両膝を付いてショックを受けている。
「そういう訳なので、僕はもう帰りますね。帰りが遅いと、母も心配しますので!」
「それでは、私も、一緒に帰ろう!」
「着いて来ないで下さい!!」
テッタは、そう言うと、ちょっとエリスさんが、どこまでも着いて来そうだったので、走って逃げ帰ったのだった。
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