第5話 魔法と残念な仲間たち

 レンデガルド王立学院での悪夢のような初日の翌日。

 俺は王子の部屋とは思えん質素な男子寮の窓際で、絶望的な現実と向き合うことから一日を始めていた。


(そういや、マリエッタは素敵な寮室とか言ってなかったっけ? もしかして俺と妹で格差を付けられてる⁉ ……まあ、単純に男子寮と女子寮の差なんだろうけど)


 朝日が目に染みるぜ、ちくしょう。

 外を見れば、どこまでも続くのどかな田園風景。平和そのものだ。


「……だが、この平和も風前の灯火なんだよなぁ」


 俺の視線は牧歌的な風景の先、不気味に黒々と広がる森へと注がれる。

 ゲーム知識によれば、あそこから近々、わんさか魔族が湧いて出てきて、この平和な景色を地獄絵図に変えやがるのだ。


「クソが……考えただけで胃が痛ぇ……」


 俺は窓枠に額を押し付け、ひんやりとした石の感触に現実逃避を試みる。

 だが胸の奥でチリチリと存在を主張する、あの役立たずの『炎』の属性核がそれを許さない。


 おまけに昨日の出来事が頭をよぎる。

 リリアナを助けようとして、逆に妹を侍女扱いする残念王子扱いされた一件。

 俺の評判は地に落ち、カロリーネには軽蔑され、当のリリアナは……よくわからんが元気よく去っていった。


(あいつ、結局どうなったんだ? 俺のせいで変なことになってなきゃいいが……いや、むしろあの天然っぷりだと、変な方向にポジティブになってそうで逆に怖え。あいつの聖光魔法がなけりゃ中盤以降詰むんだぞ? ちゃんと生き残って、俺の役に立ってくれよ……頼むから!)


「くそっ! もう一回だけだ! 今度こそ……今度こそ頼むぞ、俺の属性核!」


 周囲に誰もいないことを確認し、俺は再び手のひらに意識を集中させる。

 前世の黒歴史ノートに書き溜めたような、痛々しい詠唱を小声で(ここ重要)呟く。


「いでよ! 炎! なんでもいいから燃えろ! 『炎獄の裁きインフェルノ・ジャッジメント』……プリーズ!」


 ……パチッ。


 手のひらに咲いたのは、やはり豆粒よりも小さい儚い火花。

 風が吹けば一瞬で消えそうな、あまりにも貧弱な光。


「~~~~~~~~~~~~~ッ!」


 俺は声にならない叫びを上げ、その場に膝から崩れ落ちて額を床にゴンゴンと打ち付ける。


「だあああああ! なんでだよ! なんで俺だけこんな目に! 転生特典はどこいったんだよ! 説明書! 説明書をよこせええええ!」


 涙目になりながら床を叩く。

 我ながら情けない。イケメン王子の中身がこれだ。

 誰が見ても滑稽だろう。だが、笑っている場合じゃない。このままだと、マジで死ぬのだ。


「はぁ……はぁ……落ち着け、俺。泣いても火花はデカくならねえ……」


 ぜぇぜぇと息を整え、俺は床にへたり込んだまま、今後の生存戦略について思考を巡らせる。

 魔法が使えない以上、頼れるのは……前世で培ったセコい知恵と、ゲーム知識、使える駒……いや、仲間だ。

 リリアナの保護と利用は最優先事項だが、それ以外の戦力も確保しないと、最初の襲撃すら乗り切れない。


 俺は立ち上がり、服についた埃を払いながら教室へと向かうことにした。

 授業なんてクソくらえだが、情報収集と、これらの仲間たちとの接触には必要だ。


 廊下を歩いていると、早速、ゲームお馴染みの連中に出くわした。


「おお、アレクシス殿下! ご機嫌麗しゅうございます。学院でも貴方様の知性とリーダーシップに期待しております!」


 穏やかだが、どこか計算高そうな笑みを浮かべて話しかけてきたのは、黒髪メガネのヴィンス・アルデンハイドだ。


「おう、ヴィンスか。よろしくな。お前のその頭脳、俺のために存分に活用させてもらうぜ」


 俺はニヤリと笑って握手を交わした。


(……こいつ、頭は良いが、ゲームじゃ俺への不信感から裏切るルートもあったはず。こいつ実家が大嫌いなんだよな。利用はするが扱い方を間違えると牙を剥く危険なカード。常に動向を監視して、決定的な情報は渡さないようにしないとな)


「おう、アレクシス! 待ってたぜ! 学院でも俺と剣で勝負だ! 王子とはいえ容赦しねえからな!」


 背後からバシン! と肩を叩いてきたのは、赤毛のガレス・ブレイクウッド。暑苦しいキャラだ。


「はは、元気いいな、ガレス。お前のその剣、頼りにしてるぜ。魔族が出たら真っ先に突っ込んでくれよな!」


 俺は爽やかな笑顔(のつもり)で握手する。


(……単純な奴は扱いやすい。だが、その単純さが命取りになることもある。猪突猛進して無駄死にすることもあるんだよな、こいつ。されたら計画が狂う。最前線で魔族の攻撃を引き受ける完璧な囮……いや、切り込み隊長として期待してるが、死なない程度に上手く誘導する必要がある。頑張って生き残ってくれよ、俺のために)


「アレクシス殿下、おはようございます。学院でもご一緒できて光栄です。何かお困りのことがあれば、いつでも私にお申し付けください」


 柔和な笑顔で近づいてきたのは、青髪のルシアン・セレストだ。

 こいつは顔だけなら一番イケメンかもしれん。貴重な回復補助魔法の使い手だ。


「よお、ルシアン! 久しぶりだな! 困ったら真っ先にお前に頼るから、その時はよろしくな! 特に回復とか!」


 俺はガッチリと両手を組んでアピール。


(こいつは御しやすい。俺に忠誠を誓ってる設定だし、回復役は重要だ。……だが、母親を殺された魔族への復讐心、これが怖い。ゲームでも、魔族を見ると我を忘れて突っ込んでいく場面があったはず。変なスイッチを押さないようにしないと……戦闘中に暴走されて、回復が必要な時にいなかったら目も当てられない)


「ヴィンス、ガレス、ルシアン。皆、元気そうで何よりです」


 俺の後ろから、カイルがニコニコしながら現れ、全員と親しげに挨拶を交わしている。


(なるほど、こいつらは元々知り合いか。連携は取りやすそうだな。ヴィンスの頭脳、ガレスの突撃力、ルシアンの回復力……上手く組み合わせれば強力なパーティーになる。問題は、指揮官である俺が役立たずの火花しか出せないってことだが……まあ、それはバレないように上手くやるしかない。カイルもいるし、なんとかなる……と思いたい)


 俺は内心でそれぞれの警戒レベルと利用プランを練り直しつつ、彼らに向かって王子スマイル(改良版)を向けた。


「お前らは俺の大事な仲間だ! この学院でも、俺をしっかり支えてくれよな!」


「「「はいっ! アレクシス(王子)殿下!」」」


 三者三様の、しかし揃って忠誠心(?)に満ちた返事が返ってきた。よしよし、今のところはチョロいぜ。


 俺は内心で、邪悪な笑みを浮かべずにはいられなかった。


(クックック……使える駒は揃った。それぞれ一癖も二癖もあるが、そこさえ注意すれば強力な手札だ。こいつらに上手いこと働いてもらって、俺は安全な場所から指示を出す。完璧な布陣だ。


 俺の頭脳と、こいつらの力があれば、魔族なんざ怖く……いや、やっぱ怖いけど、なんとかなるはずだ! 頼むから俺を護ってくれよ! お前ら! 俺が死んだら元も子もねえんだからな!)


 俺たちが和気藹々(?)と話していると、近くを通りかかった女子生徒たちが「キャー! アレクシス様と取り巻きの方々よ!」「素敵ー!」などと黄色い声を上げている。


 ……ったく、見る目ねえな、こいつら。

 この王子の中身が、火花しか出せないクソザコ陰キャで、仲間を駒としか見てないゲス野郎だと知ったら、どんな顔するんだろうな。


(お願いだから、みんな俺の言う通りに動いてくれよ! ヴィンスは裏切るな! ガレスは無駄死にするな! ルシアンは暴走するな! リリアナは絶対死ぬなよ! カロリーネは俺を軽蔑したままでもいいから協力しろ! マリエッタは……まあ、可愛いからよし! とにかく、下手なことして死亡フラグ立てるなよ! 俺を無事に王子ハッピーエンド(生存)まで導いてくれ! 頼むから!)


 とことん他人任せで、とことん自分本位な俺の残念な本性を知る者は、まだ誰もいない。


 マリエッタと、もしかしたらカイルは薄々感づいているかもしれんが。


 そして聖女リリアナの天然っぷりが、今後どう影響するのかも、まだ神……いや、クソゲーの神のみぞ知る、である。

 

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