第4話 転生王子の誤算と聖女の天然
「そ、そ、そ、そんな! お、恐れ多いです! 王女様に、わたくしのような者がお着替えを手伝っていただくなんて、滅相もございません!」
リリアナが顔面蒼白どころか土気色になって、ブンブンと首を横に振って拒絶したのだ。
え、なんで? ああ、そうか、身分差か! 平民からしたら王女様なんて雲の上の存在なんだ!
くそ、そこまで考えてなかった!
さらに、予想外の方向から非難の声が飛んできた。
「殿下。いくらなんでも、それはあんまりではありませんか」
声の主はカロリーネだった。彼女は呆れたような、それでいて軽蔑するような鋭い視線を俺に向けていた。
「殿下ともあろうお方が、身分の違いというものをまるで弁えていらっしゃらないのは感心できませんわ。平民が恐縮するのも当然でしょう。それに、ご自分の妹君であらせられる姫殿下を、まるで侍女か何かのように扱われるとは王族としての品位、ひいては王国そのものの権威に関わる問題かと存じますが、いかがお考えでしょうか?」
(あれ? あれれ? 俺、なんか致命的に間違えちゃった感じ? 王族の品位? 権威? そんなもん考えてる余裕ねえよ!)
カロリーネの痛烈な指摘に、俺は内心で冷や汗をかいた。
彼女の取り巻きたちも、さっきまでの嘲笑はどこへやら、ドン引きしたようなジト目で俺を見つめている。
広場の他の生徒たちも、ヒソヒソと何か囁き合っているのが聞こえる。
「王子様、ちょっと……」
「マリエッタ様がお可哀想だわ。あのように軽く扱われるなんて」
「聖女とはいえ平民に対して、王女様自らがお世話するなど、身分の序列を乱す行為なのでは?」
まずい。完全に空気が悪くなってる。
俺の行動は、この貴族社会の根幹にある『身分秩序』ってやつを、思いっきり踏みにじったらしい。
クソッ、そんなの知るか! 生き残る方が大事だろうが!
「お、お気持ちだけで、じゅ、十分でございます! わ、私は1人で着替えてまいりますので! それでは、失礼いたします!」
パニック状態のリリアナはそう叫ぶと、バビューン! と効果音が付きそうな勢いで、広場から脱兎のごとく走り去ってしまった。
(あれええええええ⁉ どうしてこうなるかなぁ⁉)
俺は呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。
カロリーネによる、リリアナイジメの発端は回避されたかもしれない。
だが、それを俺のメリットに繋げるどころか、逆に俺自身の評判をガタ落ちさせ、さらにカロリーネにまでドン引きされるという、最悪の結果を招いてしまったのだ。
最序盤で早くもゲームのシナリオから大きく逸脱。
残ったのは、『王族の身分も弁えず妹を侍女扱いし、貴族社会の秩序も理解しない残念な王子』という、不名誉極まりないレッテルだけ。
クソゲーすぎるだろ、マジで!
「……殿下、そろそろお部屋にお戻りになられてはいかがでしょう。マリエッタ様、カロリーネ様、他の皆様も、我々はこれにて失礼させていただきます」
見かねたカイルが、完璧なタイミングで助け舟を出してくれた。
いつもの明るさを抑え、俺の失態をカバーするように、冷静かつ丁寧な口調で場を収めようとしている。
ナ、ナイスだ、カイル! 俺の好感度アップだぞ!
俺はカイルの言葉に、力なく頷くことしかできなかった。
「……そうですわね。本日はこれにて。ごきげんよう、アレクシス殿下、マリエッタ姫殿下」
カロリーネは俺の奇行に呆れつつも、最後まで完璧な淑女の礼儀作法を崩さず、取り巻きたちと共に優雅に去っていった。
あの冷たい視線が忘れられない……絶対に軽蔑されてる。
「ええ~、マリエッタはもっとお兄様と一緒にいたいですわ~」
マリエッタが俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。
ふわふわのドレス越しに伝わる妹の柔らかい感触に、俺は少し動揺したが今はそれどころではない。
問題は、この完全に詰みかけた状況をどう打開するかだ。
(これ、どうなるんだ? 王子ルートのフラグどころか、俺への全キャラの好感度がマイナススタートじゃね? 下手したら、リリアナにも嫌われたかもしれんぞ? それってつまり、初戦の魔族襲撃で俺が孤立無援になって死ぬ可能性が跳ね上がったってことじゃん!)
俺の脳内は完全にパニック状態に陥っていた。
誰も見ていなければ、地面に蹲って「うわあああ!」と叫び出したい気分だ。
そんな俺の苦悩を知ってか知らずか、マリエッタは俺の腕に抱きついたまま、きょとんとした顔で俺の横顔を見つめていた。
「どうかなさいましたの? お兄様?」
その無垢な瞳に、俺は内心の動揺を悟られまいと必死に取り繕った。
「な、なんでもない。心配するな、マリエッタ。……ああ、そうだ。俺はこの後、部屋に戻ったら、男友達と会う約束があるんだった」
苦し紛れの嘘である。友達と約束なんてしたことねえよ、前世からな!
「まあ! わたくしもご一緒したいですわ! お兄様のお友達にご挨拶を!」
「何言ってんだ、男子寮に女子が入れるわけないだろ。お前は自分の部屋に戻ってろ」
俺がそう言って、むくれるマリエッタの頭をポンと軽く叩くと、彼女は「もう、お兄様のいじわる!」と頬を膨らませた。
可愛いけど、今はそれどころじゃねえんだよ!
脳内パニック会議を絶賛開催中のまま、俺はカイルと共に寮へと歩き出した。
一歩後ろを歩くカイルの視線が、なんとなく背中に突き刺さる気がする。
「……アレクシス様」
カイルが遠慮がちに声をかけてきた。
「ん、なんだ?」
「いえ……その、先ほどの件ですが、少し、その……姫殿下へのお言葉遣いが……」
「ああ? なんか問題あんのか?」
「も、問題というわけでは……ただ、周囲の目もございますし、王族としての……その、お立場も……」
しどろもどろになりながらも、懸命に伝えようとしてくるカイルに、俺は内心で舌打ちした。
(うるせえな! そんなのわかってるっつーの! でも、そうでもしなきゃ死ぬかもしれねえんだよ!)
そう思いつつも口に出したのは、「……ああ、そうだな。気をつける」という、我ながら殊勝な返事だった。
カイルは少しほっとしたような顔を見せたが、その目にはまだ心配の色が浮かんでいた。
こいつ、思ったより俺のこと見てるな。
(はあぁぁ……最悪だ。いじめ回避しようとしたら、全方位で俺の好感度下げやがった。カイルにまで心配かけちまってるし。早く何か手を打たないと、マジで俺が死ぬ……!)
見た目だけは優雅に歩いている俺だが、内心は冷や汗ダラダラで、心臓はバックンバックンうるさい。
転生初日からこれとか、先が思いやられすぎる。
……さて、その頃。俺の悩みの種であり、最重要保護対象である聖女リリアナはというと?
「えへへ、アレクシス様、ちょっと変わってるけど、優しい方だなあ。私のために、マリエッタ様にお願いしてくださったんだもん。マリエッタ様も、私のために制服を用意しようとしてくださったし。貴族の方々ってみんな怖そうだと思ってたけど、そうでもないのかも。……あ、でも、カロリーネ様がおっしゃってたことも、たしかにそうよね! 身なりはちゃんと整えて、貴族の方々に失礼がないように気をつけなくっちゃ! 王女様にお世話させるなんて、とんでもないことだったんだ! よーし、頑張るぞー! オー!」
そんな超絶ポジティブな勘違いと、貴族社会の常識への(ちょっとズレた)理解を深めながら、彼女はスキップ混じりに、笑顔で自分の割り当てられた質素な部屋へと向かっているのだった。
……こいつ、もしかして天然か?
いや、それとも俺の知らないところで、何か別のフラグが立ってるのか……?
わからん! 全然わからん! クソゲーすぎる!
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