第2話「直感に従う者」
章平は、校庭に響くサッカーボールの弾む音に耳を傾けながら、部室の窓から外を眺めていた。今日はやけに夕焼けが鮮やかで、赤紫のグラデーションが空を染めている。練習後の疲れを感じさせないチームメイトたちが笑いながら片付けをしている姿を見て、章平は少しだけ羨ましく思った。
「おーい、章平!早く片付け手伝えよ!」
キャプテンの声が飛んできた。慌てて自分のジャージを取り、ボールを回収し始める。だが、その手元はどこか不器用で、他のメンバーにからかわれる。
「またトンチンカンなことしてんな、章平。直感に頼りすぎだって!」
「うるせぇ、これが俺のやり方だ!」
笑い声が重なり合う。悔しさよりも、どこか安堵感があるのは、自分のスタイルが仲間に受け入れられている証拠だからだ。直感を大事にする性格のせいで失敗も多いが、どこか憎めないと言われている。
片付けが終わり、部室の掃除をしていると、ふと机の上に見慣れない小冊子が置かれていることに気づいた。表紙には、達筆で「挑戦者求む」と書かれている。何の冊子だろうと思い、手に取ってみる。
「なんだこれ……」
ページをめくると、妙な文章が目に飛び込んできた。
「己の限界を越えたい者よ、集え。青春の汗を流し、心を燃やせ。」
思わず声を出して読んでしまった。だが、内容は抽象的で、具体的に何を求められているのかさっぱりわからない。
「おい、章平。何読んでんだ?」
後輩のタカシが興味津々に覗き込んできた。
「いや、なんか部室に置いてあったやつ。挑戦者求むって書いてあるけど、何の募集かさっぱりだ。」
タカシは首をかしげる。
「怪しいっすね。まさか部活やめてそっちに行くとか?」
「バカ言え、俺はサッカー命だっての。」
自分でも笑ってしまう。だが、胸の奥に小さな違和感が残った。直感が囁いている。この冊子には、何か秘密があると。
放課後の帰り道、ふと気がつくと、手元にはあの小冊子が残っていた。無意識に持ってきてしまったのだろうか。夕陽が長く影を引き、道路が金色に染まっている。周囲には部活帰りの生徒が三々五々歩いているが、章平は一人、自分の心に問いかける。
(俺、もっと強くなりたいのか?)
正直、答えはわからなかった。ただ、サッカーが好きで、仲間と一緒に走り回る時間がたまらなく楽しい。それだけで良いと思っていたはずなのに、なぜかあの冊子の言葉が胸に引っかかって離れない。
「青春の汗を流し、心を燃やせ……か。」
呟いた瞬間、不意に冷たい風が吹き抜けた。振り返ると、誰もいないはずの校門の前に人影が見える。だが、目を凝らしてもすぐに消えてしまう。
「なんだ、気のせいか。」
だが、その直後にスマホが振動し、画面を見ると「未知の番号から着信」が表示されている。恐る恐る通話ボタンを押すと、低く落ち着いた声が聞こえてきた。
「君は挑戦者か?」
背筋が凍る。どうして自分の番号を知っているのか。
「誰だ?」と聞き返すが、返事はない。ただ、一言だけ。
「準備ができたら、もう一度冊子を開け。」
電話が切れ、沈黙が訪れる。
訳がわからない。怖さと好奇心がないまぜになり、動悸が激しくなる。
(やるしかない……)
直感が叫んでいた。何かが始まるのだと。青春を取り戻すために、自分はこの機会を逃してはいけないのだと。
震える手で小冊子を開く。すると、さっきまでなかった一文が浮かび上がっていた。
「未来を切り開く者よ、歩み出せ。」
章平はぎゅっと拳を握りしめた。もう迷う必要はない。自分の直感を信じる。挑戦する。それが、自分の生き方だ。
そう決意すると、不思議なことに心が軽くなった。どこかで誰かが笑っている気がするが、振り返っても誰もいない。胸が熱くなる。これが自分の道なら、進むしかない。
終
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