第2話 銀の残響

裏通りのネオンが遠くでざわめく夜。

蘭丸は事務所を出て、革ジャンのポケットに手を突っ込む。タバコの煙が湿った空気に溶け、金髪のボブが街灯の光に揺れる。


「スナックの姉ちゃん、か。言い得て妙ね。」


彼女の呟きは小さく、喧騒にかき消される。

小暮から預かった札束をポケットで握り、蘭丸はフラりと歩き出す。


──────────


ネオン街の外れ、古びたバーのカウンター。

蘭丸はマスターに紙幣を滑らせる。


「城田研について、なんか知ってる?」


マスターはグラスを拭きながら目を細める。


「ムショ帰りの武闘派だろ。噂じゃ、港の倉庫街で鳩山組の組員が二人やられたらしい。ヤクの取引中に売人と一緒に片付けられたって話だ。」


蘭丸はタバコに火をつけ、煙を吐く。


「ヤク? 鳩山組じゃ御法度のはずよね?」


マスターが声を潜める。


「表向きはな。だが、組の中で動いてる連中がいるのは確かだ。」


蘭丸の口角がわずかに上がる。


「へぇー…で、城田は今どこ?」


「さぁな。代わりに別の話をしてやろう。港の話、一人だけ逃げた奴がいるらしい。取りこぼしか、わざとかは知らんが、鳩山組はしばらくピリピリしてるだろうよ。」


「十分よ。ありがと。」


蘭丸は軽く手を振ってバーを後にする。

すぐにタクシーを拾い、港へ向かう。


車内でメイクを軽く直し、黒のウィッグをかぶる。地毛より少し長い髪が、彼女を別人に変えた。


──────────


港の倉庫街。

雨がぽつぽつと降り始める。


「最悪…。」


蘭丸は目星をつけ、足跡や場の違和感などわずかな痕跡を探す。

歩くうち、ドアが半開きの倉庫を見つけた。

念のため周囲を確認し、静かに中へ滑り込む。


薄暗い倉庫の奥に、男の姿があった。

蘭丸はナイフの柄に手をかけ、慎重に近づく。


「……!」


男の姿は無残だった。

脇腹に刺し傷、胸は横に切り裂かれ、顔は青紫に腫れ上がり誰とも判別がつかない。胸元の代紋バッジが鳩山組の関係者だと示していた。


「これは…ちょっとキツいな。」


蘭丸が呟き、目を背けかける。

その時、視界の端で別の二人を見つけた。

同じく無惨な姿で倒れている。


「あいつらも…か。」


近づこうとした瞬間、足元に銀色のペンダントが落ちているのに気づく。

拾い上げると、「Y」のイニシャルが刻まれていた。


「『Y』…誰の? 女物のデザインだけど…。」


蘭丸はペンダントを革ジャンの内ポケットにしまう。長年の勘が、これは持ち帰るべきだと告げていた。


さらに男たちのポケットを調べると、チャック付きの袋に白い粉が入っていた。


「やっぱりね。」


蘭丸が小さく呟く。

次の瞬間、倉庫の外から声が聞こえた。


耳を澄ますと小暮の焦った声が響く。

もう一人、若い男の声も混じる。


「おい! 本当にこの辺なんだろうな!?」


「はい、兄貴! 間違いないはずです!」


「『はず』じゃねえ! しくじったら俺もお前も終わりだぞ!」


雨音に混じり、小暮の怒号が響く。


「これがバレたら…佐藤の兄貴に…いや、その前に城田が…くそっ!」


舎弟が慌てて宥める声も聞こえるが、蘭丸の存在には気づいていないようだ。


「潮時かな。」


蘭丸は裏口から静かに抜け出す。

雨が彼女の痕跡を洗い流し、姿を闇に溶かした。


──────────


雑居ビルの4階、蘭丸の事務所。

ウィッグを外しシャワーを浴びて着替えると、革ジャンから札束とペンダントを取り出す。

窓から差し込む月明かりに、ペンダントが淡く光る。


「これ…鳩山組の連中のじゃないよね。じゃあ、城田?」


女物のデザインが引っかかる。

あの場に落ちていた理由もわからない。


「なんでこんなものが…」


考えても答えは出ない。

それでも、このペンダントが何かを導くと、彼女の勘が告げていた。


机の写真立てに目をやる。

いつもの賢治の笑顔があった。


「ねえ、賢治。あの雨、私を守ってくれたんだよね?」


非合理だとわかっていても、蘭丸はそう思いたかった。

プロらしからぬロマンチストな発言に自分で苦笑する。


「おやすみ、賢治。また明日。」


蘭丸は事務所を閉め、濡れた革ジャンをハンガーにかけた後、夜の街へ消えた。

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