灰と復讐

たじま

第1話 便利屋・蘭丸

街の裏通り、ネオンの光が届かない雑居ビルの4階。

薄暗い部屋に、金髪のボブが妖しく揺れる。

椅子の背に無造作にかけられ、机の灰皿には吸い殻が一つ。


ここには昔からなんでも仕事を引き受ける仕事人がいる。


裏社会では知る人ぞ知る仕事人

――蘭丸。


彼女の目は、机の端に置かれた写真立てに落ちる。

写っているのは屈託のない笑顔をした一人の大男。


「賢治…また今日も暇な一日だったよ。」


そう語りかける声は柔らかく、どこか寂しげでもあった。

優しく指でなぞって机に戻した後、いつもの皮肉めいた顔に戻る。


時刻は午後6時。

遠くでネオンのざわめきが響く頃、タバコに火をつけ、少し早めに店じまいをしようと立ち上がる。


その時──


バン! ドアが乱暴に叩かれ、蘭丸の眉がピクリと動く。タバコを灰皿に押しつけ、革ジャンを羽織る。


「開いてるよ。入んな。」


軋むドアから飛び込んできたのは紫色のスーツを着た若いチンピラ。

額に汗、目は落ち着きなく揺れている。


だが、蘭丸を見るとニヤリと笑った。


「お前が…蘭丸?」


男の声は上ずり、舐め回すように蘭丸を見つめる。


「ハッ、マジかよ!あの蘭丸が金髪の姉ちゃんだと? スナックで酒注いでた方が似合うぜ!」


蘭丸は無表情で椅子に腰掛け、新しいタバコに火をつける。

男を値踏みするかのように彼女は冷徹な視線を送る。


「スナック、ね。あんたみたいなのがいかにも好きそうなところよね。──で、名前は?」


声は甘いが、どこかと棘がある言葉をぶつける。男はニヤけた顔を崩さず、歩み寄る。


「俺は鳩山組の小暮だ。姉ちゃん、俺の女にならないか?いい思いさせてやるぜ?」


小暮の指が蘭丸の金髪に伸びかかる

――その瞬間。


シュッ。


蘭丸の手が動き、ナイフの柄を握る。

刀は抜かず、ただ親指で柄を弾いた音だけが部屋に響く。小暮の目がビクッと震える。


「次動いたら指飛ぶぞ、クソガキ。」


蘭丸の目は氷のように冷たく、先程とは全く違う重く低い声を発する。

小暮が後ずさりし、声が裏返る。


「ひぃっ! わ、悪かったよ!冗談だよ、冗談!」


蘭丸はタバコを咥え直し、ナイフの柄から手を離す。

煙を吐きながらゆっくりと言う。


「…用件は?」


小暮がゴクリと唾を飲み、震える声でまくし立てる。


「し、城田…城田研だ! アイツ、兄貴を…兄貴を殺しやがった! あの野郎、イカれちまってんだよ! 居場所、突き止めてくれ!」


蘭丸が皮肉な笑みを浮かべる。


「城田研。鳩山組の武闘派で有名よね。最近ムショから出頭したばかりでしょ?随分派手なことしてるのね。」


声は軽いが、目は小暮の震える指を捉えている。小暮がキッと目を逸らし、声を荒げる。


「う、うるせえ! とにかく見つけろ! 報酬は…ほら、これだ!」


ポケットからくしゃくしゃの封筒を差し出す。

蘭丸は無言で中を開け、札束を指で弾く。


「20万…安い仕事ね。ま、いいわ。城田の居場所、探してあげる。」


革ジャンのポケットに突っ込み、彼女は続ける。


「でも、変な話ね。城田がそんなに怖いなら組総出でなんとかしたらいいのに。」


小暮がビクッと肩を震わせ、

「う、うるせぇよ! とにかく頼んだからな!」と叫んで部屋を飛びだす。

扉がバタンと閉まり、静寂が戻る。


蘭丸はタバコの灰を落とし、机の写真立てに目をやる。


「城田研、か。…賢治、あんたならどう思う?」


ほのかに優しい声色の独り言を呟く。

だが、すぐに立ち上がり、革ジャンの袖を直す。


「留守、頼んだよ。」


写真の男に小さく笑いかけ、蘭丸はネオン街の中に溶けていった。

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