1-11【必要ない】
京極はその場を立ち去ると錆びた階段を下りることはせずに屋上へと上がった。
屋上からは隣の建物の壁が見えるばかりで見通しは悪い。
それはそのまま京極の姿が人目に付かないことを意味していた。
念のため誰もいないことを確認してから、京極は屋上に続くドアを閉め傍に落ちていた小さな鉄板を蝶番の下の隙間に差し込みドアが開かないように細工する。
先ほどの部屋のちょうど真上にあたる位置を確かめると、京極は大きく息を吸い込んだ。
呼吸を止め、目を閉じるとベッドに拘束された少女の視界が頭に浮かぶ。
悍ましい体験を、これ以上この子が味わう必要は無い。
京極は静かに辺りを見渡した。
少女の目を通じて、部屋の様子が明らかになる。
部屋の隅には母親と思しき遺体が、ビニール袋の中で結露に濡れていた。
京極は続けて手足を確認する。
お飾りのような玩具の拘束具を見て、これがただの演出であり、男が興奮するためだけの拘束なのを理解すると、京極は静かに手足に力を込めた。
ぶち……と音がして拘束が外れたが、京極はまだ動かない。
そのままの姿勢で、男が帰ってくるのを待つ。
非力な少女の身体でも殺せるほど、男が油断するその時まで。
見ると奥の部屋から卑しい笑みを浮かべた男がゆっくりと近づいてくる。
その手には少女には到底不釣り合いな大きさの玩具が握られ、男の下半身はすでに大きく隆起していた。
「親切な野郎が差し入れだとよ? よかったなあ佳奈」
スイッチに合わせてとウネウネと煽動するそれに、京極は動じない。
予想と違う反応に男は首を傾げて怪訝な顔をした。
「何だ? 生意気な面しやがって……わからせて欲しいのか?」
少女の顔を玩具ではたきながら男が言う。
それでも相変わらずな少女に業を煮やしたのか、男は強く頬を打った。
この痛みも……
男はトランクスを脱ぎ捨て少女の身体に馬乗りになった。
この屈辱も……
顔に迫る一物を憎悪と嫌悪が青く燃える目で睨みながら京極は強く歯を噛みしめる。
その途端に、男の情けない悲鳴が響き渡ったが、それはすぐに被せられたゴミ袋の中に消えてしまった。
この悍ましさも……
「この子は何一つ、背負わなくていい……!」
ゴミ袋を剝がそうと藻掻く男を少女の足が後ろから蹴り飛ばした。
京極の糸に支配され少女の意識は無い。
父親殺しの記憶など、必要もない。
目が覚めれば誰かがこの害虫を殺した後で、少女は何も知らない。それでいい。
京極は先ほど男に渡したボストンバッグに駆け寄り、中からスタンガンを取り出した。
あとはいつも通り殺せばいい。
剝き出しの背中にスタンガンを当て、京極が息をついたその時だった。
不意に激しい痛みが喉を襲い、息苦しさが全身を支配する。
「かはっ……⁉」
見ると気絶したはずの男が全身の血管を膨張させ少女の首を掴んでいた。
青白く変色した皮膚は水死体のようで、ゴミ袋をはぎ取って露わになった目には瞳が複数宿っていた。
「やってくれたなあ……同士ぃ……」
先ほどまでとまるで違う地の底から響くような声に京極は戦慄する。
何が起きてる……⁉
何だこの化け物は……⁉
意識が途切れそうになった時、少女の目を通じて京極が見たのは、静かにドアから侵入する見知った人物の知らない顔だった。
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