1-7【毒麦】
「どう思うカルロ?」
誰もいない廊下で遠ざかっていくエレベーターを見据えながらマルロが静かに口を開いた。
カルロもまた思考の解読できない表情を浮かべたままエレベーターを見つめて答える。
「犯人の方か? それとも被害者の方か?」
「神に裁かれるべき方だ」
カルロはマルロの方に視線を移した。
相変わらずエレベーターを———その中からこちらを見上げている男を、じっと見据えるマルロの表情からは長い付き合いだというのにその意図が窺い知れない。
カルロは小さくため息をついて、首から下げたロザリオを指でなぞり祈りを捧げる。
天に坐す我らの父よ、御国が来ますように……と。
「どちらも裁かれてしかるべき罪の子らだ。彼らの裡に神はいない。子羊の血を受け入れず、却ってその血を流す者には血の報復が下される」
「そうだ。神が裡におらず、子羊の血を拒む者ならば」
「どういう意味だ?」
「私にもまだわからない」
そう言ってマルロは踵を返し部屋に戻っていった。
カルロがもう一度階下に目をやると、男が出口に向かってエントランスを歩いていくのが見える。
振り返ることなく立ち去る男の背中を見送っていると、男の影がゆらりと揺れたような気がしてカルロは顔を顰めたが、すぐさま頭を振って目を閉じた。
難しく考える必要は無い……
私は神と教会の忠実な僕でありつづければいいのだ……
そう思い至り心に静けさが戻ってくると、カルロもまた歩き始める。
マルロが向かった室長の扉の前で立ち止まると、ノックするより先に声がした。
「どうぞ」
厭な女だ……
女の声に内心カルロは悪態を吐く。
それを悟られぬよう俯き加減に部屋に入ると、マルロが女のすぐに隣に立っていた。
「なぜあの男を行かせたのですか? 彼が嘘をついているのは確かです」
カルロがそう言って顔を上げると、黒い布で覆われた女の目と視線が合わさった気がした。
「あなたがそう言うならきっとそうなのでしょう。カルロ。けれどそれが真実とは限らないのです」
「はい。私の恩寵は嘘の内容までは分かりません。しかし……」
「もう少しだけ待つのです。毒麦のたとえ話のように……実が熟すまで」
そう言って女は窓の方に目をやった。
つられてカルロが窓に視線を移すと、遠くで稲妻が走り重たい雷鳴が遅れてやってきた。
その重音は、何者かが大きな怒りとともに地に堕ちたような、そんな不吉を孕んでいるかのようだった。
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