1-6【濡れそぼつ】
通されたのは簡素な机と椅子が置かれただけの部屋だった。
座るように促されるが、京極は手を振ってそれを断った。
「長居はしないよ。遺体を動かそうとしたんだが動かせなかったんだ。数名の鑑識も目撃してる。まるで地面に縫い付けられたみたいにね」
「それで?」
二人の司祭は顔を見合わせてから静かにそう言った。
「それでって……つまり超自然的な事が起きた。それを知らせに来たんだ。おたくらの指示通りね?」
「警察は獲物をとられるのを嫌うと聞いている」
「実際何度も経験している。その度に無知な警察官が犠牲になった」
「「君はなぜこうもすんなりとこの事件を手放すんだ?」」
ぴたりと重なった男たちの声に、京極はぞくりと肌が粟立つのを感じた。
後ずさりそうになるのを堪えて頭を掻くと、京極は静かに口を開く。
「子どもだよ……」
「子ども」
マルロが抑揚のない声で繰り返した。
「ああそうだ。子どもが虐待にあってたのは明白だ。おそらく虐待してたのは死体の男だろう……ソレを殺した犯人を捕まえるって? 冗談じゃねえ……子どもは無傷、殺したのは悪魔みたいな父親だけ。子どもにしてみれば、悪魔憑きの犯人は天使に見えたことだろう」
先ほどまで感じていた濡れたコートの冷たさが分からなくなった。
京極はつい熱くなった自分を恨みながら大きなため息を吐いて項垂れる。
「京極刑事。同様の事件が少し離れた別の区でも起きたことをご存知ですか?」
今度はカルロが抑揚のない声で言った。
「知らないね。同じ犯人だって言いたいのかい?」
「いいや違う。また同様の事件が起きるのではないかと思っている」
「知らんね……なんにせよ、報告はした。俺はこの山から足を洗うよ」
そう言い残して踵を返した京極の背に司祭が声を掛ける。
「待ちたまえ京極刑事」
「まだ何か……?」
振り返るとどこから出したのか、マルロの手には雨に濡れた一本のビニール傘が握られていた。
「忘れ物だ。これ以上濡れて風を引くといけない」
訥々と水の滴る傘に目を見開き、京極はドアノブに手をかけた。
「失礼する……」
「「また会おう」」
ピタリと重なったその声には振り返らず、京極は足早にガラス張りのエレベーターに向かい、カードキーを差し込んだ。
緩慢な速度で動き出したエレベーターの上階を見上げると、マルロとカルロがこちらを見下ろしていた。
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