1-2【マルロ・カルロ】
結露した壁が、まるで血を流すように雫を滑らせた。
耐えがたい沈黙の息苦しさに刑事の男が咳をするも、二人の司祭は顔色一つ変えずに骸を見下ろして思案に耽っているようだった。
どれだけの時が経っただろう?
死体から立ち上る臭気———それは瘴気と言ってもいいほどの穢らわしさを湛えながら部屋を満たし、衣服の繊維一本一本にこびりつき、肺胞の奥深くまで潜り込む。
さすがの刑事も耐えかねて、部屋を立ち去ろうとしたその時、司祭の一人が唐突に口を開いて言った。
「何にせよ、あなた方の現場検証以上の内容を私たちも見つけられない。あとは検死結果を見て異常が見当たらないようなら、この事件は悪魔憑きによるものではなく殺人鬼によるものなのでしょう」
「それは仏さんを鑑識に回していいと捉えても……?」
「そうして頂こう。あなたの名前は?」
もう一人の祭司が首を傾けながら刑事を見た。
どうにも人間味を感じられない瞳の色に、男は思わず唾を呑み込んでから答えて言う。
「刑事課の京極だよ。神父さん、おたくらは?」
「マルロ。私はマルロ・
「同じくカルロ・樋泉。長い付き合いにならないことを願おう」
そう言って伸ばされた手を掴み京極は苦笑する。
「まったくだね……さっさと星を挙げて、ぐっすり休みたいもんだ」
「法王庁、および極東聖教会の名において捜査資料は速やかに共有するよう願います」
「わかってますよ。異常の有無を決めるのは我々じゃないんでね。で、この少年は?」
「今はそちらにお任せしましょう。結果がわかるまでは……。今日はこれで失礼を」
そう言って二人の司祭は部屋を立ち去った。
窓から見下ろすと、黒い傘を差した二人の司祭が黒塗りのセダンに歩いていくのが見えた。
何の気なしに京極がそれを見ていると、二人が同時に立ち止まり、ぐるり……と首を回してこちらを見上げた。
居心地の悪さに男は手を振って見せたが、二人は何の反応も示さず車に乗り込んで行ってしまった。
「マルロ……どうだった?」
時折リズムを崩すワイパーの音を遮って、カルロが口を開いた。
「前回と同じだ。口の利けない子どもと……冒涜された遺体」
ぶりゅりゅ……ぶりゅりゅ……と、ワイパーのゴムが悲鳴をあげる。
「人であれ、悪魔であれ、罪を犯している者がいる。罪は裁かれなければならない」
「アーメン。御言葉の剣によりて」
「アーメン。罪なき子羊の血によりて」
屋根を叩く大粒の雨と軋むワイパーの拍子に合わせて、司祭の祈りが繰り返される。
アーメン。アーメン。父子御霊に栄光あれ。恩寵賜るマリア、我らの為に祈りたまえと……
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