謎の香りはパン屋から 土屋うさぎ(作) を読んで

 売れ筋の書籍についてトークする番組で『謎の香りはパン屋から』が取り上げられていた。私は配信で見たのだが番組を見ようと思ったのはホラー作家の背筋氏(以下敬称略)が出演するからだった。去年のちょうど今くらいの時期に『近畿地方のある場所について』を読んで楽しませてもらったこともあり、以来背筋の動向をウォッチしている。その背筋が出演するとのことで視聴したのだが、同時に土屋うさぎ氏も出演されていた。謎パンが『2025年このミステリーがすごい!大賞』で大賞を受賞したことが理由である。出演者は全員読了済みであり、大いに盛り上がっていたことと思う。その様子を見て私も読んでみようと思った次第である。


 物語は大学に入学した女の子がバイト先のパン屋で起こる謎めいた出来事を解決していくものだった。読んだことはないが米澤穂信の『氷菓』の後味の悪さを無くしたような構成で、微笑ましいと思えるような内容だった。出来事が一件落着したところにパンの蘊蓄が挟まれ、サブタイトルに入っているパンの逸話がそのエピソードのメタファーとなって、主人公の成長につながっていく。とあるエピソードでパンの生地に切り込みを入れる際、やや血の気の引く想像をする部分がある。私は生なましいなと思うと同時に鋭いアイデアだなと感心もした。

 そして話のテンポがとても良い。漫画やアニメを見ている気分になった。そもそも土屋うさぎは本業は漫画家である。前述の番組でも紹介されているのだが、漫画の出版社の編集から「文章が小説みたいですね」という一言から小説を書いたのだそうだ。

 読んでいる時、頭の中で登場人物を喋らせているのだが、主人公の声は声優の黒沢ともよの声でしゃべっていた。なんとなく武田綾乃の『響け! ユーフォニアム』─これも小説は読んでない─を見ている気分になった。ユーフォとは別の武田綾乃原作のアニメも最近あったが、それも女の子同士の友情を描いている作品である。謎パンもその類の人間関係が織り込まれており魅力の一つでもある。流石コミック百合姫で漫画が掲載されただけのことはある。一応触れておくがコミック百合姫はガールズラブを中心とした漫画雑誌である。


 だがミステリーの部分はというと少し強引じゃないかという推理をする。「アイスクリーム屋で誕生月のクーポンを使わなかったのは何故か」という伏線となるものがあるのだが、主人公の解釈が的中し過ぎていて、説明不足を感じさせる推理パートが気になった。恐れ多いことを申し上げるが「これなら私でもミステリーが書けるんじゃないか」と思ったほどである。材料さえ揃っていれば強引にミステリーにできる気さえする。無論、「じゃあ書いてみろ」と言われたらお手上げだが。

 書く文章もどこかあどけなさを感じた。専門用語は丁寧に説明していくのかと思いきや、全く言及されない単語などがあり、その点に隙があると思った。稚拙と書くと悪口になると思う。あどけないと評価するのが正確な気がしている。


 読み終わるまで勘違いをしていたのだが、『このミステリーがすごい!大賞』は『このミステリーがすごい!』は別物である。いわゆる『このミス』はその年の傑作ミステリーを投票でランキングにするものだが、『~大賞』の方は公募による新人作家の賞レースだ。私は言うほどミステリーを読んできたわけではないが、この点を勘違いしていて本格ミステリーを読む姿勢になってしまっていた。

 謎パンを読む前に、最後に読んだミステリーって何だっけ?と思って最初に出てきたのが東野圭吾の『白銀ジャック』だった。本作も面白かったがベテランのミステリーと新人のミステリーを比較するのは流石に意地悪だと読み終えた後に思った。青春小説を軸にミステリーに挑戦したのが謎パンなのだと思う。


 巻末に選考に立ち会った方々の選評は掲載されている。皆謎パンの作品全体の良さ、ミステリーの弱さは指摘されていた。読んでみて私も共感することを的確に書いていた。

 しかし、ある意味この選評が一番読み応えがあった。というか肝を冷やした。

 『このミス大賞』には大賞の一個格下の文庫グランプリという準受賞のようなものがある。こちらに選出されている作品に『一次元の挿し木』松下龍之介がある。選評では謎パンはとても良いコメントが送られていたと思う。本書のあとがきだから多少のリップサービスもあると思う。だがこの『一次元の挿し木』にはとても辛辣な意見が相次いでいる。作品としては『一次元の挿し木』が一歩リードしていたようなのだ。だが最後の最後でちゃぶ台返しがあったらしく、そのせいで大賞を逃してしまったらしい。そのことで『一次元の挿し木』は集中砲火を浴びていた。


 謎パンも楽しむことができたが、読了後に気になるタイトルが舞い込んできた。次に本屋に行くときは探してみたい。

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