夢へ還れ

朝、鳥の声が人々を起こすように囀る時間。

わたしは夢の中ですら、頭を悩ませていた。


眼前で、同じ明晰夢の中にいるオネイロスの大きな手が反応を見るようにひらひらと揺れる。そこでようやく意識が引き戻された。

「…シオン、ぼーっとしてる。大丈夫?」

「わ、すみません。考え事してて…」

「…レーテーのことだよね。最近はずっとそればっかり考えてたんじゃないの」

「…そうなんですよ。最近、怖い夢見ちゃって。でも、夢の外では内緒ですよ。あのひとに聞こえちゃうかもしれないから。」


怖い夢、というのは。何の特筆するべき特徴もない男女達がレーテーを名乗る…レーテーと特徴的に一致する幼女に会うことにより少しずつ記憶を蝕まれて、根源的な記憶を失って骨組みが完全になくなったところを食われるというものだった。


…おそらく、ただの夢ではない。また追体験をしている。そんな感覚がした。


それについて話すと、オネイロスは苦い顔をした後に少し考え込んで、こちらに両手を伸ばしてきた。

「…、こうですか?」

「違うよ、…おいで」


わたしは特に何も考えず、彼の両手を握る。

そうするとオネイロスは困ったように笑ってから手を外して、こちらの身体を抱き上げた。

対面の姿勢だけど、お互いの顔は見えない。普段だったらもうちょっと大げさに照れたりとかしたけど、まあわたしって神様からしたら受精卵だし。

何より彼の身体はひんやりしていて、熱くなった自分の頭を冷やすのにはちょうどよかった。

  

「……レーテーの被害者たちの記録が急に夢として流れ込んできたのはね、もしかしたらレーテーがシオンに狙って干渉してるかもしれないよ。怖い記憶を流されて焦燥感でいっぱいになって外に出てきた相手をぱくりと食べちゃう。…嫌な例えかもしれないけど、魚釣りみたいな。」


恐ろしい説を聞かされて、身体が少し強張る――のを、背中を撫でられて落ち着かされる。


「被害者が助けを求めてる、みたいなのは…」

「違うだろうね。シオンの話を聞いたけど、あの被害者の人たちは最後あたり全くの無抵抗だったじゃない。レーテーに対して従順にされるし、彼女はそもそも死にたがってる、もう気力のない人しか狙わない。おれが見た限りの感想だけど…」


眉根を寄せるオネイロスに、一つ仮説を投げかける。

「食べた人の記憶を、レーテーさんが自分の所有物として持ってるかもしれませんよね」

「……そうかもね。そうだとしたら、おれの記憶も多分シオンのことを煽る不安材料として使われてたかも。…ぞっとするな。記憶、取り返せてよかった…ありがと、シオン」

「いえいえ。」


ぎゅ、と少し強めにオネイロスに抱きしめられながら彼の言葉を聞く。

「――シオン、おれはね。おまえがレーテーから人を守る為にどこにも休息の場も逃げ場もなくなって、シオンがこうやって悩んでいるときにもおれは何もできないのが嫌だよ。シオンは恩人だから、おれの大切だから…。夢の中くらい、穏やかに過ごしてほしい。」

「………夢境さん。」

「おれはね、まだ自分の力でやってないことが沢山あるんだよ。例えば、シオンやにいちゃんが生きている世界を精巧に再現した夢を作るとか、そしてそこに大好きなひとたちを閉じ込めて、ずっといっしょに、現実より安全で楽しい夢の中で暮らすって、そんなこととか…。」


――オネイロスの言葉とその瞳の揺れに若干の不穏さを感じて、方向転換を試みて一度抱き着く。

「…!」

「安全な夢の中の箱庭、素敵ですね。神様の思考って感じがします。でもね、夢境さん。夢は現実でしか見られないんですよ〜…なんちゃって。」


わたしのその言葉の後、オネイロスの表情が少し困ったような笑顔に変わる。

「…現実って基盤がなければ、おれもそもそも存在できないってことかな。そうだね、そうだよね。――でもシオンが夢の中に浸りたくなったら、いつでもおいで。おれは、それを逃げとは捉えない。いつもの強いおまえも好きだし、ちょっとくらいぐちゃぐちゃでも、ちゃんと好きだよ」

 

「ひえ、ナチュラルlike the best…いやベストではないですね。…ありがとうございます。逃避先の候補としては入れておきますから、ね。」

「うん、ありがと。…今度、にいちゃんたちとおれとシオン全員で雑魚寝しようよ。そこでまた、作戦会議したり夢の中で遊んだりしよう。」

「190cm二人と178cmと160cmの雑魚寝、絵面がヤバいでしょ。いいですね、やりましょう。」


 

朝鳴きをする鳥の声。 

 

陽光が窓ガラスを通して頬に当たっているのが夢の中からでも知覚できる。そろそろ起きたほうがいいんじゃないか、と目を開けると…



 

「見て見て〜っ、めちゃくちゃ可愛く撮れた!ちびっ子同士、手を繋ぎながら寝てるのってマジでかわい〜!」

「…やめておけ、怒られるぞ。………でも、写真はあとで一枚ほどもらっていいか。」

「歓迎〜!あはは。ほんと子供っていいなぁ…」


オネイロスと両手を繋ぎながら寝ているところを、ヒュプノスに大量に写真を撮られていた。


「人間の17歳と4桁歳はあるだろう人外のツーショ写真を子供って言えるそちらの年齢がめちゃくちゃ怖くなってきたんですけど」

「あ〜?普通に一回り上くらいだよ。人間年齢だとそう…38くらいかな、ボク達は。オネイロスが26くらい。」


――思ったよりおじさんだった。確かにオネイロスの方も喋りこそ少年のようだが身体はしっかりと大人のもので……


「受精卵………」

前に自分に対して言われた単語を噛み締めるように呟くと、タナトスがこほん、と咳をする。

私達かみにとって、人間は皆子供のようなものだ。特にヒュプノスに関しては子供扱いしすぎるきらいがあるから、あまり気にしなくていい」

「ヒュプノスにいちゃん、…タナトスにいちゃんもだけど。一回りしか下じゃないおれを子供扱いするのはほんとにやめた方がいいよ、ふぁ…」


兄弟の会話を聞きながら、少しずつ身体を起こす。夢の中で重苦しく考えていたことが霧散するわけではない、でも一人で考えていた時よりは気が楽な柔らかな空気感の中でわたしは――


「雑魚寝計画、真剣に考えたいな…。」

布団を床に並べ出して、準備を始めるのだった。

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