暴かれよ羊飼い Ⅱ
前回。不意打ちでヒュプノスの記憶を覗こうとしたら、能力発動の文言すら言わせてもらえず返り討ちにされて非常に悔しかった。
そのことを踏まえて、…今回は助っ人を呼んでいる。
ふわ、と浮遊してオネイロスがこちらに来る。
「…おれのこと選んじゃうの?どっちかっていうと、おれもヒュプノスには教わる側だよ。タナトスとかのほうがいいと思うけどな…」
「いや、そこまで本気でボコボコにしたいわけではないというか…でもちょっと見返したくて…」
「…心情は複雑なんだね、オッケー」
オネイロスが言うように、こちらの手の内はおそらく全てヒュプノスに読まれている。
「…おれたち神格って、肉体的な余裕がなくなると術の発動ができなくなるんだよね。もしくは精神的に摩耗すると能力が暴走したりとか。でも後者みたいなことは滅多にない。だから狙うなら――まずはヒュプノスにいちゃんをめちゃくちゃ疲れさせることかな。」
「あの人、身長の割にめちゃくちゃ痩せてて体力なさそうなんですよね。走らせたりしたら一発とかじゃないですか?」
「わからないよ、眷属がいるからね。にいちゃんがあれだけ暇そうにできてるのって、眷属がすごく優秀だかららしい。ヒュプノスの髪とか爪を埋めたぬいぐるみってだけなのにね、どういう仕組みなんだろ…」
「…………」
話を聞けば聞くほど攻略不可能な気がしてくる。
でもまだどうにかできるだろう、という悪あがきのもと口を開こうとすると…
……空間に急に裂け目ができて、頭上からヒュプノスがぬるりと姿を現した。
思わず、そのタイミングの悪さ――いや、最初から聞いていたのかもしれないという心の奥底での気づきと諦念で『敗北』の2文字が頭をよぎる。
「…!!!」
「あー、にいちゃん…。あんまりシオンのこと、怒らないであげてね。悪意はないって…」
「あー大丈夫、仔猫が戯れてくるみたいなもんだとは思ってるから。…お前、そんなにボクの過去が気になるんだ。」
おずおずとわたしを庇ってくれたオネイロスに、ふにゃりと笑うヒュプノス。その次に続いた言葉は――
「――そんなにボクの過去を気にするならさぁ、睡魔さんの過去編の応援上映もやってくれな〜い?…今ならなんと、入場料を無料にしてあげてもいい」
「えっ、見せてくれるんですか。ある程度偏向報道なのはわかりますけどすごく気になる」
「過去なんて脚色してこそだろ。オネイロス〜、こいつの意識の接続は頼んだよ。前みたいに夢の中で好き放題やりたいからさ」
「はーい…にいちゃんの過去、おれも結構楽しみ。何も知らないからさ…。」
その言葉の後。
ヒュプノスの手がわたしの目を隠すように置かれると、自然と目が閉じて意識が遠のき…即座にヒュプノスとオネイロスとわたしの3人が揃った明晰夢の中に飛ばされた。
「…めちゃくちゃ連携プレイですね、眠りの神様と夢の神様だもんな…」
「仲良しだからね、ふふ…。」
「そうそう〜入る隙とかないからね、はは。」
かなり広い開けた空間まで移動して、普段は饒舌なヒュプノスがようやく閉じていた口を開く。
「…さてっ、それじゃあ始めよっか。」
その言葉の次に出てきたのは――
「割と庶民的な映画館の入り口…いや、なんか睡魔さんのグッズ売ってません?えっ、怖。これを即座にイメージして出せるの、自己肯定感が高すぎて怖いです。ブロマイドがある、無駄にいい顔してて腹立ちます。」
「ペンライトもある、振って応援できるやつだ。またユニコーンだね。羊とかもいる、かわい。」
「楽しんで楽しんで〜!あはっ。もうぜ~んぶ見せちゃうよ。かわいいちびっ子たちのためにね」
ポスターも壁一面に同じものが貼られている。陽光の差した森のような背景にヒュプノスともう1人――おそらく普通の人間だろう、整った顔をした銀髪の少年が写っていた。
「距離ちっっっか、この銀髪の子怖がったりしてなかったんですか、ポスター用写真撮影の時」
「まあそこは夢だから。捏造捏造〜。」
「…この子、前に写真で見せてもらったかも。確か名前は――や、ネタバレになっちゃうね」
「えッ、すごく気になりますけど。…でもそうですね、どんな
ライトの内蔵された階段を登って、今回は比較的後ろの席で観ることにする。座る前の時間でヒュプノスはすらすらと定型文を口に出していた。
「さて、それでは間もなく始まります。…上映中は携帯電話の電源を切る、劇場売店以外の飲食物の持ち込みを控える、上映中のおしゃべりをしない…これはいっか、ゴミの分別回収に協力するなどに是非是非ご協力くださ〜い、なんてね。」
「…完コピしてる〜。わたしも今記憶したので今度夢の中で映画館に行った時に言います。」
わたしの言葉を聞いてそれまできゃらきゃらと笑っていたヒュプノスがにやっと笑って唇に指を当てる。
「それじゃあどうか、楽しんで。――これを見て態度とか変えないでね?」
照明が一気に落ちる。
この人の核は、大切にしているのは、どんなものなんだろう。
その答えをくれるモニターを、凝視して待った。
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