第12話 あいの記憶

「ここはもう安全です、ご安心くださいね」

 フウさんが落ち着いた声で、お客に伝えてから、しばらくたった。

 わたしはその間、広間の白いソファにシズクちゃんと並んで座って、遅めの自己紹介。

 順番的に雫を見るのは、わたしが最初なんだけど……また、ナキメさんがうそ泣きしちゃって、ほかの人を優先してもらったんだ。

 そしてとうとう、最後のお客が店を出て行き……。

「アイさん、お待たせしました」

 十五分ピッタリで、フウさんが相談室の扉から顔を覗かせた。

「じゃあ行ってくるね、シズクちゃん」

 立ち上がったわたしに、シズクちゃんはにこりと笑い、いってらっしゃいとつぶやいた。

    *

 相談室に入ると、迷わずうぐいす色のソファに座った。

 壁中を埋めつくした、金色のランプに入った白い光が、さんさんとわたしに降りかかる。

「ふう、みんな大変だったね。ケガがなくてよかった。魔法に、まさか記憶も混ざるなんて……アイさん、巻き込んでしまって、本当に申し訳ない」

 眉を落として、管理人さんは頭を下げた。

「わたしは平気!とっても楽しかったもの、頭なんて下げないで」

 わたしは慌てて、勢いよく言う。

 本心だった。だって、わたしはこの旅で、大切なものを教えられたんだよ。

「それよりも……ほら!楽の雫を」

 じゃなきゃ管理人さん、ずっと頭下げちゃうよ。

「あぁ、そうだね。記憶を見ようか」

 管理人さんは、そんなわたしのあわあわとした姿を見て、やわらかくほほえんだ。

 

 しばらくして、フウさんが楽の雫を持ってきた。

「蓋を開ければ、記憶が流れてきます。ですが、わたしたちには見えません。見えるのは、記憶を抱えたアイさんだけです」

 わたしは雫を見つめながら、ゆっくりとうなずく。

 ずっと見たかった、楽の雫。

 お父さんたちに本音を伝えるって決意しても、楽しい思い出は、うっすらとあいまいだった。

 ようやく、ここまで――……。

 わたしは雫の持つ手に力を込めると、意を決して蓋を開けた。

 淡くふわふわした映像のような、家族との出来事が雫から出てきたかと思えば、ふっとかすんでいき、また雫に戻っていく。

 一つ、また一つ、そのくり返し。

 幼稚園のときに、三人で遊園地に出かけている記憶。

 小学校の入学式に、校門の前で三人、写真を撮ろうとしている記憶。

 屋台のりんごあめを食べながら、三人で花火を見ている記憶。

 誕生日ケーキにろうそくを灯して、二人がハッピーバースデーを歌ってくれている記憶……。

 あふれ出す、わたしの、愛の記憶たち。

 ぽろぽろと涙が頬を伝う。

「きっと、また、仲直りできる……」

「そうだね」

 管理人さんとフウさんの顔はやさしくて、温かい。

 わたしは涙をぬぐわずに、長い間、そんな記憶たちを見つめ続けていた。

    *

 管理人さんにフウさん、わたしは相談室を出た。

 ソファに座っていたシズクちゃんは立ち上がり、わたしの元へ駆け寄る。

「シズクちゃん、これ、わたしの電話番号。雪野町の病院に入院してるって、さっき話してくれたよね?会いに行ける距離だからさ、今度、お見舞い行ってもいい?」

 言いながら、シズクちゃんに、手書きの数字が並んだ小さな紙切れを渡す。

 その電話番号はさっき、相談室で書いたものだった。

 シズクちゃんは紙切れをじっと見つめて、いいの?と小さくつぶやいた。

「もちろん」

 シズクちゃんの顔が、ぱあっと明るくなっていく。

「ありがとう……!またね、アイちゃん。帰ったら、電話するね」

「うん、またね、シズクちゃん」

 先に、シズクちゃんがお店を出て行った。

 シズクちゃんは扉が完全に閉まるまで、わたしに手を振っていた。

 そして、今度はわたしの番。

「それじゃあ、わたしも帰るね」

「はい、お気をつけて」

 さよなら。

 そう言いかけた言葉は、のどにつっかかえて出てこない。

 銀色のノブに手をかけながら、二人を振り返る。

「ねぇ、また、来られるかな?」

 おそるおそるたずねた言葉に、二人はやさしく笑って。

「記憶が必要になったら、扉はいつでも現れますよ」

「そのときはまた、気軽に来てね」

 フウさん、管理人さん……。

「……うん、ありがとう」

 わたしは扉を開くと、まぶしいくらいに白く輝く外の世界へ、踏み出した。

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