第34話 山になった計画書とか

「復讐というものは……、難しいのですね……」


 放課後のルミナリクで、ぱたり、と力無く純蓮は机の上に倒れ込む。それと同時に隣からはお嬢様、と焦ったような声が聞こえた。

 純蓮が座るのは、ルミナリクのボックス席。正面にはアルマが座り、そして隣には影吉が座っている。


 影吉に伝言を頼んだ際はどうなるものかと冷や冷やしたが、こうしてともに机を囲めているということは、問題は起こらなかったのだろう。

 そして三人が囲む机の上には、赤いペンでたくさんのバツ印が書かれた計画書の山が広がっていた。


 その内訳は、


「イチノセ海運のゴシップを集めて世間に告発する、というのはどうでしょうか!」

「……調べた限りではゴシップに相当するものはありませんし、偽造するとなれば私文書偽造などに当たるのでは?」

 ――却下。


「お嬢サマの父さん捕まえて反省するまでどっか閉じ込めるとか?」

「直球に犯罪ですわ!?」

 ――却下。


「うー……、それでは、イチノセ海運のビルに幽霊が出るという噂を流してお父様を怖がらせる、というのは……!」

「それホントに復讐になるか?」

「……お嬢様。旦那様は幽霊の話をしても、お嬢様ほど怖がりはしないと思いますよ」

 ――却下。


 このような問答をへて。現在では机の上に山のような計画書が並んでいた。

 

「手詰まり……、というやつですわ……」


 へなへなと弱音を口にする純蓮に向かい、アルマはふと尋ねる。


「そういえば……、お嬢サマって元々父さんへの復讐のために死んでやる、なんてこと考えてたんだよな?」

「え、えーと。その通り、ですわ……」


 そろ、と隣に座る影吉から視線をずらしつつ、純蓮は答えた。隣の彼から伝わってくる温度は氷点下に近く、はっきり言うなら、怖い。

 だが、そんな威圧感もどこ吹く風といった様子で、アルマは告げた。


「じゃあさ、お嬢サマ。一回死んでみねぇ?」

「………………はい?」


 その言葉のあまりの唐突さに、純蓮はぽかんと口を開ける。彼は純蓮を生かすための計画を立てていたのではなかったか。

 アルマの言葉にすぐに反応したのは、影吉の方だった。


「おい貴様。一体どんな意図があってそのような世迷いごとを抜かしたんだ。返答によっては処す」


 ティースプーンを持ちながら、影吉は低く唸った。手元で鈍く光る銀色に、なぜティースプーンなのだ、と困惑しつつ顔を上げ、純蓮はぎょっとする。影吉の目は見るからに据わっていた。


「いやいや違うって! もちろん実際に死ぬってわけじゃねぇよ!?」


 焦ったようにぶんぶんと首を横に振り、アルマは叫ぶ。そして、こう弁明を続けた。


「確認だけど。お嬢サマは元々、自分が死んで今までのこと後悔させよう、とか会社にダメージ与えてやろう、とかって思ってたんだよな?」

「はい……、そうですわ」

「それならさ、実際死んだフリして父さんの反応見るってのも面白いんじゃねぇかなって。さすがに娘が目の前で倒れたら注目せざるを得ないだろうし、そこで自分の感情ぶつけてみる、みたいな」

「……なる、ほど?」


 アルマの説明に、純蓮は首を傾げる。その作戦は果たして上手くいくのだろうか。


「ほら、今日の夕飯のときに毒飲んだフリとかしてさ。その時に焦るのか、とか心配するのか、とかで大分お嬢サマからの目線だって大分変わるだろ?」

「それは確かにそうですけれど……。演技だなんて、さすがにバレてしまうのではないでしょうか?」


 純蓮の疑問に、アルマはその質問を待っていた、とばかりに答えてみせる。


「そりゃそう思うよな。……そこで、コイツが役に立つんだよ」


 コトリという音ともに机の上に置かれたのは、高さ三センチほどの小さな瓶だった。小瓶の中には何やら真っ白な粉が入っている。なんだろうと首を傾げる純蓮を置いてアルマは水道へ向かうと、水の入った透明なコップを二つとマドラーを持ってきた。


「まぁ見てのとおりこれはただの水道水なんだけど……、こっちにコイツを入れる」


 さらさらと、彼は左に置いたグラスの上で小瓶を傾ける。そして数回グラスの中をかき混ぜれば、白かった粉はすぐに水と溶け合って、ついに見えなくなってしまった。二つのグラスの水は、一見しただけでは違いがないようだ。


「……そうだな。さすがにこれお嬢サマに飲ませたら怒られそうだし、試しに飲んでくれるか?」

「私、ですか?」


 アルマがグラスを差し出したのは、影吉だった。彼はアルマの言葉に一瞬眉をひそめたものの、小さく息をついてグラスを受け取った。


「……お嬢様に得体の知れないものを飲ませる訳にはいきませんしね。一応確認しておきますが、有害ではないのでしょうね?」

「あぁもちろん。さすがにんな危ねぇことしねーよ」


 そうですか、と返事をすると、影吉はくいとグラスを煽る。何が入っているのかも分からないのにいきなり飲んでも大丈夫なのか、と純蓮が慌てたのも束の間。彼は小さく呻き声を漏らした。


「――影吉っ!」


 おもわず彼の背中に手を添え、顔を覗きこめば、彼は手で口元を抑えたままで渋い顔をしていた。その眉は苦しそうに歪んでいる。

 純蓮はバッと勢いよく顔を上げ、アルマに向かい声をあげる。


「アルマさん! 影吉に、一体何を飲ませたのですか!? ……確かにアルマさんと影吉は相性が悪かったかもしれませんが、毒を飲ませるだなんてそんなひどいこと……!」


 アルマを糾弾する純蓮の目尻には、じわりと涙が浮かんでいく、そのとき。


「……ふふ。なるほど、確かにこれは使えるかもしれませんね」


 純蓮の隣から、笑いを押し殺すような声が聞こえた。

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