第20話 曇天
暗がりで、誰かが泣く声がした。小さな子どもがしゃくりあげるようその頼りない声は、きっとどこかで聞いたことのあるものだった。
声の主はベッドにしがみつくように顔を埋め、今もなお泣いている。どうやら彼女は幼い少女のようだ。
「……どうして、泣いているんですの?」
その問いかけに声は返ってこない。この子は一体誰なのだろう、と思った瞬間のことだった。
「ほんとはわかってるでしょう? どうして泣いてるのかも。わたしが一体だれなのかも」
聞き覚えのある声だ。だが、こんな声を純蓮は知らない。こんなにも冷たい
ふと彼女から視線をずらす。ベッドに眠るのは、最愛の陽乃の姿だった。彼女は穏やかに眠っているように見えるものの、膨らんだシーツはまるで動いておらず、彼女の息がないことをありありと示している。
「な、んで……」
幼い彼女の冷たい紫紺の瞳から逃れるように、見たくない母の亡骸から目を背けるように。純蓮はじりと後ずさる。そんな彼女に向かい、幼い少女はゆるりと腕を持ち上げ、指を向けた。
「うそつき」
彼女の瞳は、酷く濁り切っていた。
◇◇◇
どくんどくんと騒がしい心臓の音に急かされるように、純蓮は勢いよく上体を起こす。視界に映るのは純蓮の自室だ。先ほどまでの光景がただの夢であったことを実感して、純蓮はふぅとひとつ息をつく。
目を瞑り、浅くなった呼吸を静かに、ゆっくりと整えてゆく。
わかっている。あれは絶対にただの悪夢だ。きっと、陽乃への罪悪感によって作り出されたものなのだろう。ただ、それでも。
あんな夢を見たのは、昨日聞いた話のせいなのだろうか。
◇◇◇
昨日、事件の概要を話したあとでアルマは純蓮に対しこう告げた。
「まぁとりあえず、この件は俺の方でもう少し調べとくから、お嬢サマは明日の学校のためにも今日は早く帰ってしっかり寝ろよ」
「そ……、そんな! こんな話をされてここでおしまいだなんてひどいですわ!?」
声を張り上げて反論する純蓮に、アルマは呆れたように言葉を返す。
「いや、こんな話をしたからこそ、だろ。気づいてないかもしれないけど、今のお嬢サマすげー顔色悪いぞ」
うぐと言葉に詰まり、純蓮は頬に手を添える。そこまで純蓮はひどい顔色をしているのだろうか。
そして、
「てことで、ほら早く帰れなー」
という言葉とともに、純蓮は半ば強制的に、店から追い出されてしまったのだ。
◇◇◇
「……やっぱり、ショック……、だったのでしょうか」
自身の精神状態に思いを馳せながら、純蓮はひとり登校の準備を進めてゆく。
顔を洗い、髪をとかし、制服にするりと袖を通す。
屋敷の窓から覗いた空模様は、重苦しい曇天だった。
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