第13話:Bパート(Ⅲ)

 その頃、エヴォピンクことロザリー・アレキサンドリアは俺の高校に到着していた。

「ここが、目的地の高等学校ですか。ずいぶん雰囲気の悪い場所ですわね」

「はいお嬢様、所謂「スラム街」に近い所なので、十分お気をつけ下さいまし」

「大丈夫。わたくしを誰だと思っているのですか?」


 ロザリーは自信たっぷりにウインクする。

「失礼しました、エヴォレンジャー。フフッ」


 メイドと主人は互いに笑った。

「確かに、この高等学校は軌道エレベーターにも近いですわ。グラウンドは反対向きですからミサイルで狙えませんけど。屋上はかなり広い」

「可能性は高いですわね、詳しく調べてみましょう」

「ええ」


 しばらく車の中から監視。ロザリーはじっと俺の高校を見つめていた。その刻……人影? 気配? 『影』がロザリーの耳元で何かを囁いた、気がした。

「…………」

「誰!?」


 振り向く、でも誰もいない。何故か気になる。何かを語りかけられた気がした。「影」の囁きに従い、ロザリーは車の窓ガラスを少し下げた。



 下校中、俺は校門を出た。今日も市民生活エキストラモードが終わりに近付いてきている。後はアジト帰って出撃命令を待つとしよう。夕食は何時も通り、基地内の大食堂で良いだろう、無料だし何気に美味い。


 ん? こんなスラム寸前の場所に黒塗り超高級車? まぁ俺には関係無い。窓ガラスは特殊コーティングされ内側は見えない。


 まあ良いって…………良くなかったのはロザリーの方だった。ウインドーの外、「庶民オレ」が側を通り過ぎていく。それは『影』の導きだったのか!?

「あっ! いた」


 ロザリーはドアを開けようとするがロックがかかっている。ショーファードリブンカー、使用人に外からドアを開けてもらう仕様になっていた。

「開けて頂戴! 早く!」

「は? はあ?」


 メイドがドアを開ける。いきよい良く飛び出してきたロザリー。

「貴女は一旦屋敷に戻ってちょうだい」

「お嬢様、言ったはずです。ここは危険です!」

「わたくを誰だと思っているのですか?」

「ですが」

「戻りなさい。別命あるまで待機」


 そう言い残し、制服姿のロザリーは走り去っていく。取り残されたメイドは何事が起きたのかと、腕組みをして考え込んでいだ。



 ロザリーは俺を追いかける。思ったより距離があった、俺の姿はもう点になっていた。

「絶対、逃しませんわ」


 ド派手な制服姿のロザリーは必死になって俺を追った。道路一本隔てた奥はスラム街、ボロボロの服を着た老人や子供、ゴミが散乱し、物凄い悪臭を放っている。


 俺の歩いている大通りは正に、煌びやかな都市風景と絶望が支配するスラム街との境界線であった。


 ロザリーは道行く人々をかき分けながら、俺を追う。スラム街との境界線を爆走する美しき姫君、数多くの人が振り返る。

「首都島……島一号(アイランド1)にも、こんな場所があるのですわね」


 もうすぐ追いつける……と思ったら。俺はバスに乗り込んていだ。

「もう、待って! 待って~~~~っ」


 ロザリーはバス乗る事が出来なかった。取り残される。

「ハァハァ……庶民のバカァ!」

 怒りのオーラ! 拳を握りしめる、ロザリーはバスを追って全力疾走を続けた。



 俺のアジトは一階が食堂になっている、半地下アパート、古くて小さくて狭い。でもそれでも十分。寝る事以外、基本用が無い。


 この地区は軌道エレベーター建設作業員等が多く最貧困者が数多く住んでいる。食い詰めた者、犯罪者、流れ者も多い、壁一面に描かれた落書き、再開発事業の噂が絶えない一角、取り残されたダウンタウン。犯罪と喧騒、怠惰、絶望がミックスした、巨大都市の恥部。と言う設定だ。


 俺が玄関のドアノブに手をかけた瞬間。

「やっと、やっと追いつきましたわ!」


 鬼が俺を追っていた。マジ鬼みたいな顔。

「鬼?」

「鬼ですって!」

「ああ、エヴォピン……」


 ロザリーは俺の口を押さえつけ。アパート内へ無理矢理侵入。まさに強盗だ。ダウンタウン、治安の悪さを実感する。

「わ、わたくしの事を「エヴォピンク」と呼ばないで」

「ああ、そうだった、秘密だったんだっけ」

「口外していませんわよね!?」

「まぁ~話す相手もいねーし」

「そう。ハァハァハァ……」


 エヴォピンクことロザリー・アレキサンドリアの息が切れている。全身から大量の汗、目が怖い、超絶美少女が台無しだ。でも……何故か愛おしい。

「なんでバスに乗ってしまうのですか」

「そりゃ乗るだろう、下校……って走って追ったのか?」


 鬼のような表情を見ただけ理解出来た「正解ピンポン」。

「ご苦労なこった。何でマシン使わなかったんだ?」


 エヴォレンジャーは数多くの乗り物マシンが使用できる。

「……そ、それは」


 ロザリー赤面、目を逸らす。バカだな、コイツ。

「で、正義の味方様が口封じでもするかい?」

「本心では、今すぐ絞め殺したいですけれど、わたくしも神聖戦隊の一員。悪事に手染める事は許されませんわ」


「ふ~ん、君達の正義って、なーんかご都合主義っぽいのだけど……」


 ロザリーの目は真剣な眼差し。ウソつきや悪人じゃ無い事だけは確かだろう。でも、ご都合主義は訂正しないぜ。

「約束してちょうだい。わたくしの事を口外しないって」


 俺がロザリーから壁ドンされている状態だ、超絶美少女に壁ドンされる、悪くない。

「誰かに話すつもりなんてねーよ」

「本当ですか?」


「ああ、ロザリーちゃんが泣いて頼んでいるんだもんな」

「ロザリー様! 不敬な」

「へいへい。だがな、生意気な年下女子には「ちゃん」で十分」


 すかさずロザリーはビンタしようとするが、俺はロザリーの手を押さえ込み、逆に屈服させていく。腕力は俺の方が強い。


「「ちゃん」で十分、OK?」

「手を離しなさい! 無礼者」


 必死になって抵抗するロザリー。でも……何故か可愛く思えてしまう。醜鬼オークが姫騎士を嬲る気持ちが理解出来る。


 どうやら俺の人格プログラム、余分な機能には「S」モードがあるらしい。


 逆襲、今度は俺がロザリーを壁際に追い詰めた。俺の身長は何気に高い、ロザリーを見下す、スカートの間に俺の足をつっこむ、見上げるロザリー顔は頬を膨らませ真っ赤だ。

「は、離しなさい」

「口外はしねえ、約束はする」

「し、信じられませんわ」

「ふーん、じゃ約定やくじょうを取り交わそうか」

「約定?」


 オレ顔がロザリーに近付く、数センチ、いまにもキスしてしまえる距離。ロザリー心臓の鼓動が伝わってくる。今まで、女の子とこんな近い距離で会話した事など無かった。


 女の子と会話することですらほぼ無かったのに……コイツは何時も俺に奇跡を起こさせる。

「そうだ、庶民流の約定だ。ロザリーちゃんは俺のパンツ、まだ持ってるんだろう?」


 キス寸前の距離。俺とロザリーの会話。

「え? ええ。ロザリー様ですわ! 庶民」


 顔を真っ赤にしながら、ロザリーが答える。

「フッ、庶民はパンツを交換することで約束を交わす。それが慣わしなんだ」


 俺はロザリーを見つめた「パンツ交換」? そんな儀式はない、俺がついた大嘘だ。

「そう、それが庶民流なのですわね」


 だが、ロザリーは俺の大嘘をあっさりと信じた。パンツを脱ごうとする。

「ま! 待て! やっぱバカだ!! 大バカだ!!」


 思わず叫ぶ、パンツ半脱ぎのロザリーが固まっている。

「ウソだ! ウソウソ。パンツ交換の儀式なんてある訳ねえだろう」


 俺は腹を抱えて笑った。ロザリーの顔が赤、青と変色していく。

「わたくしを欺いたのですわね……庶民」


 ロザリー必殺のエヴォパンチ。俺は謹んで淑女のストレートパンチを頂戴した、頬に。死ぬほど痛いがヨユーの表情。


 ロザリーの前では俺は常に余裕、笑ってたい……

「まぁロザリーちゃんが本気マジって事だけは解った。良いパンチだったぜ、約束だ、絶対口外はしない」


「…………約束ですわよ。庶民。「様」ですわ」

「ああ、しつこい「ちゃん」」


「「様」っそれにしても、此処は犬小屋ですか?」

「俺の家だ」


「わたくしの……」

「ああ、物置小屋よりせめえよ」


 ロザリーは俺の部屋を見渡した。

「バスルームははありまして?」

「一応、部屋はねーぜ」


 俺は水回りスペースを指差した。

「小さいですわね。まぁー仕方がありませんわ。汗が不快でたまりませんもの」


 色々な意味で汗だくになっているロザリー。

「どうぞ、たまに水になるから気をつけろよ」


 シャワールーム、狭くて古くてボロ、薄いカーテン一枚隔てただけ。ほぼ丸見え。

「ウォール!」


 ロザリー超空間転送技術の応用、エネルギー防壁を張る。エヴォピンクは防御技を得意としているエヴォレンジャーだ。


 カーテン越しに服を脱ぎ始める。ロザリーのシルエットがカーテンに映り込んだ。

「覗かねえよ。テメエの裸体を見ると目が潰れちまうんだろう?」

「フフッ、そうですわ」


 水が流れる音。女の子の鼻歌。揺れるカーテンに女子のシルエット。「シャワーシーン」。まじシャワーシーン?? 俺の部屋に女の子がいるだって!? ドッキリ? 有り得ない、ライトノベルかよ。一応頬をつねってみる。イテー。

「キャ、冷た!」


 給湯器の温度が急に下がったようだ。フッ、庶民生活舐めんな。



 バスタオルを巻いたロザリー。シャワー上がり、かなり際どい格好だ。

「女子の着替えなんてねえぞ」


「庶民のシャツで我慢いたしますわ」

「またかよ」


 ロザリーは再び俺から服を徴発する。俺のTシャツを着ている超絶美少女。

「約束はした。嬢ちゃんもう此処には用は無いはずだぜ」


「もう一つ命令がありますわ。わたくし、今から庶民の高校を調査しますの」

「俺の高校?」


「ええ、魔幇がアンダーエイジのミサイル兵器で軌道エレベーターを攻撃すると言う情報がありますの。わたくし達はミサイル攻撃を阻止しなければなりませんわ」

「ふ~ん。そのミサイルが俺の通う高校にあるのか?」


「ええ、かなり確率が高いですわ。だから調査協力しなさい。命令ですわ」

「やーだよ」


 俺はロザリーの御命令を即座に断った。ボロボロのソファーに寝っ転がり携帯ゲームをし始めた。


「何故!?」

 何故って……俺は魔幇の戦闘員だぜ。言えないけど。


「正義の為よ!」

 あのな、君達「正義」が何時も俺達をボコっているのだけど。

「正直、俺は「正義の味方」がキライなんだよね」


 携帯ゲームを続けながらエヴォピンクの問いに答える。

「何故、平和の為、新人類時代ニューエイジの安寧の為。普通市民ならば……」

「普通の市民にも、今が平和じゃねー奴も沢山いるって話さ」


 ロザリーは意味も真意も解っていない。だから、だから怒りだす。

「……もう良いですわ!」

「たまに綺麗事セイギだけじゃねー、もっと別の声を聞いてみる事もお勧めするぜ」


「意味が解りませんわ」


 ロザリーは俺の協力が得られないと理解すると、単独で行動を開始した。

変身エヴォルト


 ブカブカなTシャツ姿のロザリー、ポーズを決め、ブレスレットに変身用アイテムを装着する。超空間転送の輝き、美少女聖戦士、ロザリーの変身シーン。


 スーパー戦隊女子、プリ●ュアっぽいキュートな変身シーン♡ 


 俺は目の前、特等席で堪能する。変身終了「準戦闘形態アクティブモード」にチェンジしたエヴォピンク。簡易マスクで顔を隠している。

「ふ~ん、エヴォピンクってマジいい女だったんだな」


 俺はポツリと呟いた。

「なっ、急に何を言うのですか? この変態庶民が」


 エヴォピンクは簡易マスクを取る、素顔、俺が言った言葉に不意をつかれ、そのまま手で顔を隠し、部屋を飛び出した。

「わ、わたくしはこれから高校に向かいますわ。超空間転送」


 超空間転送装置を使用しエヴォレンジャー小型機動ポッドを召喚する。


 ポッドに乗り込もうとする時。エヴォピンクは俺に質問した。

「庶民、名前を聞いておきますわ、一応」

「もう会う事はねえ、名前なんて知っても意味ねえだろう?」

「それでも、それでも知りたいの。名乗りなさい」


 不意に俺の脳裏にある「名前」が浮かんだ、『影』が囁いたのか? ……だが俺には。

「…………テメエに教える名前はねえよ」

「教えてくださらないの?」

「……悪いな」


 俺は沈黙した。俺には「名前」が無い。イヤ、必要ない。「NPC形態エキストラモード」は、学生っぽいことをし続けろとの命令。



 俺は悪の戦闘員、製造認識コード『N0079GーRGM』。でも、それは名前じゃ無い。


 何故ならエキストラモード時の俺は、この世界にとってその他大勢、「人という背景エキストラ」にしか過ぎないからだ。

「そう。ご協力、感謝いたしますわ」


 エヴォピンクはそのまま、飛び去って行った。とても寂しそうだった。クソ!

「どうすりゃ良かったんだだよ」


 俺はエヴォピンクが飛び去っていった空をずっと見つめ続けていた。

「……ん」


 また、あの刻と同じ『影』が俺の耳元で囁いた。


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