第6話 驚き続ける異世界の騎士クリフ

「クリフさん。腕を消毒しますね」

「消毒? 一体何を……くっ!」

「今のは薬です。ちょっと我慢してくださいね」


 先に沁みると言っておけば良かったと思いながら、傷口にガーゼを当て、包帯を巻く。

 とりあえず、これで感染症とか化膿とかを防げたのではないだろうか。


「ん? ……あれ? 痛みが消えた? ……ま、まさか治癒魔法!?」

「え? 違いますけど? 私は魔法なんて使えませんし、さっき言った通り、薬を吹きかけましたから」

「そ、そうなんですか? 一瞬で傷が治る薬……?」


 たぶん包帯を巻いたから、傷口が空気に触れなくなって、痛みを感じなくなったとかって事だろう。

 いくら快適生活魔法でも、傷を一瞬で治したりしないよね!? 電気とかと関係なさそうだし。

 とはいえ、神様の力でいろいろと時短になっているし、傷が治る時間も時短……うぅ、その可能性が否定出来ない。


「で、では今晩の夕食分も併せて置いておきますので。では、私はこれで」


 食料を一号室のテーブルに置くと、逃げるようにして自分の部屋に戻る。

 しまったー!

 怖くて確認出来なかったけど、もしも傷が一瞬で治っていたら、魔法って思われるよね?

 この世界で、治癒魔法が使える事がどれくらいの位置付けなのか……割と誰でも使えるのか、凄い魔法使いにしか使えないのか……とかが分からない。


「ぴー?」

「あ、ごめんね。ちょっと考え事をしていただけなの。それより、私たちもお昼ご飯にしましょうか」


 ピーちゃんとお昼ご飯を済ませた後は、いつもの通り次作について考える。

 モフモフの犬を出す事は決まったけど、主人公をどうするかが決まらない。

 書いた事のない幼女主人公はモフモフとの相性が良さそうだけど、私が好きな恋愛要素が皆無になってしまう。

 やっぱり王子様との甘く切ないやり取りは入れたいんだよね。

 となると、十代後半の女の子なんだけど……それだと、これまでに書いてきた主人公と同じで、ランキングに載ったりしないのよ。


「ぴー」

「ん? ピーちゃん、起きた? ……って、もうこんな時間なの!?」


 いろいろと設定を考え、プロットを作っては消し……と繰り返しているうちに、すっかり暗くなっていた。

 クリフさんには夕食分を含めた、沢山の食べ物を置いてきたので、大丈夫だろう。


「……あ、寝具が何もないんだ」


 二日間、草を食べてたっていうくらいだから、まともな場所で眠っていないはず。

 うーん。このまま住むって言われたら困るけど、道に迷った騎士だって言っていたし、一泊だけって言っていたから、ちゃんと帰るよね?

 布団……は運ぶのが大変なので、座布団を二つと枕、大きめのタオルケットをお急ぎ便で注文し、一号室へ。

 扉を開けると、真っ暗な部屋の中で何かが……クリフさんがご飯を食べていた。


「あ……すみません。照明の点け方を教えていませんでしたね」

「なっ!? 明るくなった!? 明るさが安定している上に、十分な明るさ。とても高度な照明魔法まで……」

「違いますからっ! ただの照明器具です!」


 これも最初から部屋に付いていた照明で、LEDとかではなく普通の蛍光灯なんだけど。


「クリフさん。ここに寝具を置いておくので、使ってください。あと、これを押せば部屋の温度を調節出来ます」

「箱から暖かい風が吹いてきたっ!? 既に快適な室温なのに、微調整までっ!?」


 照明であのリアクションだから、エアコンもこうなるか。

 けど、風邪を引いて帰れない……って事になっても困る。

 照明の消し方も教え……もう大丈夫だろう。

 私も部屋に戻り、夕食やコメントチェック、お風呂を済ませて就寝する。


 翌朝。

 朝食を済ませ、翌日の更新分の話を半分くらい書いたところで、ドアがノックされる。

 クリフさんだろうけど……せっかく筆がノッてたのになぁ。


「昨日はありがとうございましたっ! 夜明けと共に出発するつもりだったのですが、あの枕の寝心地が良過ぎて、寝過ごしてしまいまして」

「昨日はかなりお疲れだった様子なので、そのせいではないでしょうか」


 普通の……本当に普通の枕だしね。

 あと、寝過ごしてくれて良かったかも。

 流石に、夜明けと共に起こされたくないし。


「それでは、私は国へ帰ります」

「わかりました。お気を付けて……あ、そうだ。これをどうぞ」


 昨日、普通に注文したサンドイッチとペットボトルのお水を渡しておいた。

 国までどれくらい掛かるのか知らないけも、また草を食べて過ごすのは可哀想だしね。


「なんと……この御恩は決して忘れません! えっと……貴女様のお名前は?」

「あ、アイリと言います」

「アイリ様ですね。無事に帰った暁には、必ずお礼をさせていただきたく……」

「大丈夫です! 本当に大した事はしていませんから」

「いえ。アイリ様は命の恩人です。私、クリフはレイザム家の名に懸けて、御恩をお返し致します」


 クリフさんがジッと熱い眼差しを向けてくるけど、本当に要らないから!

 困っているのを助けただけで、見返りとか本当に求めてないし、命の恩人とか大袈裟過ぎるっ!

 クリフさんがようやく一階に降りて行ったけど……って、馬!?

 アパートの駐輪場に馬が繋がれていたんだけど!

 馬に乗ったクリフさんがこっちに向かって手を振り、アパートの敷地を出て森の中へ消えていった。

 お願いだから、執筆に集中させてね。

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