第31話 箸

 この話は、いつか書こうと思っていて、

ずっと気になっており、いっそ書いてしまおうと

決心いたしました。


 楽しい行楽シーズン、残念ながら私は子供のころから

花見とか本家の田舎に帰るとか、全く無かったと言ってよい

人生です。

この時期、たまに交通事故の痛ましいニュースが必ずあります。

御遺族の気持ちを思うと苦しくなる、そんな事故が起こります。


 私には大好きな美人の叔母がいました。

私の母親は、お腹を痛めて生んでくれた本当の

母親では、ありませんでした。

父も本当の父でなく、私を、かわいがっては、

くれませんでした。


私が、もうすぐ11歳になろうかという頃、

その母親が体調を崩して2か月程、母の弟が住む

本家に厄介になったのです。


 本家には叔母と叔父、いとこ姉・弟の二人が住んでいて

隣の家には、違う叔母が住んでおり、東北の片田舎で

一面に静かな風景の海と山がありました。


叔母は

「あすまちゃん」と私を呼んで優しく、接してくれて

子供心に

『あんな怒鳴ってばっかりの母親じゃなく、

こんな人が、お母さんだったら、どんなに良いだろう』

と思っていました。

いとこの二人は、いつも普通に

「おかあさん、おかあさん、あのねぇ・・・」と

遊んだりしているのを見て私は愕然としました。


 虐待ばかりされていた私は、優しい父と母がいる、

いとこ達が羨ましかった・・・


『多分、これが普通の家で、親子の本当の姿なんだ・・・』

叔父は学校の先生で人気のある、穏やかな性格の先生でした。

叔父が好きな歌は、さだまさし・さんの雨やどりでした。


やがて月日が経ち、私は23歳になっていました。

仕事場に突然、母親から電話が来ました。

「叔母さんが亡くなったんだって」

「えぇっ!なんで」

「交通事故みたいで、これからスグに本家に行くから

後から、あんたも来なさい」


そこから、どうやって行ったのか、とにかく

急いで本家に向かって、到着しました。


玄関には忌中の大きな提灯がぶら下がっておりました。

親類や近所の方たちが大勢いらして

広く大きい座敷には、祭壇があって

棺桶が置かれていました。

久しぶりに会う別の同世代いとこが

「ご遺体、損傷が激しくて顔は見れないよ」と言いました。

叔父と、いとこの二人は、ずっとうつむいていました。


挨拶を・・・お悔やみを言おうと

私は三人に声を掛けました。

「おじさん、Tくん、Sちゃん・・・」

遅れてきた私の顔を見ると三人とも泣き崩れました。


叔父さんの教え子だったという人たちも集団で駆け付け

「せんせぇー!!・・・」と叫ぶので精一杯のようでした。

叔父さんは

「みんな、ありがとう・・・」と言って

こぶしを握り、ボタボタと涙を落していました。


テレビのある居間に行き、休んでいると

本棚が目につきました。

黒酢健康法、アロエ健康法、健康ヨガ・・・・・

誰が熱心に読んでいたのか

『多分、叔母さんだな』と思いながら泣けてきます。


前日まで幸せいっぱいで元気だった叔母・・・


なぜ突然、私の叔母さんが亡くなったのかというと

叔母さんの働く会社で、お昼に宅配弁当を頼んでいて


はし」が一膳、足りなかったらしいのです。


親切心の強い叔母が

「わたし箸、買いに行ってくる」と近所の商店に向かい

横断歩道の信号待ちで立っているところへ

突然、大きな重機クレーン車が突っ込んできて

叔母は下敷きになってしまった・・・という事でした。


 こんな事って、ありますか?・・・


一番強烈だったのが

火葬場で担当の方が

「それでは、これから窯に入ります」と言って

扉の空いた窯に向かい棺桶がレールを

ガラガラと進みました。

いとこたちが叫び、泣き崩れました。

「おかあさーんっ!!」

その場に居たすべての人が咽び泣きました。


ニュースで突然の悲しい事故が報じられると

優しかった、あの叔母の事を思い出します。


今は長生きだった叔父も亡くなり。

いとこのTちゃんも3・11の震災で

行方不明のままです。


私の仏壇には、今でも叔母さんの写真が飾ってあります。

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