15 巻き込まれ誘拐

 解読に持ち主が加わったことで、魔法陣の研究はさらに進んだ。ここでも発揮される持ち主のスパルタ指導に、ヴェスタは半泣きで新しい魔法陣を書き下ろす。


「出力を下げろと言っているだろう」

「そんなこと言うなら、グラニエルがやってよ」

「きみがやったらすぐに解決しそうで嫌――と言ったのは誰だ」

「おれだよ、畜生!」


 ヴェスタは喚き散らしているが、その手は高速で文字を書き連ねている。一任者というのは伊達じゃないらしい。二人の様子を眺めながら、私は持ち主のエプロンにアヒルの刺繍をした。

 転写の魔法は作れなかったけど、刺繍の精度はとっても上がったから、本番をやってみても良いのでは? と思って、エプロンを借りてきたのだ。


「アヒルちゃんのお顔は……」


 面を埋めるステッチは、同じ方向にやるだけあって綺麗に見せるのが難しい。でも、魔法陣の刺繍で腐るほどやってきたから。失敗を恐れずに縫っていく。

 ちなみに、持ち主が塔に行く回数は徐々に減っていて、三人で作業できるようになった。息抜きには、みんなで作った『ママアヒル』という名のボードゲームをしている。

 アヒルちゃんを集めようゲーム(仮題)からちゃんとした名前が付いたのだ。発案は、お抱えの商人であるサンダス。あれからずっと顔を会わせていないけど、元気かな。


「新しいボードゲームも作りたいし……」


 考えながら刺繍をしていたら、研究チームの二人が「あの資料が無い」「これも必要だな」と顎に手を当てた。


「シュウ、僕たちは少し出掛ける。留守番を頼めるか?」

「ん」

「刺繍、頑張ってね」


 ヴェスタの言葉を最後に、二人は部屋を出て行く。その際にも言い争っていたから、本当に仲がいいんだね! と憧れを抱いた。


「そういえば、私の交友関係ってすごく狭いよね」


 敷地を出ることができないから、当たり前だけど。友人と言えるような存在には出会っていない。持ち主の叔母である、ルデーゲさんも友人というより親戚という感じがするし。


「ヴェスタは……ヴェスタだし」


 なんだかんだ言って、友達がいないことに落ち込んだ。それと同時に、前世で仲の良かった友人たちを思い出す。今の生活が嫌いなわけじゃないけど、こうして平穏に暮らせているからこそ、前世を思い悲しんでしまうわけで。


「気分転換に、ちょっと歩こう」


 エプロンを置くと、糸の始末をして立ち上がる。

 雪の積もった庭に出たあと、私は大きく息を吸った。


「外周を回ったら、戻ろうかな」


 きっとその頃には持ち主たちも帰ってくるだろう。そう思って、ふらりと歩き出す。雪を踏みしめる音を楽しみながら、宮殿の周りを歩いた。


「裏山は、妖精がいたから行きたくないなあ」


 そう呟いた瞬間、視界の端に人影が見えた。揺れる薄緑色の髪に白い肌、ほっそりとした身体はヴェスタの特徴と一致している。


「ヴェスタ?」


 声を掛けて近づいてみたら、彼は麻袋を持っていて――。


「きゃっ!」


 気がつけば、袋で捕まえられてしまった。悪ふざけにも程がある、と麻袋の中で暴れたが、ヴェスタはうんともすんとも言わない。その代わり、揺れる感覚と、ザクザクという雪を踏みしめる音に歩き出しているのが分かった。しかも、魔力の揺れを見るに、宮殿から遠ざかっているのが分かる。


「ヴェスタ! やめっ」


 舌を噛むと思った私は、口を閉ざした。抵抗する体力も無くなってきた頃――私を包んでいた持ち主の魔力が、完全に消えた。ポフッと音を立ててアヒルの姿になるが、ヴェスタは止まってくれない。


「ピッピ……」


 途方に暮れたような声を上げたところで、麻袋の口が開かれる。薄暗いのには慣れている、とはいえこの状況は不安で仕方がない。


 ――ヴェスタ、なんでこんなことをするの!


 私が叫んだ瞬間、ヴェスタは袋の中を覗き込んできた。それは紛れもなくヴェスタの顔だった。だが、どこか様子がおかしい。


「は……物と物の転移でもされたのか! グラニエルの野郎が大事にしている娘をズタズタにする計画が、崩れてしまう……ああ、どう修正すればいいのか」


 何やら不穏なことを言っているその声は、しゃがれた老人のような声。しかも、ヴェスタとは真逆のお堅い喋り方をしている。

 これは別人なのではないか――そう考えたら、少しだけ気持ちが楽になった。それはそれとして、ヴェスタ顔の男は「戻ってくることを期待して、持っているしかないのか」なんて私の身体を手にした。


 ――ここで声を上げたら、アヒルが本体だって気づかれるかもしれない。


 嫌な方に察してしまった私は、気を張りながら、男の手の中で、大人しくしているのだった。



 持ち主の生家であるヴァンス侯爵家の敷地からはじめて出られた気持ちは、最悪の一言に限る。ヴェスタ顔の男は何食わぬ顔で街を通り抜けると、用意されていた馬車に乗った。

 その馬車が辿り着いた先は、岩陰に隠れた洞窟。どうやら、ここが悪のアジトらしい。私は音が鳴らないように気を付けつつ、周囲を観察する。

 洞窟の中は思ったよりも広くて、檻がはめ込まれた四角い部屋がいくつも存在する。


 ――まさか、異世界あるあるの人身売買……?


 そう、心の中で真っ青になった瞬間、私はポフッと檻の中に投げ捨てられた。


「ここで戻ってくれば良いのだが、まあ、期待しない方がいいだろうな」


 男が立ち去ったのち、私はぴょんと跳ねながら周囲を見回した。そこにいたのは、四人の子供たち。


「……」


 四人は動き出した私に驚いたような顔を浮かべた。しかし、喋ろうとはしない。仕方がないので、私から話しかけてみる。まずは水色の髪を持った少女に――同性ということもあって、話しかけやすいかなと思ってのことだ。


「こんにちは?」


 私が声を掛けると、彼女は、目を真ん丸に開きながら「ひゃっ」と叫んだ。


「……!!」

「おもちゃが喋った」


 続いて反応を示したのは、二人の少年。片方は綺麗な銀髪を耳の辺りまで伸ばしており、もう片方は茜色の髪を高く結い上げている。彼らは私に近づき、つんつんと頭を突いてきた。


「突くのは駄目」

「……本当に、喋っている」

「これは大発見かもしれない」


 既視感のある言葉に苦笑いをこぼしつつ、私はこの場所がどこなのか、少年たちに聞いた。


「ここは……たぶん、奴隷売買組織の拠点だ」

「どれい」

「僕たちは、これから売り飛ばされるんだと思う」


 銀髪の少年は、沈痛な面持ちで言った。なぜ捕まったのか、聞こうとしてやめた。見るからに高貴な育ちって感じがするし。少女の方もお嬢様って感じがすごい。


「家に帰る方法を探さないと」


 口をついて出た言葉に、部屋の片隅で座っていた少年が肩を震わせる。少女の方も「こんなの、もういや……」と涙を浮かべていた。


「僕たちで脱出する方法を探しているのだけどね」


 茜色の髪を持った少年は、こんこんと牢の檻を叩いた。音が響かない程度とはいえ、ちょっとヒヤヒヤした。それと同時に、檻の間隔が広いことに気がついた。


「これ、氷の魔法を使えば、テコの原理でいけるのでは」

「?」

「氷の魔法?」

「となると使える魔法陣は試作魔法第一号か、四号の二択で……」


 三人は終始不思議そうな顔をしていたけど、私が氷を生み出してみたら、驚きの声を上げた。

 大きな氷を檻の間に差し込むと、氷を操って檻を曲げる。こんな作業を何気なくできる魔法って、便利でいいよね。魔法社会に生まれてよかったわ。


 魔法の仕組み的に言うと、これは『属性魔法』と言って、私が人の形を保つ際に使う『派生魔法』よりも簡単に行うことができる。たぶん、みんなが驚いているのは基本属性ではない『氷』の魔法を使ったから、なんだろうけど。


 ――人の姿になれなくとも、魔法は使えるのだ!


「ふっふっふ」

「凄い……見たこともない魔法を使うなんて」


 銀髪の少年が驚いている中、部屋の片隅にいた、薄汚れた彼が近づいてくる。


「それは……何ですか」

「氷だよ?」

「コオリって?」

「冷たくてひんやりしたやつで……ああ、触ったら駄目だからね」


 触ったら凍りついちゃう。流石に制御はまだ完璧じゃないんだ。そう口にしようとして、彼の容姿に目が行った。

 汚れ切った髪は灰色。なのに、こちらを見る目玉はきれいな翡翠の色をしている。彼もまた高貴な育ちなのか、いやでも氷の存在を知らないようだし。考えても仕方がないことか、と割り切った私は「これをこう動かして」なんて言って氷を動かした。


「すごい……」


 四人は、私の魔法に目を輝かせる。氷の魔法陣は、ヴェスタと持ち主の二人が作った魔法陣だからか、私にも使えたんだよね。こういうときに役立ってよかった! と笑みを浮かべつつ、私は四人に声を掛けた。


「よし、ここから逃げよう!」

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