第十八話 幻惑の池
「――これは、見つからないわけですね」
アウリオの案内で幻惑魔法のかかった池に向かいながらセラは呟く。
道順といいながら一時的に引き返したり、すり足で移動したりと目的地があればやらない動作まで踏まえないといけない。
ここまでして守るほど重要な砦だったのかと、セラはオースタに目を向ける。
オースタは紙に道順をメモしながら感心していた。
「古い資料を当たらないと分かりませんが、立地を考えると砦というより実験施設だったのかもしれません」
「人里から離れていますし、街道らしきものもないですから、実験施設という線はありえますね」
なんにせよ、資料はきちんと残しておいてほしいものだ。おかげで発見が遅れた。
「着いた。この池だ」
先頭を行くアウリオが指差す先、青い水を湛えた静かな池があった。
長らく人の手が入っていない森の中にありながら、池には石積の水路が繋がっている。おそらくは朽ちた砦へと続いているのだろう。
池はかなり広い。ボグス族の里近くにある龍伐の湖と同等かそれ以上の広さだ。こんな広い池が知られていなかったとは、つくづく資料を残す重要性が分かる。
セラは池を覗き込む。岸付近は膝下から腰くらいの深さだが、中心へ行くほど水深が深くなっていくようだ。
池の水を採取し、国家錬金術師ギルドの予算で買っておいたタレクト家の検査薬を垂らす。
すぐに緑色に呈色した。龍伐の湖の時よりも色が濃く、魔物毒の濃度が高いことを示している。
セラはアウリオたちを振り返った。
「おそらく、ベルジアカ毒を持つトレントが生息しています。念のため、耐ベルジアカ毒ポーションを飲んでください」
セラはアウリオとオースタにポーションを渡し、イルルを見る。
イルルの体内魔力は十魔火程度。実体魔力のポーションを飲むことも考えると、ここで魔力を消費するのは得策ではない。
イルルは適当な木陰を探しつつ口を開く。
「お留守番してようか?」
実体魔力のポーションを飲みたくないだけだろう。
セラは懐から実体魔力のポーションを取り出して一気に飲み干した。
「イルルさんは猫に変化してください。私が実体魔力で水を押しのけます」
龍伐の湖でロウ・ダ・イオが魔道具を使ってやっていた方法と同じだ。ベルジアカ毒が溶け込んでいる水に直接触れなければ毒に侵されることはない。
それに、トレントが生息していることはほぼ間違いないこの場所で受付嬢のイルルを一人で放置するわけにはいかない。
「安心してください。戦闘になっても私がイルルさんを守ります」
「あぁ! 男の人に言われたかったセリフ!」
「予行練習ができてよかったですね」
文句を言いながらもイルルが猫の姿に変化し、セラの胸に飛び込んでくる。
池に向き直るとすでにアウリオとオースタが安全を確認するために飛び込んでいた。
先に浮上してきたアウリオが額に引っ付く前髪をかきあげてセラたちを手招く。
「白化した魚が泳いでいる。多分、当たりだ」
洞窟内の地底湖とは違い、この池には太陽光が当たっている。白く退色するような進化を遂げるとは思えない。
白化雨龍がこの池を通った影響だろう。
セラは周囲に実体魔力を展開して水を押しのけながら池に足を踏み入れる。
水底を歩きながらアウリオたちと合流し、さらに深くへ。
水中にはアウリオがいう通り白い魚が泳いでいる。王国中央部ではよく知られた食用の淡水魚だが、本来は黄色い斑点が浮かぶ灰色の魚だ。一部が白化した水草や小さな甲殻類も見られる。
池にしては深いとはいえ光が届かないほどではなく、透明度の高さもあって視界は良好だ。見渡していると胸元でイルルがもぞもぞと動いた。
視線を向けるとイルルは前足で北を示す。
「ありますね、洞窟」
背の高い水草に隠れているが、洞窟が口を開けている。
セラはアウリオとオースタに洞窟の位置を手ぶりで報せ、率先して洞窟に向かった。
直径五メートルほどの洞窟が水底と並行に奥へ伸びている。暗視のポーションのおかげで奥の様子は分かるが、目的がなければ迂闊に入りたくない嫌な雰囲気がある。
セラは洞窟の壁面に近付いた。
「削り取られている……」
やすり状の何かで壁面が傷つけられている痕跡がある。白化雨龍の鱗は表面にざらつきがあったのを思い出したが、鱗を持ってきていないので照合するのは難しい。
アウリオが先頭になって水中洞窟の奥へ向かう。白化が進んだ魚や甲殻類が住んでいるようで、意外とにぎやかだ。
しばらく進むと唐突に頭上が開けた。水中洞窟の出口に出たらしい。
アウリオが慎重に水面に顔を出し、周囲の安全を確かめる。
「何もいない。上がってくれ」
アウリオに呼ばれて、セラは水面に浮上する。
出口は鍾乳洞だった。方角や距離を考えると、調査中の鍾乳洞と同じ空間だろう。
「イルル、変化を解除してください」
「にゃっ」
セラの胸から飛び降りたイルルはすぐに人間の姿に戻り、周りをきょろきょろ見回した。
「広々してるね」
イルルがいう通り、鍾乳洞はかなり広々した空間だった。
高さだけでも十メートル以上あり、奥行きは暗視のポーションを飲んでいるセラたちにも見通せない。
だが、一番気になったのは広さではなく臭いだ。
「花の匂いと血の匂い、腐臭もありますね」
鍾乳洞にはそぐわない臭いにセラたちは自然と警戒を強める。
オースタが方位磁石を出してアウリオと先頭を代わった。
「まず、冒険者が調査中の鍾乳洞と接続しているかどうかを調べましょう。可能なら、冒険者たちと合流して、幻惑の池から騎士たちをここに招き、人海戦術で捜索し――」
オースタが今後の動きを説明しきる前に、鍾乳洞の奥から何かが激しく争う音が聞こえてきた。
セラたちは瞬時に視線を交わし合い、無言のまま頷き合う。
足音を立てないように注意しながら四人は音の方へ走り出した。
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