第十七話 鍾乳洞

 セラが考案した対白化雨龍の魔法ポーションのレシピはすぐに王都へ届けられた。

 とはいえ、効果を失っていない白化雨が素材として必要になるこのポーションは素材の確保が課題になるだけでなく消費期限も非常に短い。

 成功例の一つとして参考になっても普及させるのは無理だろう。ギルド本部の開発部の同僚たちに頑張ってもらうしかない。


 セラはいまも寝ずに開発に勤しんでいるだろう同僚たちに同情しつつ、馬車に揺られていた。

 白化雨龍の捜索のためにヤニクを出発したセラたちは王国中央部に向かっていた。

 騎士団所有の馬車は軽快な走りを見せ、時々馬を替えながらの強行軍。

 国としてもセラが動くほどに白化雨への対策が進んでいる状況を見て、かなり融通を利かせているらしい。


「もうすぐ着きますので、準備をお願いします」


 御者がセラたちに呼びかける。

 セラは馬車の窓から目的地を見た。


 騎士団と冒険者のテントが無数に張られたキャンプ地だ。食料を届ける隊商の姿もある。

 騎士団と冒険者は相変わらず仲が悪い。テント群も完全に分けられて双方の陣地のようになっている。隊商馬車やテントが間に入っているのも不要ないざこざが発生しないようにだろう。

 そんな仲の悪い騎士団と冒険者が足並みを揃えているセラたちの一団は彼らの目に特異に映ったらしい。訝しむような視線がそこかしこから注がれた。


 馬車が停止し、セラとイルルが降りるとさらに視線が集まる。騎士団と冒険者を従えた馬車から一体何者が現れたのかと警戒と興味の視線が強まる。

 セラは周囲を見回して、テント群の奥に洞窟を見つける。

 かなり大きな入り口だ。高さもあるが何より横幅が広い。だが、龍が出入りできるかは疑問だった。

 イルルも同じ感想のようで、他の入り口がないか周囲を見回している。


「トレントなら通れそうですが、龍となると……」

「この入り口で鱗が見つかったりしていれば別だけどね」


 イルルと頷き合い、セラはオースタを探す。

 先に調査に当たっていた騎士団員から調査状況を聞き込んだらしいオースタが歩いてくるのが見えた。


「お二人とも、こちらへ。テントを設営してありますからそこで話しましょう」


 作戦指揮所とでも呼べるような大型のテントに案内されて、セラは先にテントに入っていたアウリオを見つける。

 アウリオもセラに気付いて椅子をすすめた。


「どうぞ。イルルさんも、こっちの椅子に」


 セラたちが勧められた椅子に座るのを待って、オースタが地図を広げる。洞窟の断面図や俯瞰図のようだ。


「まず先に。この洞窟から鱗は見つかっていません。白化雨龍の目撃証言もなし。ですが、ベルジアカ毒を持つ白化トレントは何度か洞窟内で討伐されています」


 当たりとも外れとも分からない情報だ。

 セラたちの視線が地図に集まる。


「御覧の通り、この洞窟は入り口がここの他に二つ確認されています。ですが、どれも白化雨龍が通れる大きさではありません」


 白化雨龍が見た目よりも柔軟な体を持っていて細い入り口を潜れる可能性もあるが、鱗が見つかっていないため出入りしていないと判断する方がいいだろう。

 地図によれば、洞窟は奥でいくつかに分岐している。特に、地下の巨大な鍾乳洞へとつながっているらしい。この鍾乳洞は調査がほとんど進んでおらず、どれくらいの広さがあるのかも不明だ。

 オースタが鍾乳洞への経路を説明する。


「匍匐前進でなければ通れないほど天井が低い場所を通る必要があり、装備も必要になることから調査が難しい状況です。どうやら、この鍾乳洞へ続く水路が洞窟内にあるようなのですが、それもまだ発見されていません」

「水路の存在は何故分かったんですか?」

「鍾乳洞へ到達した冒険者が白化トレントを目撃しました。二日後、同じ枝ぶりの白化トレントが鍾乳洞外で討伐されています」


 鍾乳洞の内外へ水路を使って出てきた白化トレントを討伐したという見立てだろう。

 複雑に枝分かれしている洞窟だが、トレントが移動可能な太さの水路は限られる。現在は騎士団が暗視のポーションや水中呼吸のポーションを使って調査中とのこと。

 騎士団が水路を、冒険者が鍾乳洞をそれぞれ探索する役割分担が敷かれており、セラたちの役割は見当たらない。


 だが、セラたちには実体魔力のポーションと猫変化が可能なイルルの存在がある。

 人が入り込めない細い道を猫変化したイルルが調査できるだけでなく、実体魔力を通すことで水路に潜らずとも全貌がある程度わかる。

 馬車での移動中に話し合っていたこともあり、オースタは今後の方針を説明する。


「まず、鍾乳洞へ人員を送り込めるように水路の捜索から始めます。特に、この水路です」


 オースタが指し示した地図上の一点、そこは洞窟の奥、地底湖から伸びる水路だった。


「騎士が調査を試みましたが断念しています。この地底湖には流れがあり、水泳に長けた者でも抗って泳ぐのが難しいとのことでした。碇のポーションが届くのを待って調査を再開する予定だったそうです」

「実体魔力を使って流れに抗い、調査を進めるわけですね」


 オースタは頷き、アウリオを見る。

 オースタでは手に入れられない冒険者側の詳細な情報を得てきたはずのアウリオは首を横に振る。


「冒険者側の情報も似たようなものだ。ただ、ちょっといいか?」


 アウリオは自信なさそうな顔で地図を指さした後、記憶をなぞるように指を動かして地図からはみ出た机の上を指で叩く。


「たしかここに池があるんだ。それも、特定の道順で行かないとたどり着けない池」

「そのあたりに池はないはずですよ?」


 オースタも初耳なのか、アウリオの指先を見て首を傾げる。


「このあたりは公爵領になっていますが、旧王領で詳細な地図が騎士団にも残っています。記録上、そこに池はありません」


 特定の道順でのみ辿り着けるというのが本当なら、池の存在が知られていない可能性はある。

 なぜそんな池の存在を知っているのかと、セラはアウリオを見た。

 アウリオは困り顔で頬をかく。


「五年くらい前かな。依頼の報酬でおまけとして地図をもらったんだ。昔この付近に砦があって、水源を隠す目的で幻惑魔法がかけられてそのままなんだと」


 砦と聞いて、オースタも何かを思い出したらしい。


「確かに、古い砦があったはずです。もう朽ちていて補修もされずに放置されていますから失念していました。……先にその池を調べた方がいいでしょうね」


 おそらくは未調査のままだ。砦の水源にするくらいに水量がある池なら白化雨龍が通り道にしている可能性もある。

 調査は明日の朝に始めることに決まった。

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