第21話 「あなたの出自についても、はっきりするかもしれないのに?」

「本当について行かなくて平気?」


 心配そうな顔で、アマリアがロザリーを見つめた。それに、こくりと頷いて返す。


「うん、大丈夫。じゃあ行ってくるね」


 授業が終わってすぐに、ロザリーはテオの元にーー図書室に向かおうとしていた。アマリアに手を振って、教室を出る。

 だが、廊下を歩きながら、口からため息が溢れた。


「やっぱり、あの女について来てもらった方がいいんじゃないか?」


 肩の上に乗るウェルシュが、こそこそと耳打ちをする。周囲に人の気配がないことを確認して、ロザリーは首をゆっくりと横に振った。


「ううん、それじゃ意味ないもん」


「じゃあやめておくのは?」


「もっと意味がないじゃない!」


 そんな言い合いをしていると、あっという間に図書室の前についてしまう。


 いつも通り、図書室の扉はしんと佇んでいた。それに手をかけ、恐る恐る開く。失礼します、と声をかけようとする、その時中から話し声がするのに気付いた。


「まだ頷いていただけませんか。あなたにも利点はある話だと思ったのですが」


 どうやら先客がいるらしい。大仰に残念だと滲む声色に、聞き覚えがあった。確か、ブランドン・ホスキンズ、だったか。塔の魔法使いの声が聞こえた。

 出直した方がいいかと迷っているうちに、中では会話が続いていく。


「何度も言っているだろう、僕は塔に行く気はないし、ましてやお前の下につく気はない」


 取り付く島もなさそうなテオに、ブランドンは不思議そうな声色で問いかけた。


「あなたの出自についても、はっきりするかもしれないのに?」


「……おい」


 僅かにテオさんの語気が強まる。

 出自って何のことだろうと、足がその場に縫い止められたように動かない。盗み聞きのような真似をしたいわけではないと、頭の中では理解しているはずなのに。


「伯爵家の取り替えチェンジリング、噂は聞き及んでおりますよ。仲睦まじいと言われたランベール伯爵夫妻、その第二子はとても魔力に恵まれーーいや恵まれすぎた」


 朗々と紡がれるブランドンの声、まるで歌でも歌うように滑らかで、その言葉にロザリーの心臓が段々と早くなる。


「その髪の色と目、ご両親のどちらのものでもないとか。当然夫人は不貞を疑われ、別宅へと引きこもっているとか。あなたも冷遇され、こんな場所に押し込められたのでしょう?」


「どうしてそれを」


 愕然としたテオの声に、くつくつとブランドンの笑うそれが続いた。ぎゅうっと、ロザリーが扉を掴む手に力が籠る。


「健気なことではないですか。自分の出自をはっきりさせようと、妖精について研究しているなんて」


「……やめろ、ホスキンズ」


 悲痛ささえ感じられるテオの声に、胸が締め付けられるように痛い。


「貴族の少ないこの学院は大層居心地が良さそうですが、それは塔とて同じこと。あなたの魔法は確かに妖精のように巧みで鮮烈だ。もし出自に固執するなら、本当に解き明かしたいと思うなら、私の元であなたは研究をするべきだ」


「それ以上その話をするな!」


 テオが話を遮るように声を荒げ、びくりと体が震える。その衝撃でようやっと、足が動きロザリーはよろよろとその扉から一歩離れた。

 周囲の、二人の会話が遠くなる。自分は、テオに何と言ったのか。


『テオさんみたいな人には、妖精と言われるような天才には、私の苦労なんて分からないから、そんなことが言えるんです!』


 おぞましさに、血の気が引いた。

 妖精と呼ばれる意味も、テオが味わってきた苦しみも、ロザリーは一つだって知らない。テオがどんな思いで生きてきたか、妖精と呼ばれる意味も知らず、馬鹿な言葉を叩きつけた。


(本当に何も知らなかったのは、私の方なのに)


 ぎゅうと拳を握りしめる。爪が手のひらに食い込むが、痛みすら今のロザリーには分からない。


「ロザリー、中から誰か出てくる」


 ウェルシュにそう言われ、はっと顔を上げる。図書室の中から足音が聞こえ、慌てて近くの教室の中に飛び込んだ。扉の前で息を殺す。

 すぐにがらりと扉が開く音がして、静寂を足音が刻んだ。それは段々と遠ざかっていく。恐らく出て行ったのはブランドンだろう。きっとテオはまだ図書室にいる。


 だがロザリーはそこから動けそうになかった。


 きっと本当に時間の無駄だったのだろう。テオにとってロザリーの特訓に付き合うことは。

 酷いことを言って傷つけて、何も知らないで、どんな顔をして会いに行けばいい。自分の言ったことの意味も知らないまま、のこのことここまで来てしまった。

 ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。苦しくて悔しかった。自分の迂闊さも、不甲斐なさも、何もかもが嫌になる。


「……帰るか?」


 おずおずと言うウェルシュの言葉に、ロザリーはスカートの裾を握りしめ嗚咽を殺すことしかできなかった。

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