第11話 リリーナ様。イケメン公爵様の申し込みを先送りにする。


 ――お試しということで、とりあえず、今期社交シーズンのパートナーになって欲しい。



 驚くなという方が無理だ。

 そして悲しいことに「わあ、元王子様からプロポーズされたあああ」っていうハイテンションな喜びは湧いてこなかった。

 驚きはあれど喜びはない。

 なんといってもわたしは縁談の打診を十四回も断られ、つい最近「結婚」という言葉につられて使途不明な大金を出会って間もない男につぎ込みそうになった女だ。

 そんな女にいきなり「結婚」とか「パートナーになってくれ」とか言い出す?

 たとえそれがこの国の公爵だろうと元王子様だろうと、裏に何かあるんじゃないかと猜疑的になっても不思議じゃないでしょ。

 ここでうっかりふわっふわした感じで逆上せたら、また何か起きるんじゃないの?

 お気に入りの扇子で顔の半分を隠して(手遅れかもだが)咳払いをする。

 わたしは階下の大広間に視線を移す。


「誰かともう約束を? 例えば――ベンジャミン・フォン・ビュッセルとか?」


 その名前にぎょっとして、視線をクレアール公爵に戻す。

 うわー、こんな雲の上の人にも噂がもう広がってるのかー!

 ベンジャミン・フォン・ビュッセルめ! どこまで奴は吹聴してるんだ!!


「いいえ。融資の相談を受けただけですわ」

「融資の相談……あの男に事業ねえ……」


 そう言ったクレアール公爵閣下は、さきほどのロイヤルスマイルとは違った冷笑を浮かべている。

 どの角度でどんな表情をしていてもイケメンは違うな。絵になる。


「学生の頃はぱっとしない奴だった。口が上手くて女性にはほどほど人気だったみたいだけど……シュバインフルト伯爵、まさかと思うが、彼に融資する気か? いくらの融資を打診されていたのか聞いても?」


「5000万ライドです」


 その金額を聞いて、公爵閣下も驚いたようだ。


「5000万ライドだと?」

「ええ。ですから、ベンジャミン・フォン・ビュッセル氏の父親であるビュッセル卿に、事業の詳細を尋ねたのですが、奥方が調子を崩されて、詳細は聞くことはできませんでした」


 わたしは、シャンパンをいただきながら、再び大広間にいる招待客を見つめる。

 そして探している相手を見つけた。


 ――ベンジャミン・フォン・ビュッセル!!


 彼は若い今年デビュタントのご令嬢と思しき人物をダンスに誘っているようだ。

 すぐさま、この場を離れて奴に問い詰めてやりたい!

 しかし、この夜会の主催者であるクレアール公爵の前からいきなり席を立つのはちょっと問題よね。パートナー申し込みを受けたのだから。

 社交シーズンのパートナーといえばお付き合い状態と見られてもおかしくないのだ。

 わたしも社交デビューしてからさんざん婚活してきた。

 この件を申し込むということは、クレアール公爵にとってなにがしかの利がわたしにあるということよね?

 そう、わたしが条件に当てはまる相手を探し十四回も縁談を打診したように。

 まさか前世でさんざん読み散らかしたネット小説の「君を愛することはない」とか言っちゃう系? そんなの、今世の恋愛小説でも楽しめるから結構です。

 こっちは今、結婚詐欺師をとっつかまえて、どんな仕置きをしてやろうかってことで頭の中はいっぱいなのよ。


「クレアール公爵閣下――わたしの社交デビューの際の話はお聞き及びでおられますか?」

「うん。知ってる」


 あら、砕けた感じで応えるのね。

 その雰囲気につられて、わたしの態度が失礼にならないように気を付けないと。


「先代はね、私が学院に入る前、家庭教師を務めていてくれたこともある」


 これには少し驚いた。


「さようでございましたか」


 確かに、博識で、温厚で、でも時には厳しいそんなお爺様ならば王家の子供達の家庭教師にと請われただろう。

 学院より更に上の研究機関であるアカデミーにも顔が広いのはそのせいだ。

 わたしの婿候補(断られたけど!)の下位貴族の令息を手紙一つで捻じ込めることができるぐらいの威光は、亡くなった今も健在だ。

 わたしと違い、領地経営だけじゃなかったからやはりお爺様は偉大だわ。


「先代が社交シーズンに王都に来るとき限定だったけど、いい教師だったよ。幾人かいた家庭教師の中でも、一番信頼していたし、懐いていたと思う。葬儀に出席もしたかったけれど、あの時、隣国ガイルートにいたんだ……せめてと思って弔電を送らせた」


「その節は、ありがとうございました」

「先代シュバインフルト伯爵の後継者ということで、在学時貴女に声をかけたかったが、立場上はなかなかね」


 それはそうだろう。なんといっても、卒業したら臣籍降下で結婚も決まってる立場の王子様だ。不用意に学院で特定の令嬢に声はかけられない。

 これが乙女ゲーム世界に転生だったらまだなんとかなったかもしれないけど。

 普通の異世界転生の貴族社会、無理、ムリ、むり。


「リリーナ」


 いきなり名前呼び!?

 でも声もいい~。

 ちょっともう一回呼んでもらえないかな。

 うっかり当初の目的を忘れてそんなアホなことを一瞬思ってしまう。


「俺のパートナーは嫌だろうか?」


 あ、素だと一人称が俺なんだ……。そういうところもいい。

 いやいやいや、そうじゃない。

 わたしは今、やるべきことがあって、ここに来ているのだ。

 こんな状態のわたしを見たら、あのクソ生意気な義弟はまた指さして「ちょろい~! 男慣れしてないから『ロマンス詐欺』に引っかかるんだよ~、一回ひっかかったのに、また懲りずにひっかかってる~アホじゃね~?」とか言われる。多分、絶対。

 それに、まだ金は渡してないから、詐欺未成立よ!

 いや本当に、危なかったけど!

 この元王子様のお話に乗っかったら、あの詐欺野郎の噂は払拭できるだろうけど、詐欺以外の何かに巻き込まれる可能性はあるよね?

 おいそれと「はい」なんて返事はできない!

 そしてここから見える奴の姿を見失う前に、この場を去る方法は――。

 やっぱり詐欺を未然に防いだ伝家の宝刀。


「クレアール公爵閣下」

「レオナルトと呼んでくれ」


 ぐいぐいくるじゃないか元王子様。

 落ち着け、わたしの心臓。

 なるだけ平淡な声を出せ。


「この件は、持ち帰って検討させていただいても?」


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